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「進路どうしよう。」
と担任をしていたYさんの中学3年生の秋。ちょうど今頃の季節でした。いろんな人からの相談を受けながら、今まで経験したことのないフェンシングの道を選びました。高校の練習も見学に行きました。
身体能力が高かったので、高校からでもできる競技を選んでの進路決定でした。しかし、その高校に行くには、親元を離れなければなりません。初めての競技、家から離れていくこと・・・15歳の少女にとって、最後の最後まで心は揺れていました。願書を出す間近になったとき、職員室で涙を流す姿がありました。
そんなとき、サッカー部の顧問の先生が、
「挑戦する場所があるんだから、やってみれよ。」
と語りかけたことも最後決断の要因の一つだったのかも知れません。
高校3年間はつらい時も多かったでしょう。経験者も入部しています。全国制覇を続けていたチームでした。右利きから左利きに変更させられました。でも3年間やり通し、レギュラー入りした団体で全国制覇も果たしています。
体育大学に進学。そのあと、教職の道へ。大分県で臨時講師をしながら、フェンシングを続けていました。体育の時間にグランドで生徒を指導している姿をよく見かけていました。でも正採用は狭き門。
選手としてフェンシングを続けながら、指導者としても次の世代を作りたいという夢を持っています。山口県の私立高校からの誘いがあって、その高校へ。山口は今年は国体開催県。地元開催の中で出場をしました。インターネットや新聞などで試合の展開を追っていました。
接戦を制しながら、勝ち進みました。惜しくも決勝で敗れましたが、見事準Vです。ご両親も試合に駆けつけたそうです。電話で喜びの声を聞きました。
ここまで来るには、大きな壁が何度も立ちはだかったと思います。でも決めた道を突き進んでいることに、大きなエネルギーを受けます。スペインの世界大会にも参加しています。ど素人から全国的なプレーヤーとして活躍するYさんから今の生徒たちに夢を語ってもらえるようにとお願いをしています。