kaeruのつぶやき

日々のつぶやきにお付き合い下さい

「てんがらもん」139回、共に笑いたい。

2014-10-31 21:04:49 | 「てんがらもんラジオ」

 「てんがらもんラジオ」139回 

 ⇒ http://www.ustream.tv/recorded/54666253

 

 今回のゲスト・赤崎さんが十五年前に中学校教育の現場を定年退職した当座

は淋しく新聞に載る知人の訃報を見て悲しい思いをしていたそうです。

 自分も笑顔を忘れていたのです。

 その頃ホームヘルパーの実習で出かけた老人施設で、じっと座りきりの老人

がいました、この人は話が出来ないのかなと思いながら話しかけ、会話ができ

ました。そのとき、この人に笑顔になってもらいたい思います。

 そして、大学時代学生同士で学びあったマジックを生かしたボランティアが始

まりました。ですから赤崎さんのマジックは完璧を目差し種も仕掛けもありません、

というものではなく、何よりも見ている人に笑顔がうまれ、「面白かった」という声

が耳に入れば成功!と思うのです。

 

 十余年続けてきたボランティアを通じて「ボランティアのふたつの鉄則」を述べ

ておられました。まず「共育」ともに育つです、そして「共楽」共に楽しむです。

 人生の最後半期を豊かに送るためには種も仕掛けも見せてくれた赤崎さん

の話でした。そして、息のあったボケ役の加藤さんとともに、誰もやったことの

ない「お笑いコントマジック」を披露しようと意気込んでいます。 

 

 私はそれを聴きながら、先ほどのボランティア鉄則にもう一つ、共に笑う、「共笑」

を付け加えたい考えます。 それは赤崎さんの場合です。赤崎マジックの種が赤崎

さん自身の人生そのものだとすれば、仕掛けは特技とか特性で、赤崎さんの場合

はマジックで笑顔にするということです。

 例えば、村永さんでしたら「共育」「共楽」に「ともに歌う」、「共歌」となるでしょう。

 何時か、村永さんがゲストになってその人生の種と仕掛けの三つを語っている

のを聴きたいものです。


農夫の目。

2014-10-29 21:45:12 | せいじの政治カフェ

今日のgooニュースに、

農家の自殺増加中? 知人「彼らは、国に殺されたようなものだ」

とでてました、昨日農夫的話をしたばかりでしたので、思わず!!

読むと「週刊朝日」の記事の紹介でした。そこで久しぶりに買ってきた

のが、これです。

見出しの「滅ぶ日本のコメ」の内容です。

この記事のリード部分。

「デフレ脱却」「農業・農村所得倍増」と言いながら、米価暴落に補助金激減。いま、

農村部では安倍信三首相が発するメッセージとはまったく逆の事態が起こっている。

TPPや、猫の目のように変わる農業政策に振り回され、苦悩する瑞穂の国の農民た

ち。「アベノ不況」はすでに始まっている。

 

このあとに、gooニュースで紹介されている部分がつづきます。

農家の自殺増加中? 知人「彼らは、国に殺されたようなものだ」

dot.2014年10月29日(水)07:00

 群馬の秋は、日本で最も遅い。毎年10月中旬に差し掛かっても、黄金色の稲穂が当たり前のように田んぼに広がっている。その理由は、赤城山、榛名山、妙義山の上毛(じょうもう)三山が冬場に吹き下ろす「空っ風」が麦作に適しているため、田植えは麦を刈り取ったあとの6月に行われるからだ。

 例年どおり、少し遅めの実りの季節がやってきた。ところが、高崎市でコメ農家を営んできた木村一彦さん(67)は、45年間の百姓生活で今年ほど気のめいる秋はないという。木村さんは、今年1月と8月に相次いで2人の農家仲間を失った。怒りを押し殺した声で、静かにこう言った。

「彼らは、国に殺されたようなものだ」

 1月に亡くなった男性は30代で、ある日行方不明になり、遺体となって発見された。男性は、民主党政権時の2010年に戸別所得補償制度(現・経営所得安定対策)が導入されたことを機にサラリーマンを辞め、就農を決意した若き農家だった。規模拡大による経営効率化を目指し、主食用のコメを中心に同市で最大の28ヘクタールにまで農地を広げた。

 それが12年、状況が一変する。戸別所得補償制度の廃止を公約に掲げた自民党が政権に返り咲いたからだ。今年度からは10アールあたり1万5千円あった補助金が半減となり、18年度には廃止される。大幅な収入減が予想された。制度を計算に入れて経営計画を立てていたこの男性は、周囲に先行きの不安を打ち明けていた。

 木村さんは、10年にTPPに関する説明会で彼が話した内容が忘れられない。

「TPPで安いコメが日本に入ってくると、先進的な経営を目指した自分の夢が壊れると訴えていました。補助金の削減や米価の低下は、大規模な農家ほど影響が大きいのです」

 8月に亡くなった男性は60代で、首をつって自殺した。同市で15ヘクタールの農地を経営し、農業用のパイプハウスも所有していた。それが2月の豪雪で大きな被害を受けた。

「雪害の補償制度はあったけど、リース契約のハウスには使えないなど、制約があった。それが10月になってようやく認められることになった。もっと早く国や自治体から方針が出ていれば、死なずにすんだかもしれない」(木村さん)

 豪雪被害は、いまだこの地域に暗い影を投げかけている。鉢花のハウス栽培をしている塚越正敏さん(64)も、5千平方メートル所有していたハウスのうち、4割が倒壊した。崩れ落ちたハウスは、いまだ片付けが終わっていない。被害総額は1千万円以上にのぼる。

「再建したくても資材が6割も高騰していてできないんだ。それであきらめる人が相次いでいる。このあたりでも600坪(約2千平方メートル)以上のハウスを持っていた約20軒のうち、5軒が廃業した」(塚越さん)

 亡くなった2人は遺書を残さなかった。

 1963年に1341万トンあったコメの需要量は、食の多様化や少子高齢化の影響で12年に779万トンにまで減少した。稲作農家の数も65年の488万戸から10年には115万戸になった。さらに、円安や原油高による資材や農薬・肥料の高騰、消費増税、コメ農家を取り巻く環境は厳しさを増すばかりだ。

 木村さん自身も、13ヘクタールの水田を耕作する大規模農家だ。しかし今年は米価暴落の影響もあり、売り上げは2割以上落ち込み、赤字の見込みだ。自身の労賃はゼロ。それでも農業を続ける。

「私が預かる耕地は約100筆あります。もし農業をやめて耕作放棄地になったら、地域に住む人たちが困ってしまう」(木村さん)

 これが農村の現実だ。

週刊朝日 2014年11月7日号より抜粋

 





ささやかながらも農作業。

2014-10-28 23:19:45 | 非詩的なつぶやき

上が26日の大根畑です。覆いは先日の台風に備えたままの部分。

下が2014-10-04 で紹介した時の写真です。

この間の15日にこの畑のもう一人の主であったE夫人が亡くなっています。

 

そして、キャベツ畑です、右の男性が85歳のEおじさん左がkaeru夫人です。

ここの土起しをやったのがいわか農夫のkaeruです。そのあとキャベツの植え

つけにも手を出したのですが、途中で夫人が手を丸めて「キャベツはこう丸く

なるのよ、これでは間が狭すぎるでしょ」と言われやめました。

力仕事専用で、ここは道路とつながっていないので耕運機など入って

来れません、もっぱら人力頼みですので失業しません、お役に立てる

間は。

 

この畑へのかかわりが小父さんの楽しみでもあり、大きくいえば生甲斐

でもあります。東北に戻った息子さんは部屋を用意しておくから一緒に

暮らそうと言ってくれたが、あちらには行きたくないと言われます。

長い仕事関係の地域はこの付近ばかり、趣味の仲間もここには居る、

身体が動く間はと言われます。

私達夫婦も10分位のところですから、夕食時を一緒に過ごし、晩酌も

お付き合いしています。毎日の食事の一部は配食センターからのもの

で済ませているとか、身近に独居老人の暮らしにかかわり知見が広が

り、何をすべきを考える場になりました。


「てんがらもん138回」 頼もしい笑顔。

2014-10-27 23:56:36 | 「てんがらもんラジオ」

 「てんがらもんラジオ」138回のゲスト・前迫敏子さんについて、どういう人

かと聞かれたとしたら 「笑顔の頼もしい人」と言いたいです。

 肩書は特定非営利活動法人事務局と紹介されていましたが、障害児障害

者とその親をはじめ多くの人にとって、この人の笑顔にどれ程支えられてき

たか想像しながら番組を視聴し終わりました。

番組は http://www.ustream.tv/recorded/54352209 です。

 

 たしか23歳で保育の仕事に就いたと聴き取れましたが、それから障害児

保育から障害者の生活支援事業と歩んで来られました。それに取り組んで

来た姿勢についてご本人の口からでた 「やりはじめたら進むしかない、山に

向かったら登るしかない」という言葉に言い表わされています。

 一般保育に現場にいて、発育の遅れた子どもが気になりその方面の勉強を

はじめ、障害児保育からさらに障害児の学童保育へ、大人になった障害者の

支援事業へと取り組みを発展させてきました。

 20年ほど前にかかわった障害児保育から離れていましたが最近再び障害

児保育の現場にかかわり、環境の変化を語っておられました。

 入所施設が見直しされ、地域で生活する方向に変わってきているが、これが

大変厳しく、問題を感じていて地域の方々が障害児障害者をどう受け入れるか

が大切なことだと強調されていました。

 それは、障害児障害者の障害も特性として理解することで、「変わった子だけ

れど、こういう子なのかな」ということです。その特性を活かせばいい、そこに適

切な援助を届けることが大切です。

 

 障害児障害者は周りの人、大人の表情に非常に敏感ですから、大人が豊かな

表情をもっていることが大切です。それはややもすると自分とは違ったものを排除

しようとする傾向がつよまるなかで、障害児障害者とのかかわりに外してはならな

いことと理解しました。

 金子みすゞの詩の一行 「みんなちがって、みんないい」が浮かんできました。

そして、それを厳しい日々のなかで実践してきた前迫さんの笑顔を作って来たのだ

と思うのです。


にわか農夫。

2014-10-26 22:25:42 | 非詩的なつぶやき

先日大根の畑づくりを手伝ったおじさんから、キャベツの植え付けのための畑の掘り起こしを頼まれました。このおじさんが先日亡くなった方の夫に当る人です。
大根畑の倍以上の広さでやりがいがあると同時に体も疲れました。

帰りに、これは飲むかねと言ってくれたのは、賞味期限8年前のインスタントコーヒー、
頂き物で残っていたのだそうです、捨てようと思っていたとのことです。飲める物なら何でももらいます、と頂いてきて、今飲みました。
旨いです、ジヤマイカナンバーワンブレンドと書いてあるがなるほど賞味期限に関係ない旨さです。

スマホの投稿欄について。
スマホでは投稿欄に書き込みが出来ない、とつぶやいたのですが、何のことはない、書き込み設定が間違いていたのでした。器具の扱いをしらずに文句を付けていた訳で、勉強不足でした。


棺をおおってみると……、ノーベルが気にしたこと。

2014-10-20 23:06:12 | 非詩的なつぶやき

 人の評価は棺をおおってのち決まるとか言われます。全生涯が終り功罪が

明らかになって後でなければ評価できない、というわけです。

もし、あなたが亡くなってみて、その後にどんな話が取り交わされるか?


ここでノーベル賞の元になったアルッフレッド・ノーベルの話になります。

ノーベルは1896年12月10日に亡くなっていますが、その前に一度死んだと

報道されました。それは彼の兄の死をノーベルと間違えたのですが、その報

道の内容が、痛くノーベルを考え込ませました。

 そこにはこう書かれていました。

「可能なかぎり短時間で大勢の人間を殺害する方法を発見し、巨富を

獲得した人物が昨日死亡した」と。

 この記事がもとで、ノーベルは自分の死後の評価を憂慮し、ノーベル賞の創設

を遺言に記載したそうです。(この部分は下記のテキストによります)

 

 通夜や葬儀には故人の親族はじめ、色々な関係の人々が集まり、故人

を偲びます。直接故人に関係することばかりでなく、その系図的なつなが

りがあって、意外なことから自分との関係の知られざる糸が見えて来たり

します。それは故人の再発見であると同時に、自分の再発見でもあります。

 「死後の評価」のことは別にしても、こういう機会に耳を傾け話を交わす

ことは人に関する見方を深めるためにも得難い機会であることは間違い

ないでしょう。