毎日新聞 2010年12月14日 コラム「経済観測」――『給与所得控除の圧縮に反対』(論者=国際公共政策研究センター理事長・田中直毅)があまりに的外れなものなので、以下対比的に考えを述べます。
評論は囲みの中に元の文章をそのまま掲載し、その段落の間に<私考1>というように考えを述べます。
高所得者の給与所得控除の大幅な制限が、民主党政権のもとで実現しそうな情勢だ。もしこうした案が通るようであれば、給与所得者から自営業者への転換を、税制が後押しすることになるはずだ。
<私考1>上記に「給与得控除の大幅な制限」とあるが、「大幅」という認識はまちがっている。このことは、高所得者や高資産家への増税を避けるという田中直毅氏の基本的立場を示すものです。これが田中氏の立論の目に見えない前提になっています。
<私考2>
この制限案が実行されれば、給与所得者から自営業者への転換を税制が後押しすることになるという。これはひどいこじつけです。
<私考3>
制限案の対象になる人は、勤め人としては比較的収入の多い人です。このていどの制限案で、会社をやめて自営業者になって、生活上の大冒険をする人は皆無に近いはず。自営業に転換して人並み以上に所得を得るのは難しいことです。失敗している人の方が多い。
節税を動機として、一人一人の国民が特定の方向に誘導されてはならないという意味で、税制は「中立」でなければならない。社会のあり方が課税の仕組みの変更で変化するようなことは誰も好むはずがない。また政府のそうした介入は社会のゆがみに直結する。ところがこの原則がゆるがせにされかねないのだ。
<私考4>給与所得控除の制限案に反対する論拠として、「税制は中立でなければならない」というのはお門違いです。これは、人々を幻惑する物言いです。というよりも、嘘だ。
<私考5>
鳩山前首相が脱税で摘発されなかった事実を見よ。いったん納税したうちから税法対象外として返還された多額の金を見よ。
<私考6>
これらはすべて、国の制度に従って合法的に行われました。資産関係や株取引・配当関連、消費税の輸出関連優遇その他、「中立でない」税制はいくらでもあります。
<私考7>
「政府の介入は社会のゆがみに直結する」という。不当な論理の飛躍です。自論を強調するあまり、無理にこじつけている観がある。
<私考8>
主に経済界の要請によって、政府は毎年のように税制の改正をやっています。田中氏の物言いでは、これすべて政府の介入であり、社会のゆがみに直結することになります。そんなことはない。
<私考9>
政府には、国民のためになることをしてもらわねばなりません。それは「政府の介入」と言えます。しかし政府の介入そのものは、非難されるべきではない。問題にするべきは、そのあり方やその中身です。その中身が問題なのですが…。
必要経費とみなす額を、年間給与から無条件で控除することを認めてきたのは、自営業者との間にバランスをとるためである。
「クロヨン」という言葉が黒部川第4発電所をおとしめかねないかたちで使用されたのはさほど昔のことではない。これは給与所得者は9割、自営業者は6割、農民は4割の所得を、税務当局に把握されているとの推計から出た呼び名である。
「クロヨン」は、自営業者や農民が不当に税金をごまかしていると非難する意味で世間によく知られています。富裕層や大きな会社への富の偏在という税制の不公平から目をそらすため、為政者が相対的に所得の低い国民同士に足の引っぱりあいをさせている構図、というのが真の姿です。実質所得の点で、自営業者の多くは、勤め人より苦労しています。
<私考11>
勤め人に対する源泉徴収は収税当局の利便のための制度で、そのためには条件の平準化が必要であり、そして各種の給与所得控除制度があるわけです。
<私考12>
論者のような日本の指導的立場にある人が、どちらにしても経済社会的には底辺といえる立場の自営業者や農民をあてこすっているのでは、卑小に過ぎて頼りにならない。自営業者や農民に比して給与所得者が不利であるとするならば、給与所得の源泉徴収制度を廃して申告制にせよと主張するのが筋でしょう。
一人一人の国民への納税者番号の付与ができないでいる現状において、今回の給与所得控除の圧縮のように、所得の把握が容易な層への、実質上の負担の押しつけは決して好ましいことではない。
<私考13>所得の把握が容易な層に対する増税はよくない、ということには賛成です。
<私考14>
しかし、納税者番号の有る無しと、増税しやすい層に増税するということとは関係が薄い。増税は政治の力学で決まり、頭数において大多数派である一般国民はこの力学の弱者であります。
財政健全化のために増税が必要という判断が下されたとする。日本列島における消費に対して一律に課税する消費税を増税するとともに、所得把握を容易にする共通番号を導入。消費税増税による低所得層の負担増を回避するため、一人一人の該当者に直接的な給付を行うことが望ましいと私は考える。
課税上のゆがみを是正するためにも、一人一人の国民が番号を保有する制度を早急に導入する必要がある。
<私考16> 消費税増税をする場合に低所得層の負担増を回避する、という主張には賛成です。
<私考17> 低所所得者の消費税負担増回避の手法として、「直接的な給付」ということには反対です。これは具体的には、役所から、一定資格の低所得者わずかな1人当たり、もしくは1世帯当たり、1年間に1万円とか2万円とかを、役所で支給するものです。しかし人は、自立して暮らしたいものです。「ものもらい」の生活をしたい人はいません。その、「ものもらい」の心的ダメージを与える政治は最悪です。「金さえやればいいだろう」というのは、オピニオンリーダーとして、なんと心根の貧しい人であることか。
<私考18>
食料、家賃、光熱費など、生物として生きていくに必要なものは非課税にするべきだ。消費量に対しての制限が必要であるにしても。田中直毅氏は、消費税増税によって、低所得者対策の現金をもらう立場に貶められる人の気持ちを考えて見よ。冒頭に、田中氏が言った「政府のそうした介入は社会のゆがみに直結する」とは、こういうことにこそ当てはまるのではないでしょうか。
<私考19>
高所得個人や高所得法人は、優遇税制の恩恵受けていて、それは合法なことです。法律で保証されています。従って、国民番号制を採用して税金を補足しやすいと言ったところで、それは枝葉末節ということになります。田中直毅氏をはじめ、有力政治家たちやオピニオンリーダーたちは、いつもそのことから目をそらしています。