「金澤翔子 書展」の招待状を頂いていましたので、最終日になってしまいましたが「上野の森美術館」に行って来ました。
入り口は、いっぱい、これはかなり大変、
と見ると、
はるか離れたところからの列でした。
やっと着いた入り口で翔子さんとお母さんが出迎えてくれました。
内部は一部を除いて撮影OKでしたので、明日紹介したいと思います。
「金澤翔子 書展」の招待状を頂いていましたので、最終日になってしまいましたが「上野の森美術館」に行って来ました。
入り口は、いっぱい、これはかなり大変、
と見ると、
はるか離れたところからの列でした。
やっと着いた入り口で翔子さんとお母さんが出迎えてくれました。
内部は一部を除いて撮影OKでしたので、明日紹介したいと思います。
今日は資本論の講読会で、自分の報告ではないがゼロ状態ではダメだと思い午前中該当部分に目を通してみました。と言っても『資本論』本文でいくと第三巻p663から766、とても読めるものではありません。
例によって不破さんの『講義集』なら50頁ですから、と思い目は通したのですがここはかなり大変なところでした。第三部第24章から第27章まで、24章は別にして25章から「信用論」ー信用制度のもとでの資本の運動の研究ーに入るのですが、これが大変なことなのです。
「ことなのです」などと理解したような書き方をしましたが、とんでもないことで、不破さんの本では、「信用論の草稿がなぜ未完成となったのか」と見出しがあり、「信用論というのは、『資本論』第三部の草稿のなかでも、いちばん未完成な部分です。」とはじまり、マルクスが信用論については他の部分と違い下書きなし準備なしで「『資本論』の本文をいきなり書き始めた」のでした。
不破さん「私は、ここに、信用論草稿の未完成の粗さということの根拠がある」と思うと言ってます。ですからエンゲルスも編集には大変苦労をして三度も失敗した、と手紙に書いているそうです。
不破さんはマルクスの資本論草稿の研究も踏まえ、エンゲルスの編集の仕方には、かなり大きな問題があることが分かってきたと記しています。そして、講義集では「マルクスの草稿の組み立てと、それをエンゲルスがどう編集したかのあらましを、比較し」一覧しています。さらに、「現行第二十五章の問題点」を指摘し「マルクスの草稿の原型を復元する」として「復元版」を示してくれています。
そういう部分であれば一筋縄では分かるわけがない、と悟って午後参加してきました。報告者は無難に報告書をまとめ淀みなく報告し終わり、筋の通ったと思われる話で、不破さんの指摘を持ち出す場面も見出せず、これはこれあれはあれなのか、と意味不明の納得で帰ってきたのです。
それにしても、大書『資本論』も次には最後の巻に入る訳で、頂上が見えてきたの感です。今日も論議中に「今回の解散騒ぎ新党騒ぎも、結局は日本の政治の行き詰まりから来ている、その元は経済の行き詰まりだ。そこをどう打開していくのか、そこに根元がある。」などとの喋ってきました。
『資本論』学習の効果は、「政治の奥に経済あり」の視点視野を持つようになり長期の見方ができるようになっていることかも、と思います。