kaeruのつぶやき

日々のつぶやきにお付き合い下さい

良いね、寝正月。

2014-12-31 21:41:47 | どこまで続くかこのブログ

 賀状を整理していましたら中学校の担任の水出先生からいただいていた

賀状がありました。その前々年だったかの賀状に 「来年から賀状はだせな

くなるでしょう」とありましたが、この賀状には奥さんの名前もあり、宛名の字

は奥さんの字でした。

今年の2月に満88歳でしたが、これが最後の賀状になりました。

 

さて、先生は「つれあい」に助けられつつの賀状書きでしたが、kaeruは

  つれあいに助けられつつ年を越し

になりました。 風邪のぶり返しに歯の痛みにが加わり新年へのカウント

ダウンならぬダウンです。 とはいえ、ブログでのつぶやは出来る程度で

すから丁度いいのです。

 でもつれあいに見られると 「神様にも不義理をしているのに、なにをし

ていますか!」とお目玉をくいますので、ここらで〆の御挨拶です。

 

 kaeruにとってブログを初めて良かったと実感できる年にしてくれた

「信州の旅の仲間」 をはじめコメントでの交流、多くの閲覧してくれた人々

(この27日に閲覧数が999に達しました)に感謝します。 

 寝正月もブログの書き込みが出きる程度でしたら、悪いものでもない

と思いつつ、

 みなさん、健康が何よりです、健やかかな新年をお迎え下さい!


この世の花。

2014-12-31 19:58:26 | ブログ仲間

♪2014年を飾る花たち

天に星、地に花、人にブログ!

ブログ界もまだそこまでは? と遠慮しないで、

人に愛、愛はブログだ! とか言っていいでしょう。

世界の中心で愛を叫ぶ、ブログいっぱいに愛を!

などという言葉が何のてらいもなく行き交うように

なってもいいでしょう。

 

〉堂々と生きていくもの〈

になりましょう、花は何のてらいもなく咲ききって

萎んだり散ったりします。

 

2015年を飾る花になりましょう、堂々と。


疲れた夜はこの顔に。

2014-12-30 23:59:26 | 葉山そして人

 大掃除をしたわけではありません。 庭を奇麗にしてはいません窓ガラス

も明日に、それでも疲れているとは? 

 「理由なき反抗」 は少年期の特徴、ならば 「理由なき疲れ」 が年寄りに

あって当然です。 こう屁理屈をいってみないと暮れの大晦日を明日に控

えて世間では老いも若きも一生懸命働いているのに、賀状をつくったから

といって疲れたなどと言っていいわけがないのです。

 ということで理由なしの疲れた心を癒してくれるのが、この顔。

説明文を添えます。 大ちゃんのお父さんの春日さんの言葉です。

「昨日の夕方から仕込んで、午前中でできてしまう相方の早業がすばらしい。お正月飾りも無事完了〜。お酒とおせちさえあれば、お正月は安泰だ。」

それに対しての私のコメント。「 お酒とおせち、誰か忘れてはいませんか。そうです、大ちゃん!この 顔のないお正月なんて髭のない春日さん以上に似合いません。」

 大ちゃんとおとうさんおかあさんのことは、ここで。

今夜こそ大ちゃん。 2014-09-14 

もう一枚、おとうさんの大好きなお酒です。

 の

 

 もう一つ、この人です。

https://www.youtube.com/watch?v=8PFTMiaHXAc

 疲れた身体、心に必要なのは癒しと励ましです。


初詣準備へ、森山神社。

2014-12-29 22:33:04 | 葉山そして人

 今日29日に予定されていました初詣への準備は、悪天候の予想があって

昨日済ませました、まず幟です。

 そして、拝殿に注連縄。

te

 

 手水舎(ちょうずや)にもしめ縄を。

 

 もちろん鳥居にも。

 

 おのおおのしめ縄に付けられた紙垂(しで=稲妻を象った白い紙)は四枚づつ

です。その他、たとえば境内の樹木に回したしめ縄にも四枚付いていました。

 一般的には「四=し」は嫌われるのですが、しめ縄では四枚になっているのは

なぜか? 年明けの氏子会新年会で神主さんにたずねてみましょう。


遅れて届いたクリスマスプレゼント。

2014-12-28 15:41:52 | ブログ仲間

♪リボンの交差は尊敬を

というタイトルで、あるブログが「kaeruのつぶやき」

編集画面に届きました。

素敵なブログです、kaeruもいつかこんな形での表現が

出来るようになりたいと(密かに)思ってます。

 

このブログへのプレゼントは皆さんへの贈り物でもありま

 すので、楽しく嬉しくもあった2014年を記念して人様

のブログにkaeruの心を込めてお送りします。


続 『認知症になった私が伝えたいこと』

2014-12-27 23:32:51 | 本のひと言

  この写真は佐藤さんの撮影ですが、ご自分の影でしょう。

 この写真を見た時同じような影の写真を思い出しました、これです。

 上は60歳前の認知症患者、下は9歳のいじめられっ子の 「自画影」 です。

「子」は影を前に自分で句を詠み、「大人」はある本から次を部分を引用して

います。

≪人間の存在意義は、その利用価値や有用性によるものではない。野に咲く

花のように、ただ 「無償に」 存在しているひとも、大きな立場からみたら存在

理由があるにちがいない。 自分の眼に自分の存在の意味が感じられないな

いひと、他人の眼にも認められないようなひとも、私たちと同じ生をうけた同胞

なのである。(略)≫

 

 きのうの「解説」に、「IT機器を自分の分身として」とありましたが、写真説明に

「パソコンは外付けの記憶装置」とあります。

 そして佐藤さんの話では「認知症の人は、記憶そのものをなくしたように見える

かもしれませんがん、そうではなく、記憶に箱から記憶を取り出す鍵をなくしただ

けなのです。

 パソコンが、私の外付け記憶装置の働きをしてくれます。(略)」


『認知症になった私が伝えたいこと』

2014-12-26 21:18:26 | 本のひと言

 この本の出版社大月書店のこの本の 「紹介」 です。

http://www.otsukishoten.co.jp/book/b185350.html 

 今、拾い読みをしています、読みやすい本ですから最初から読み出したの

ですが、バラバラめくっていてこんな所に目が止りました。

 それは「認知症介護研究 ・ 研修東京センター」 の永田久美子さんの 「解

説」 の部分です。

≪ I T機器を自身の分身として 

 佐藤さんは、発症のかなり早い時期から文字を手書きすることに苦労するよ

うになりました。 書けなくなっていくなかで、発症前からなじんでいたパソコン

に加えて、発症後に携帯電話のメールやタブレット端末の操作に新たに挑戦し

ました。(略)

 I T機器を利用して日々の 「暮らしの記憶」 を記録し、保存することが佐藤さ

んの新しい暮らしの習慣となり、I T 機器が佐藤さんの外付けの頭脳として威

力を発揮しています。

 佐藤さんは、パソコン等にとにかく保存することで、当初つきまと って離れな

かった 「忘れる不安」 から解放され、ずいぶんと安定し、のびのび暮らす自信

を得たように思います。

 そして、それらに保存された記録を見ることで、佐藤さんはその時々(人生

の大切な場面 ) 何が起こっていたのか、その詳細を確認し、時系列の変化を

いまでも追うことが可能になっています。≫

 

 この 「I T機器を自身の分身として」 の部分だけでも3頁ほどですから極一

部の引用ですが、I T 機器と認知症患者との有機的関係を示していると思いま

す。

 そしてこうしてブログで 「つぶやき」 コメントをいただき、昨日と今日を結び、明

日への己の存在を受け止めることが出来るのも、この有機的関係のすそ野の一

部ではないかと思うのです。

 

 ブログの縁も他生の縁、ひとりの認知症患者 ・ 佐藤雅彦さんへの縁でもあり

ますので、書店での立ち読みの際お役にたちますように「I T機器を自身の分

身として」 の頁を記しておきます、P191


「てんがらもん147回」 川柳ワタシも詠み手ぇー。

2014-12-26 18:03:16 | 「てんがらもんラジオ」

 その場でレギラーの皆さんが一句を詠まれたのは皆さんの川柳心ともいえる

才能で、川柳が魅力ある文芸だと教えてくれました。そして今回のゲスト、川柳の

詠み手・石神紅雀(いしがみこうじゃく)さんの魅力でもあります。

 その魅力をここで、http://www.ustream.tv/recorded/56870220 

 

 ラジオでお聴きの方は分かりませんでしたが、和服での登場で肩書の「入来わく

わく番傘川柳会会長」も川柳を詠む人の持ち味を伝えてくれました。その「味」の意

味を番組の終わり近くでパーソナリティーの村永さんがこう語っています。 

 「日本には色んなものが昔から伝わってきて、その中で文化とか芸術というもの

が人間の生きていくうえで糧になります。そういうものをもっともっとここでとりあげ

て(いきたい)。私たちの引き出しにないものをいっぱいゲストさんたちが持ってき

てくださる」、 と。

 

 以前ここでお手玉の魅力を教えてもらった時に感じたことを、川柳を語る石神さん

の話にも感じました。 江戸時代に端を発している庶民文化が深い流れをつくりなが

ら現代を潤している魅力です。俳諧では芭蕉などが高度な文芸性を求めていた頃

川柳の元になるものを漁夫が刷り物を懐に入れ農夫が鍬にもたれて味あったそう

です。

 

 そういう魅力を持つものだからこそ話を聴いたレギラーさんがその場で詠もうと

思ったに違いありません。 レギラーの皆さんの句を紹介します、お題は「クリスマ

ス」でした、聴きとれた句は、

  モンブラン買ってひとりのクリスマス

  クリスマス仏教だけどこの日だけ

  クリスマス誰か私にケーキくれ

そこで、kaeruも一句、

  イブに着てケーキくれよとイチゴ服 


間抜け 「おくのそほ道」。

2014-12-24 23:20:09 | kaeruの「おくのほそ道」

■奥の細道の旅

○現在地  酒田に到着しました。

○次の目的地  象潟

○次の目的地までの距離  35.4km

○次の目的地までの歩数  48,227歩で達成です。

 久しぶりの 「おくのほそ道」 で、前回が11月7日の中尊寺でした。

 選挙の話やら何やらでか感じとしても間の抜けた、実際にも間(あ

いだ)の抜けた話になってしましました。

 

 同じ地図が今年の2月6日の「つぶやき」にありました。そしてこんな数字が、

■奥の細道の旅 (2/5着信)

○現在地  酒田に到着しました。

○次の目的地  象潟

○次の目的地までの距離  35.2km

○次の目的地までの歩数  47,014歩で達成です。

これで見ますと、同じ酒田ー象潟間が0.2km違います。

気になるのは歩幅です、計算すると2月に一歩あたり74.9cmだった歩幅が

今回73.4cmで計算されていることです。実測からでた数値ではないと思い

ますが、概算でもそういう数値になる歩き方になってきたのかとも思います。

 

 なお、2014-02-06 にかなり長く「つぶやき」文がありますので、今夜は

省略します。


風邪の俳句。

2014-12-23 19:56:12 | kaeruの五七五

    まだ熱っぽく頭の芯に痛みがあり、起きて動くのがおっくう、でも

退屈するからやむを得ず床から抜け出して何冊か本を抱えてまた床へ。

そして開いた歳時記にこんな俳句があって  !

   年よりは風邪引き易し引けば死す

詠んだのは草間時彦、逗子に住んでいたはずで、十年以上前に亡くなって

います。 死因は風邪だったのでしょうか。

 

   年よりの風邪を詠んだ俳句はやめて子供の風邪にして、気取り直します。

   子供の風邪を詠んだ俳句といわれて頭に浮かぶのは、

      咳の子のなぞなぞあそびきりもなや    /中村汀女    

ですが今回は「風邪」に絞ります。

    風邪の子や眉にのび来しひたひ髪         /杉田久女

    かぜの子に敬礼をして風邪心地            /細谷喨々

    風邪の子をふうつと掴みそこねたり       /森賀まり

    とほくから子供が風邪をつれてきぬ       /鴇田智哉

    この子亦髪伸びてきて風邪らしも         /京極杞陽

   風邪の子に屋根の雪見え雀見え            /細見綾子

   風邪の子の枕を噛んで起き上り             /野見山朱鳥

  風邪の子の手足よごれてあはれなり     /伊藤左千夫

 

当然まだありますが、それもきりもなや、ですので……。