<資料> 衆議院議員森清君提出憲法第九条の解釈に
関する質問に対する答弁書
昭和六十年九月二十七日受領
答弁第四七号
内閣衆質一〇二第四七号
昭和六十年九月二十七日
内閣総理大臣 中曽根康弘
衆議院議長 坂田道太 殿
衆議院議員森清君提出憲法第九条の解釈に関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。
一について
(一) 憲法第九条の下において認められる自衛権の発動としての武力の行使
については、政府は、従来から、
① 我が国に対する急迫不正の侵害があること
② これを排除するために他の適当な手段がないこと
③ 必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと
という三要件に該当する場合に限られると解しており、これらの三要件
に該当するか否かの判断は、政府が行うことになると考えている。
なお、自衛隊法(昭和二十九年法律第百六十五号)第七十六条の規定
に基づく防衛出動は、内閣総理大臣が、外部からの武力攻撃(外部から
の武力攻撃のおそれのある場合を含む。)に際して、我が国を防衛する
ため必要があると認める場合に命ずるものであり、その要件は、自衛権
発動の三要件と同じものではない。
(二) 自衛権発動の要件は、(一)において述べたとおりであり、政府はそ
れ以外の要件を考えているわけではない。
なお、現実の事態において我が国に対する急迫不正の侵害が発生した
か否かは、その時の国際情勢、相手国の明示された意図、攻撃の手段、
態様等々により判断されるものであり、限られた与件のみ仮設して論ず
べきではないと考える。
二について
(一) 我が国防衛のためになされる自衛隊の武力の行使と、警察官が個人の
生命、身体及び財産の保護、犯罪の予防、公安の維持等の職権職務を遂
行するために必要な手段を定めることを目的とする警察官職務執行法
(昭和二十三年法律第百三十六号)第七条に規定する警察官の武器の使
用とは、趣旨を異にするものであり、それらの要件を比較することは適
当ではない。
いずれにせよ、防衛出動を命ぜられた自衛隊は、自衛隊法第八十八条
の規定に基づき、我が国を防衛するため必要な武力を行使することがで
き、その任務遂行に支障は生じないものと考えられる。
(二) 自衛隊法第八十二条、第八十四条又は第九十五条の規定に基づく行動
等は、同法第七十六条に規定する防衛出動とは要件、対象、目的等を異
にし、同条の規定に基づき出動を命ぜられた自衛隊が同法第八十二条、
第八十四条又は第九十五条の規定に基づき行動等をすることもあり得
る。
三について
我が国が自衛権の行使として我が国を防衛するため必要最小限度の実力を行使することのできる地理的範囲は、必ずしも我が国の領土、領海、領空に限られるものではなく、公海及び公空にも及び得るが、武力行使の目的をもつて自衛隊を他国の領土、領海、領空に派遣することは、一般に自衛のための必要最小限度を超えるものであつて、憲法上許されないと考えている。
仮に、他国の領域における武力行動で、自衛権発動の三要件に該当するものがあるとすれば、憲法上の理論としては、そのような行動をとることが許されないわけではないと考える。
この趣旨は、昭和三十一年二月二十九日の衆議院内閣委員会で示された政府の統一見解によつて既に明らかにされているところである(昭和四十四年四月八日内閣衆質六一第二号答弁書参照)。
四について
国際法上、国家は、集団的自衛権、すなわち、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもつて阻止する権利を有しているものとされている。
我が国が、国際法上、このような集団的自衛権を有していることは、主権国家である以上、当然であるが、憲法第九条の下において許容されている自衛権の行使は、我が国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべきものであると解しており、集団的自衛権を行使することは、その範囲を超えるものであつて、憲法上許されないと考えている。
五について
(一) 憲法第九条第二項の「交戦権」とは、戦いを交える権利という意味で
はなく、交戦国が国際法上有する種々の権利の総称であつて、このよう
な意味の交戦権が否認されていると解している。
他方、我が国は、国際法上自衛権を有しており、我が国を防衛するた
め必要最小限度の実力を行使することが当然に認められているのであっ
て、その行使として相手国兵力の殺傷及び破壊等を行うことは、交戦権
の行使として相手国兵力の殺傷及び破壊等を行うこととは別の観念のも
のである。実際上、我が国の自衛権の行使としての実力の行使の態様が
いかなるものになるかについては、具体的な状況に応じて異なると考え
られるから、一概に述べることは困難であるが、例えば、相手国の領土
の占領、そこにおける占領行政などは、自衛のための必要最小限度を超
えるものと考えられるので、認められない。
(二) 捕虜を含む戦争犠牲者の保護等人道にかかわる国際法規は、今日の国
際法の下において、武力紛争の性格いかんにかかわらず、当然適用され
るものと解されている。
右答弁する。
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<資料> 憲法第九条の解釈に関する質問主意書
昭和六十年六月二十五日提出
質問第四七号
右の質問主意書を提出する。
昭和六十年六月二十五日
提出者 森 清
衆議院議長 坂田道太 殿
一 自衛権発動の三要件について
政府は、憲法第九条のもとにおいて許容される自衛権の発動については、「従来からいわゆる自衛権発動の三要件(わが国に対する急迫不正の侵害があること、この場合に他に適当な手段のないこと及び必要最少限度の実力行使にとどめるべきこと)に該当する場合に限られると解している。」といっているが、この三要件について次の問題をどのように考えるか。
(一) 自衛隊法第七十六条の防衛出動を命ずる場合のみの要件であるか、
それとも、防衛出動発令後のすべての武力の行使にもこの三要件が必要
であるか。
(二) 後者であるとすれば、どの段階の武力の行使についてこの三要件を判
断すべきものであるか。
個々の戦闘員についても適用があるか。そうでなければ、どの程度の
指揮官レベルで判断すべきことであるか。
(三) 自衛権の発動について政府は、さらに「外国の武力攻撃によつて国民
の生命、自由及び幸福追求の権利が根底からくつがえされるという急
迫、不正の事態」に対処する場合についてのみ許されると解釈している
が、
(ア) この国民とは、全体の国民であるか、一部の国民の場合も発動され
るか。
(イ) 一部の国民の場合でも発動されるのであれば、在外邦人を救出する
ための海外派兵が憲法上許されないと解釈しているのは何故か。
(ウ) 多数の国民という意味であれば、どの程度の国民についてこのよう
な事態になれば、自衛権が発動できるのか。
(エ) 防衛出動を命ずるには、「国民の……権利が、根底からくつがえさ
れるという急迫不正の事態」にならなければならないと政府は解釈し
ているが、敵国の開戦の仕方にもよるが、通常は、このような判定は
できないのではないか。わが国が昭和十六年十二月、真珠湾を攻撃し
た場合と同じ態様の攻撃を受けた場合に、防衛出動を発令することが
できるか。
例えば、海上自衛隊の基地に碇泊中の自衛艦数隻が爆撃された場合
に、直ちに、「国民の……権利が根底からくつがえされるという急迫
不正の事態」であると認定できるか。
その他、軍事施設の一部が敵機又はミサイルによつて攻撃された場
合はどうか。
二 自衛隊の武力の行使について
(一) 自衛隊法第八十八条において、防衛出動を命ぜられた自衛隊は、「必
要な武力」を行使することができるが、この武力の行使は、当然に武器
の使用が中心である。
ところが、自衛隊のこの武力の行使、武器の使用には、政府の解釈に
よれば、憲法上自衛権発動の三要件に該当する場合でなければならない
と思われるが、そうであれば、この三要件は、個人の場合の正当防衛と
同じく、「急迫不正」の侵害がなければならない。
警職法においては、正当防衛の場合はもとより、緊急避難に該当する
場合及び同法第七条各号に該当する場合に他人に危害を加える武器の使
用が認められている。従つて、防衛出動の場合の武器の使用は、警職法
の場合に比し、より限定されていると考えてよいか。
(二) 自衛隊法第八十二条、第八十四条、第九十五条の規定は、同法第七十
六条の規定による防衛出動を命ぜられた自衛隊にも適用があるか。
三 自衛権の及ぶ範囲について
政府は、自衛権に基づき、自衛隊の行動できる範囲は、我が国の領土、領海、領空並びに、公海及び公空に限り、我が国に対し武力を行使している国といえどもその国の領土、領海、領空では行動できないと解釈しているが、そのとおりであるか。
そうであれば、隣接したその国とは、事実上空戦などはできない場合があるが、それでよいか。
四 集団的自衛権の行使について
政府は、集団的自衛権はあるが、その行使は、「憲法の容認する自衛の措置の限界をこえるものであつて許されない」と解釈しているが、現在の国際法の下においては、自衛権に基づくものでなければ、いかなる国も一切武力を用いることが禁止され、個別的自衛権及び集団的自衛権の行使のみが認められている。
そこで、我が国が集団的自衛権の行使が憲法上認められないのは、憲法第九条第一項によつて戦争を放棄したからであるか。第二項で「陸海空軍その他の戦力」の保持を禁止したからであるか、或は、「交戦権」が認められないからか何れであるかその根拠を明らかにされたい。
五 自衛隊と交戦権
(一) 政府は、自衛隊に、交戦権がないこと、自衛隊法によつて任務が制限
されていることから、諸外国の軍隊とは異なり、国際法上軍隊あるいは
軍艦に適用される法規も、すべて適用になるのではなく、適用される場
合もあると解釈している。そうであるならば、自衛隊員特に各級指揮官
は、この戦時国際公法のうち適用にならないものを明確に知つておかな
ければならない。そこで、戦時国際公法で我が国に適用にならない条項
を具体的に明示されたい。
(二) 自衛隊員が敵兵を殺傷し、捕虜となつた場合、交戦権があれば国際法
上の捕虜として待遇が与えられるが、交戦権がないものについては、こ
の国際法の保障がなく、敵国の国内法規に従つて処断されると思うが如
何。
政府は、我が国の自衛権に基づく行為であるから、交戦権がなくとも、一定の場合敵兵を殺傷することができると解釈しているが、この解釈では、我が国の国内法上正当化されるだけであつて外国には通用しない。外国に通用するのは、国際法のみである。この敵兵を殺傷することが違法でないという国際法上の交戦権を我が国が自ら否認しているのであるから、我が国から国際法上の捕虜の取り扱いを要求する権利はないこととなると思うが如何。
右質問する。