※久田氏、水島氏の経歴は、8月14日『岩波現代文庫のフィリピン敗戦体験記 その1』をご覧ください。
<凄惨苛烈な戦争体験の上に立つ久田憲法学>
――岩波現代文庫「戦争と戦う」p381――
元・東京都立大学総長の沼田稲次郎氏は、「久田憲法学と教授の社会的姿勢との神髄は、彼自身の凄惨苛烈な戦争体験の上に構築されていると私は思っている」と述べ、次のようにいう(沼田「平和憲法と戦争体験」p3~4)。
「ルソン島での退却行の惨憺たる極限状態の中で、骨の髄まで戦争をにくみ、『人間の尊厳性を傷つけ合う人間関係』の醜さに憤怒したのだ。
いわば地獄の底で血涙を以て自覚させられたのが、平和と人間の尊厳の貴重な結合の論理である。
そこから湧き出る彼の実践的意欲が硬骨にして堅固なものであるのは当然であるといわねばならない。彼は戦後、わけても学界に身をおいてからは精力的に一貫して憲法の原点に立って活動してきている。彼自身の人事をめぐって生じた大学の自治への脅威に際し、彼が文部省に対して不屈に闘ったのは周知のことだ。
彼の研究が、憲法解釈学の域にとどまるのではなく、日本憲法史に踏みこんで行っているのは、彼の戦争体験を踏まえた日本国憲法論にとって不可欠の理論的要請だとするからだと、私は理解している。
のみならず、彼の、恵庭事件や長沼ミサイル基地事件の訴訟における彼の役割や判決の学問的批判、ざらに憲法教育(学校のみならず地域社会でも)への積極的努力などをみても、戦争地獄を体験した人間の魂から発する憲法の擁護と定着への執念ともいえる気迫を感ずるのは私だけではあるまい。
それらを総合して久田憲法学と久田教授の使命感とに私は魅力と共感とを感じているのである」
<本書では日本国憲法の平和主義の「原点」を見てきた>
久田栄正という一人の憲法学者の戦場体験を通して、日本国憲法の平和主義の「原点」を探る旅を行ってきた。
あの戦争の悲惨な国民的体験(個別的、特殊的体験)は、日本国憲法を経由することによって、平和的生存権として普遍化されたといえるだろう。
戦争体験を単なる「昔話」にしないためには、過去の体験と今日の問題とを、憲法を媒介にして結合することである。ここに、平和教育と憲法教育との有機的結びつきの必要性が生まれる。
久田栄正の理論と実践は、その一つのヒントを提供しているとはいえまいか。
本書は、久田栄正・水島朝穂『戦争とたたかう――一憲法学者のルソン島戦場体験』として、1987年に日本評論社より刊行された。岩波現代文庫版の刊行にあたって著者名とサブタイトルを変更し、本文の加除修正をおこなった。
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◎『戦争とたたかう――憲法学者・久田栄正のルソン戦体験』
岩波現代文庫 著者・水島朝穂