katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuの日記

引き続きカットTB京葉店のピエロの壁画

2025-04-04 00:29:08 | モザイク作家

今日も引き続きカットTB京葉店のピエロの壁画。昨日も言ったように単純作業に油断しないように・・・って思った上でやっているのに・・・って話。

確かにまだ発表段階にならない案件が数件あって、そっちを考えないとならない・・・そんな朝、昨日のやった事を確認してから始めるんだけれど、えっ?

・・・足の位置間違えた?って、昨日やった場所を剥がしてまで・・・

何やってんのかなぁ・・・?足2つ作ってどうする気なんだよっ・・・ただそれもこれも全部を見られない狭さの中での制作だから・・・って毎度毎度な話。

下絵と張っている所のズレを見て、あっ間違えたのかぁ・・・って思い込んで、慌てて剥がして直し始めて、そんな事あるかなぁ?って離れて見直すと・・・。

単なる下絵がズレていただけなのに・・・毎度毎度こうしたような事が起きるから、またやったのかぁ・・・って。ただ、それを更に上乗せしたのが、あれ

これとあった事を考えていたから、うっかりやったんだろうな・・俺。まっ、苦笑いとイラつき半々って感じだけれど、最終的には、それでもここがあるから

受けられる話で、実家さまさまだよな・・・となる。正直こんな事、全部広げてやれれば起きる事じゃ無いのに。って思う事も事実だけれどね。

いずれにしても、マイナスのリカバリーからのスタートしたんだけれど、そんな中、そのあれこれの話で電話をしてやり取りがあったりして・・・。そんな事も踏まえると、これでも何とか巻き返したんだけれどね・・・。

まぁしかし、油断しないように・・・って思っていたのに、油断では無い事でミスをするとはね・・・ただ仕事の話が増えた事で起こった事なんだけれど、

今の段階でこんな事って・・・。まだ早いわっ。まだ大した忙しさじゃ無いのにって。気も緩んでいる訳でも無いし・・・自分を一番信用していないのかもね。バタバタしてたから・・・やったのかぁって。思い込みは禁物なのに。


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引き続きカットTB京葉店のピエロの壁画

2025-04-03 07:06:39 | モザイク作家

今日も引き続きカットTB京葉店のピエロの壁画。まぁそんな中、あれこれとあるんだけれど、もう少し落ち着いたら・・・って事で報告までには至らず。

バックに関しては、あぁこんな風にやるとこうなるのかぁ・・・って手探りなんだけれど、色々試しているのね。そんな事もあり、更に言えば普通にやっても

思っているほどは進まない・・・って感じではあるのね。まぁとは言え、バックも方向性とやり方は判ったんで、ハサミの手の方も特に問題は無くなったと

思うのね。だからもう時間が解決って方向に向かっていると思うのね。とこうなって来ると、単純作業になりがちなのね。それが油断に繋がるのも十分把握

しているんだけれど・・・正直緊張感は薄れるし、言葉が悪いが退屈なんて感じにもなる。いかにそうならないようにするか・・・の方が大変で・・・。

例えば、やった事がある人なら簡単な説明になるが、今、靴が残っているのね。スペース的には大した大きさじゃ無いんだけれど、色もそうだけれど、

どんな靴にしようか?って考えると、あれこれと個性が出せるのね。所がバックとなると、最初はどんな風にしようか?しかもスペースは広いし、縦もあるけど

横もある。こんな風にしようか?あんな風にしようか?って部分は一緒なのに、方向性が決まると、淡々と同じ事の繰り返しで、何も考えずに進むだけになる。

これが例えば丸いボールのようなものでも、こっちは何色だから・・・って考える事が出来るし、色の変化だけで無く、張り方も変えられる。つまり多少なり

にも個性が出せる・・・所がバックは方向性を決めてしまうと、色も張り方も一切個性は出せなくなるのね・・・だから何も考える事無く作業になるのね。

つまり個性は出せずに考える事も無くなる・・・かなりきついのね。これが逆で、個性を出すとか、考える事が苦手って人には向いているんだけれど・・・。

こうやって作家katsuが感じた事を逃さずに、先生katsuが感じて・・・なるほどねぇ〜そう思うもんなんだって気付きの材料にするのね。そうすると、それを

だからこんな時は・・・って事に繋がるのね。だから先生katsuには良い事になるんだけれど・・・作家に個性が出せないって部分はしんどいのね・・・。


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カットTB京葉店のピエロの壁画

2025-04-02 00:59:56 | モザイク作家

今日も引き続きカットTB京葉店のピエロの壁画。そんな中、あれこれとあるんだけれど、どれもこれも言える状況に無く・・・ただ岐阜の会社の社長さんと

お話したんだけれど、応援している・・・って言われたのね。まぁ何しろ嫌われる事はあっても、好かれると言うか、実際はもっと応援よりも上の言葉を頂いて

・・・正直、今の俺でそこまで言って貰えるのかぁ・・・って言うのは恐縮だったりしたが、有難いを通り越してプレッシャーさえ感じたのね。当然そんな

だから、麻布小の話はすんなりって事で・・・更に新しい仕事に繋がる話も来ていて・・・ひとまず連絡が来た。そんな後は、カットTBに一部内金って感じ

に頂きに行き、ただ置かせて貰っていた7人の小人の鏡を回収する事になったのね・・・まっ、最後に少し微妙だったのね。そうね、ピエロのバックは割と

思い通りになったかなぁ・・・って思うのね。


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カットTB京葉店のピエロの壁画

2025-04-01 07:16:35 | モザイク作家

今日も引き続きカットTB京葉店のピエロの壁画。この球体が店舗の数って事なんだけれど、何しろ毎回の悩みは手狭なんで、全体をいっぺんに見られない。

それと、そうね・・・予算の関係上、これも良い、あれも良いって何でも購入する訳にも行かないし・・・それと拠点をアトリエと実家にしているから、

あっちにあるんだったけ・・・ってな感じになり、重複していたり、あー使っちゃったのかぁーなんて事だったりもする。まぁ不便な事だらけなのね。

とは言え、悪い事はそうであっても、良い事は両親の見守りも兼ねられるし、そもそも今の現状拠点を2つ持っている事で、仕事がはかどっているのも事実なのね。

じゃ仕方無い・・・って事で。それとこれもそんな悩みの1つなんだか、逃げ道の1つなんだか、バックを常に描き込まない事なのね。何故ならその構想をもし

キチンと描くまで時間を掛けたら、スタートが遅れる。しかも仮に描けたとして、そうなると、それが無かった時に、全てを揃えたくなるから、当然お金が

掛かるのね。しかしながら、あえて描かなかった場合、そこで悩む時間を回避出来るのと、実際に出来上がって来たものを見つつ、在庫しているタイルとの

兼ね合いで仕上げられるんで、大幅に余らせる事を回避出来るから、経費削減にもなるのね。ただ、当然最後の最後にまた、バックの構想を考えないとならないのね。

ただそれまでの制作時間と折り合いは付けやすいのね。やり過ぎだわっ・・・とか、もう少しやれるか・・・とか、調整は出来るのね。だから負担の軽減も

出来るのね。絵を描く訳じゃ無いから、凝れば凝るほど時間は掛かる訳で。既にとっくのとうにやり過ぎになっているからね・・・。ただ、それでももう少し

って思ったりもするのね・・・ただそれをしようとすると、簡単なのは何も考えずに切り続ければ楽なのね。だって得意なんだから。でもそれは時間が掛かるのね。

後はその慣れは手癖って感じに、同じ事をしてしまうのね。それでは安心はあっても、見慣れてしまうのね。これが世の中の仕組みなんだけれど、人は慣れる。

例えばサッカーなんて、ワールドカップなんて夢のまた夢だったから、キャプテン翼で夢を見せてくれたのね。所が今のように予選なんて勝って当たり前って、

雰囲気があるから、予選敗退なんて誰も考えない。ただメンバーが全員海外組なんて事になると、本当にワールドカップで優勝とか狙える人達なのかな?と

思わせる匂いがする。こんなのが例だとすると、例えば俺の生徒さんで大作を作ったことのある人で、俺の作品を何度も見た事のある人には、細かくて、

凄い・・・とか、リアルなのも可愛いのも作れるとか、割と高く評価してくれているとする。しかしながら、自分も習っているし、作っているって思っている。

こんな目で見たとしたら、ピエロは可愛いだけで、余り切っていないし、大きいだけで、自分も参加したし、出来ない事でも無かった・・・って思うはずなのね。

ほら、大きさに飲まれないし、普段の細かさで切らない事なんて張るだけじゃん。って良くも悪くも大した事では無い・・・って気持ちになるのね。だから

いつもの評価では無いのね。では逆に業者の人達からは?そりゃ良く知っている人なら、普通は駅の壁画みたいに何百㎡なんて大きさばかりだから逆に小さい。

ただ小さいって事は切らないと入らなくなる。つまりこの大きさでは切る事が多いと思ってくれるだろうが、俺の作品を評価してくれる人には物足らない。

つまりどちらにも物足りない感じをさせるのね。これで予定通りなのね。実は・・・かのデビルマンでは人間からは悪魔と呼ばれ、悪魔からは人間だって言われる。

じゃどっちでも無いのね・・・ガウディもそう。設計屋なの?芸術家なの?要するにどっちか?って簡単に評価されるって事になると、普通に理解されちゃうのね。

そもそも一般な場所にモザイク壁画なんて無いのね。普通は公共な場所。つまり高価だからなのね。それが江戸川区にポンポン出来るのだから、普通じゃ無い事なのね。そもそもが。

ただ普通じゃ無いんだけれど、それすら知らない。更に知っている人達、それを通とすると、通な人達に知られている俺は、どうやら上手いらしい。

じゃその腕をめいいっぱい使って、ピエロを作ってみ・・・そりゃきっとホラーのように気味悪くて凄い血だらけの恐ろしい繊細な壁画を作れるだろうね・・

欲しくなる?上手く見えるけど・・・でしょ?つまり、ピエロのお題では、客引きパンダの役目だから、いかに目を引き、いかに一般的に見せるか?なのね。

そこで更に仕組みの問題なのね。そもそも一発屋とはなんぞや?って話を伏線張ったんだけど、デビューの1曲目の自分の曲を超えられなかった人。だとすると

・・・江戸川区の人達や、俺の事を知らなかった人は、ピエロが一発目って事になるんだね・・・知らないのだから。それ超えられないのかなぁ〜俺?

要するにそんな人達に、可愛いって知られる事が一番で、万人受けさせる。怖くて凄くて、血だらけで上手く見えても、気持ち悪ければ近寄らないし、気分が

悪くなる。そう言うものは欲しい人だけ、見たい人だけになるから、地下アイドルチックになる。欲しくは無いけど見たい・・・リュウグウノツカイにカツオノエボシに、タコの椅子・・・。通好みな作品だねぇ・・・。

だからまずは折角の表舞台なのね。通で好みの人達へ向けたリュウグウノツカイは良い反響だった。でもサンシャインのカツオノエボシは不評だった。

それは水族館では無かったからね。でもセラスタのタコの椅子は評価して貰ったから、今大阪の問屋さんに展示されている。でもそれらは全て室内。

つまりそこをご贔屓にしている人達の場所なのね。だから同じ人達に見られる事になるのね。所が今回は外。一般の人達、モザイクって何?って人達なのね。

だからまず可愛いって認知される事なのね。その時に、それを機に知られた時に、同じようなものや、デザインを作っていて、今回が一番大きいものだとすると、他は小さく見慣れた作品に見えれば

このピエロが一番凄いものになるから、一発屋の道へようこそ・・・になる。しかしながら、もし他にはどんなものが・・・と調べる人がいたとしたら?

インスタでホームページにゴロゴロ作品が20数年分出て来て、その上、TVチャンピオンで優勝したんだぁ〜って古い実績に反応してくれると、ピエロよりも

良く見える・・・一発屋では無くなる。更に麻布小では作家katsuでは無く、先生katsuとして、作るのでは無く教えるってスタイルで壁画を作れるって提案も

出来る。どれもこれも今までに無いスタイルになるのね。タイルは建築の素材と思って100年・・・もう良いんじゃない?その古い考え・・・そもそももう

少子化で、そんなに家は建たないし、今の建築に関わる人達が全員生きられる仕事があるとは思えない・・・だから俺は20数年前に辞めたのだから。

一億円の一戸建てを作ったとしても、タイルは玄関だけなのね。もう一つ伏線話を回収して置くと、タイル屋って前身はレンガ屋だったのね。つまり転職。

それから100年って思えば、もうタイル屋から何かに化けないと、ヤバいんじゃ無いの?って話。それが鬼頭タイルって親父の修行先の最後の同僚が病気・・・

つまり名門だって言われていたタイル屋も、これで全滅になる。だって跡目を継ぐ者がいないって言うのは、お先真っ暗だからでしょ?儲かってガッポガッポなら、社長として残るだけでも、継続出来るはずだからね。

おしまい・・・って話。その時に、必ず生き残るタイル屋はいる。きっとそれが新しい名門になって行くはず。それには俺はなれない。それは古典落語だから。

それはずっとタイルを言われたように張り続ける人達だから。設計の下で。俺はニュータイル屋なんで、新作落語のスタイル。落語をする前にネタ作り。

シンガーソングライターだから。歌だけ上手い美空ひばりじゃない。歌が下手だったとしても、自分で曲書かないと・・・まっ、下手って言われた事は無い

けどね・・・。いずれにしても、軍師は策士策に溺れるって言うから、策を公開して、これに乗ってくれる人探しってな話。俺を俺自身のクラウドファンディング・・・みたいにね。何なら腕利きになって一緒にやろっ・・・ってね。

それも新しいスタイル。普通は職人なんてやりたい人が来るだけ。それは一般的じゃ無いからなのね。野球やサッカーならスカウトされるでしょ?モザイクも

そうならないと・・・自分のせがれや娘がタイル屋を継がないんでは、崩壊の道が待っているだけ。俺はハーメルンの笛吹き男みたいになりたい・・・

って謎掛けしておしまい。


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カットTB京葉店のピエロの壁画

2025-03-31 00:47:49 | モザイク作家

今日は朝から実家で、カットTB京葉店のピエロ。まぁ地味ぃぃに進んではいるのね。そんな中、父の弟弟子が病気らしく、しかももう生きている仲間の最後の人って事もあり、連れて行く事にしたのね・・・。ここまではそこそこ美談

なんだけれど、何処なの?・・・って話なんだけれど、何となく松戸の方ってくらいは知ってたのね。ただ恐らく小中学くらいに行った事かある程度な話。

そんな中、松戸あたりになり、何処曲がるの?って言うと、お前知らないのか?ってな事を言い出し、しかも電話番号を書いたノートを忘れて来た・・・って。

でも大体判る・・・って言うから、行って見るも、ん・・・って。結局、近い所までは行ったと思われるが、1時間程度探して諦めたのね。まぁ最初は呆れたが、もう90過ぎると、何も信用出来ないんだな・・・って確認したと思い、

良い勉強になったのね。いずれにせよ、また出直すって事で・・・ただごめんって謝っていたけれど、俺じゃ無いよ・・・期待していた人にだよ・・・。

こうした出来事一つ取っても、感受性豊かって言うのは面倒臭いのね。ごめん・・・と3文字で済む人と、これでもし亡くなってしまったら・・・誰が後悔するのかな?

良かれと思って連れて行ったのに、それならそのまま普通に聞き流して、そうなんだ・・・お気の毒にって言う事で良かったんじゃ無いか?普通なら行けないの

だから。ただこれも常に同じ事で、誰もが出来ない事だから・・・やるのであって、家族の面会なら誰でも出来る。こんな事が平気で出来るようじゃ無いと、

俺の仕事は無理なのね。その普通じゃ無い事を請け負った時に、予算以上を期待される。こちらとしても応えたいと思っても、最低限それはそっちの問題では

・・・と思う事さえ考えないとならない。そもそも行きたいのは誰?・・・なんだけれど。例えばこれが作家katsuなら、頼まれたものを届けるとなると、制作

をする・・・郵送する。になるが、制作までは俺の仕事であっても、郵送中の事故は俺の問題では無かったとしても、結局直すのは俺。となれば、許容範囲で

あれば、自分で運んだ方が良くなる。つまりこれが無事に家に帰るまでが旅行って例えのようなもので、こんな話に繋がって行く。しかしながら、これが

みんなで作る・・・なんて事になると、先生katsuの仕事となり、教える事がメインで作る人達は俺では無い。子供達が全員いつも健康とは限らないし、雨天

なんて事もある。それは各々の管理なのに、その救済を考えないとならない。頂いたタイルにせよ、管理をアトリエでは手狭で無理だし、ピッタリ貰う事

なんて不可能だから、必ず余るが廃棄にお金が掛かっては本末転倒になる。しかもただ出来ただけで良いなら、誰がやっても同じであっても、期待値が高い

のなら、それに応えたいと考えるが、やるのはみんな・・・最初からやる気ならまだしも、練習もせず、制作意欲も無いのでは、勝てる試合も落とす。

要するに良好の添乗員さんとか、何かを任せる・・・では無く、損保のように、あんな事があったら?こんな事があったら?と想定して準備や用意をして

使わなかったら掛け捨て・・・みたいな仕事で受けた仕事と考えるべき。つまり目に見える仕事では無くて、目に見えない事が仕事になる。裏方なのね。

しかもただの裏方では無く、表の仕事の出来栄えも余り手を出さずに、後始末だけはする・・・って事を考えれば、こんな事例は良い勉強になったのね。

あぁこうなるんだな・・・親父有難うってね。ゴルゴ松本さんの話に、災難、困難、苦難って嫌だなぁって思うが、難が無いのが無難になるが、有ると

有難いって事になる。無いって言うのは普通で、良くも悪くも無いけれど、有る事でその後にある、無かった事が、良かった・・・に繋がる。ただそれだけ。

それを何も考えないと、忘れる能力だけに頼る事になるから、時間が解決する・・・になる。難は活かすも殺すも自分次第なのね。ただ、難を有難いって

思うには仙人にでもならないと無理だろうが、人だから900人程度なら努力でなれんじゃ無いのかなぁ・・・って昔から思っているのね。あははは。

思い通りにならないのは、今の状況環境が揃わないからであって、過渡期だから。それが揃い始めると、人ひとりがやる事なんて知れていて、ただその意思が

伝わって連鎖した時・・・つまり影響力、これもまた見えない能力で、人を動かす事が出来ると、オセロのように裏返って行く・・・ただそれだけ。

ある意味、俺がそれであるかどうか?問われるだけの話。つまりそうなりたいのなら、そうなる種を撒いているかどうか?であって、それを試す事例の話が来た

・・・ただそれだけ。辞めない限り、この過程の繰り返しをすれば良いだけ。その当たり前の繰り返しが、俺の人生になるだけなのだから。それが家庭がある

人達はそれを分かち合える人がいる・・・ではその人達が幸せで、いないと不幸せなのか?となると、いる人達から見れば、やりたい事が出来るし、気楽で

良いね・・・と思うだろうし、いない人から見れば、幸せそうに見える。ただいれば、いただけの人数の幸せと、不幸せを抱える事になり、独りなら自分の

分だけになる。つまり自分の幸せを維持出来ないと、歳を取るって老人になれば、体の自由も無くなって行き、長生きすれば友人を少しづつ失う事になる。

みんな誰もが見て来た事なら、それを教訓に自分に置き換えて、自分なりの人生を考えないと・・・になるだけ。それを気が付かないと、浦島太郎のように

振り返らずに楽しんだツケは、いきなり来る。全ては勉強とは良く言ったもんなのね・・・俺は学生時代、努力を怠ったから知識の無いばかちんとなったが

モザイクを始めてから、生まれて初めて本気を出して取り組んでいるのね。ただ本気になって、ほんの20年ちょっと・・・でも知識は無いが、知恵はある。

後は生き様に反映するだけ。


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