今日はご新規の体験1名を加えた6人。何しろ全員違う事をやるので、たった6人・・・・って思うだろうけれど、オードリーと2人で精一杯って感じなんだけれど・・・・。更に、体験となると、本日のみでの仕上げ・・・・それで2時間・・・・こりゃ忙しいぞ・・・・って話。
そんな中、1人目地まで完成したのね。何しろ小さい子供さんを抱いて・・・・の制作なんで、中々思うように切る事が出来ない中・・・と考えると、
良く頑張ったのね。しかも、すでに新作として、子供さんのプレートを・・・と頼まれて、これだけ作れれば、名前は3作目。
もう困る事は無いし、自分で完成も想像出来るし、すべては時間が解決すると思うのね。それでは、ご新規さんの体験プレートは・・・
正直、オードリーが初めての人に1枚切りなんですか?・・・・と尋ねられたくらい難しい事だったんだけれど、この方、実に上手い・・・。
中々、初めて切る人が2時間でここまでのグレード・・・・モノ作りが余程好きで根気があると思われる。
何しろスイスイやってしまうのだから。ちょっとしたアドバイスのみで。お見事なのね。それを横で見ていて、私、最初からなんて全然切れなかった・・って言ってた方がこの方。
凄いなぁ・・・って、結構落ち込んでいるので、自分の作品をしばらくやった後に、アトレの話をして1セット切って貰うと・・・・
ちゃんと切れちゃうのね。きちんとした切り方を繰り返しているのだから、以前の実力では無いのね。けれど、本人は上手くなっている意識は無いので、こうして同じ事をして貰って出来ても、初心者の人が出来る事だから・・・と思っちゃうのね。
逆、逆。初心者の人が上手過ぎなのね。人と比べるのでは無くて、以前、上手く出来ない事が出来るようになった自分との比較なのね。
ただ、その理由も判る気もするのね。それがこの2人。

こんな人達がほぼ同じ時期に入った人・・・って思っちゃうからなのね。それも違う話で、この2人はkameyaさんでも教えているし、自宅でもやっている。そもそもが何倍もモザイクやっている人達。一緒に入ったから同期ではあるけれど、意味が違うのね。
当然、それを踏まえてこんな事になる。

2人が仕込んで来たアトレの花びら。こうして、これだけの事をやっているのだから、上手くなって当然なのね。お見事なのね。
何しろ、その人のスタイルで比べるのは過去の自分であって、人では無い。ここは忘れる事が無く進んで欲しいものなのね。そして6人目。
ここは誰ともかぶらないし、5人の中では一番新しい方なんだけれど、順調に進んでいて、正直、本人はこれで良いのかな・・・?って感じで進んでいるようなんだけれど、回りから見たら、ここだけなのに、順調だなぁ・・・って思われているのだけれど、本人は気が付かない。
もう終わりが近づいているんだけれど・・・・。良くこらえてくれたのね。上手くすれば次回張り終われるのね。これが1作目なら十分過ぎるでしょ?
まぁ、同じ事をみんながしない・・・って言うのは、良く言えば好きな事が出来る・・・なんだけれど、悪く言うと、比較対象が無いので、
上手いのか?劣っているのか?みたいな基準とか目安を人と比べられない事なのね。あっ、私進んでいる・・・とか、綺麗に切れているとか、あっ、私まだ1枚しか切って無い・・・とか、えっ、みんな切れたの?とか・・・・同じ事をやると、こんな心理状態にもなるのね。
それはそもそもみんなでやるから。これがアトリエの個人レッスンなら、誰とも比べる事が無いので安心でもあるのだけれど・・・・。
それとて、段々慣れて来ると、比較が俺となり、先生みたいに全然切れない・・・なんて言う人すらいるのね。こらこら、おいおい・・・そんなに
簡単に一緒になったら、先生いらないじゃん・・・・って笑い話なんだけれど、流石に常連くらいになると、そう言う比較はしなくなるし、相席しても、見られる事にも慣れているから、堂々としたもんで、実に頼もしくなる。
もっと言えば、弟子のオードリーは教える先生側に立って、こうして教えているが、犬なんて作った事は無いのに、説明しつつ指導して、あれだけの完成度までにしている訳で・・・。当然、本人が作った方が教える手間が無い分、早そうだけれど、中々そう言う簡単なものでは無いのね。
確かにこうして教えるテクニックは手に入って行くのね。しかも実力もある。当然上手く出来る要素は沢山ある。ただ、問題は気持ちとしての熱意。
犬の方は、2匹のうち、1匹を亡くしてしまった・・・・それをもう1匹が亡くなる前に・・・なんて気持ちでは、頑張るって気持ちが伝わるでしょ?
要するに作り手がどうしても欲しい・・・って気持ちにならないと、先に進もう・・・に繋がらない。しかも、実力以上に慌てると、先には進むけれど、完全に質は落ちる。常に安定した速度で最初と同じようにやり続ける・・・・ここが大事なのね。
何しろ1匹目と同じ・・・それだけで、上手くなった自分が勝手に質を上げてくれるものなのね・・・・けれど、落ち込めば見たく無くなるし、好きな御題って言うのは、こだわりがある分、こうした事も起こる。
では、上手いオードリーなら?・・・仕事なら強制的にでも実力で終わらせるだろうけれど、作りたい・・・と思わない犬では、出来る実力はあっても、終わらせる事が出来ない・・・そんな事が起こって来るのね。
しかも大作って言うのは、時間が掛かるから、楽しい事も辛い事も、嬉しい事も悲しい事もその期間の中に起こる。これが体験なら?今日の気分のみ。
作品に重みが加わるのは当たり前の事。そんな気分の入れ替わりの中、安定出来る信頼出来るもの・・・それが積み重ねた技術って話。
勿論、それを積み重ねると、確かなる技術って言うものになり、それを人に見られる事で、萎縮しない心も手に入れる訳で・・・あはははは。
まっ、中々そう言う機会が無いんだけれど、今回のアトレ・・・生徒さんは時間があったら来て見て下さいなっ・・・・。
自分でやるも良し、人に教えるも良し・・・何か携わると、何かを得られるはずです。きっと今までとは違う何か?をお持ち帰り出来ると思います。
まっ、騙されたと思って来て見て下さいませ。
って事で、アトリエに戻って・・・さてどうしようかな?って事になる。実は先日のアトレの設置に関して、先方の御厚意でやらなくて済む事になったのね。何しろ展示するプロがいるらしいし、作品のグレードが上がれば上がるほど、設置台など作り慣れしていない分、全てが見劣りする訳で。
そりゃ頭を抱える難題だったが、それが無くなった途端、相当な負担が無くなった・・・って感じになったのね。逆にかぐやにどうしようか?・・・・
折角振って来た時間・・・・って一緒に考えて貰う事にしたのね。そもそも無かった時間。けれど、貰った時間・・・無駄に出来ないし・・・。
一番有効的なのは金魚作品である事は間違いない。もし能率効率として最善なら、ユーミンママの依頼の立体の出目金なんて出来たとしたら、そりゃ展示の可能性はあるわ、お金は貰えるわ・・・とベストだが、立体作品がそんなに簡単に出来るはずも無く・・・。
それではとなると、日本観賞魚フェアの場所から考えると、今までの大きさなら3作品位は必要だろうし・・・・。
そんな中、ここからはほとんどたわいも無い事なので、何と無く・・・って独り言。例えば世に出ようとしている人って言うのは、人とは違う・・・みたいな自分だけの・・・とか、何か探しているように取り組んでいたりしてね・・・当然、そう言う人は、全力でこれでもかっ・・・って
何回も何回もチャレンジするんだろうね・・・・本来、年齢とか怪我とか根気とか折れる要素は色々あるけれど、何しろ続けるって人にはチャンスは来るもので・・・。辞めたらチャンスは来ない。そんな時に、その繰り返しの仕方が問われると思うのね。
例えば世の売れた人達を検証すると、大抵最初は売れていない。それなのに今となっては名曲、名画、名作・・・何故?良く時代が・・・なんて言うが、それとて解説にもなっていない。例えば、その当時はあんなもん・・・と扱われていたのは何故か?
恐らくその時代の流行とは全く違うものだからなんだろうね。例えば今ならサッカーを習っている・・・・別に普通な事だが、40年以上前に果たしてそんな場所、そんな仲間、そんな指導者・・・どう考えても俺の廻りにはいなかった。
つまり、一般的では無いものを定着させるまでの時間が必要になる。ただそれを世界で考えると、その当時でもサッカーは有名だったはず。
つまり知らぬは日本になる。ただ、1ドル350円の時代・・・テレビの放送しか情報は無く、テレビのみを信じた・・・。
しかしながら、今はネット配信でテレビのように一方的な配信に頼らなくても、自分の欲しい情報を引き出せるようになって来た。
けれど、そうするには自分が知りたい事・・・みたいに興味や知識を得ないと、調べる事が出来ない。
何しろ何かキーワードを入れないと、何も動かないのだから。おっと、ちょっとそれたけれど・・・。つまり、何らかの調べたい記憶に残るヒントになるようなものを残さないとならない・・・・って言うのが、カギになると思われるのね・・・。
それを持って今までを振り返ると、もうすでに日本観賞魚フェアには何度か展示されている。しかもすべて新作での事だから、何もかも新しいのだけれど、振り返ると全てが銘木スタイルだったのね・・・。確かに銘木スタイルは今後、俺のモザイクとしてイメージされるもの・・・になるとして、
けれど、それすら新作だった・・・・って思って観ている人が何人いたか?・・・って話で、そもそもは金魚を観に来ている人達。その人達にいかにインパクトを残すか・・・・となると、えど金ちゃん・・・ってユルキャラは目立っているのね。
観ようとしなくても目に入るし、写真も撮られていた。ただ、ローマの話で言うのなら、あのモザイクですら、ミケランジェロの前では、単なる踏まれる床であって、振り向かれもしないものだった事を考えると、相当なインパクトが無いと、金魚を観に来た人達の気は引けない・・・。
美術館でも通過をされてしまう事を考えれば、どう目立つか?・・・・きちんとちゃんとでは無いのかな?・・・・ん・・・。
勝手にシンドバッドからのいとしのエリー・・・・ってやり方のサザンと言うのであれば、比較的、銘木にモザイクは珍しい形だったんだけれど、
それをローマ大学の学部長さんには珍しいものと思われたのは当然で、街中で見ているモザイクとは違うものと認識されたから。
しかも、観ようとして下さる環境であった事。条件が揃っているからである。
しかも日本観賞魚フェアの他の展示の方は、きっとまたきちんとした作品を持って来ると思われるとして・・・やっぱ方向性はえど金ちゃんなのかな?
ただ、認知される前からのおふざけは、勝手にシンドバッド系なやり方になり、もっと言えば、今まで割りときちんとしていたので、大フザケにも
見えたりする可能性もある訳で・・・リスクも大きいのね。ただ、インパクトはある・・・。展示主体の考え方の作品となるだろうね・・・作れば。
これで、どっちよりって極端な話をしたし、それではそれを踏まえて・・・・って考えると・・・・。
まずは金魚の作品を作るにしても、一体どんな金魚を・・・となる。まっ、品種だね。その時に、犬の方の話みたいなもので言えば、俺は蝶尾って、
出目金みたいな金魚が好きだから・・・・それを図鑑や写真では無くて、自分の金魚を・・・・って。
ある意味、もしそんなのを作ったのなら、部位が見たくて・・・って池から上げた事はあっても、そっくりそのままで作るのは初めてなんじゃないかな?・・・・そんな訳でひとまず写真を撮って、描いて見たのね・・・・。まだ顔だけ・・・。かぐやに見せると、あっ・・・って。
ん・・・反応は中々良い・・・・これなのかな?・・・・正直、まだ半信半疑・・・。