2007/08/20
生命を構成する細胞―タンパク質―アミノ酸―DNA
2007/08/24
すばらしい生命―遺伝子は自己複製する
2007/08/26
原子は絶えず不規則運動をする、生命との関係は?
2007/08/27
生命とは、分子や原子の「流れそれ自体」
2007/08/28
生命を構成するタンパク質は作られる際から壊される
2007/08/29
遺伝子複製ミスのことを「突然変異」という
2007/08/30
生命のふしぎ―遺伝子ノックアウトマウス異常なし
講談社現代新書『生物と無生物のあいだ』福岡伸一著を読み終わってのノート(その7・了)です。
■タンパク質GP2をノックアウトする■
GP2はすい臓の細胞に存在するタンパク質である。GP2は、すい臓の消化酵素を運ぶ分泌顆粒の膜に結合しているタンパク質のうち、もっとも大量に存在している。重要なものだからかこそたくさん存在しているのだ。
ES細胞(胚性幹細胞)の内部のゲノム上で、GP2をコードする遺伝子を意図的に欠損させたものを作り出すことができる。しかし、その確率は100万分の1以下というものだ。
「胚」とは、受精卵が分裂を進めて一定時間が経過した細胞のかたまりである。
「幹細胞」とは、分化細胞のもととなる母細胞の総称。生体のさまざまな組織の細胞に分化する能力と,分裂を繰り返しながら増殖していく能力をもち,それぞれの組織の生理的再生に関与する。骨髄幹細胞や神経幹細胞などの体性幹細胞と生体のさまざまな組織に分化する可能性をもつ ES 細胞がある。
「ES細胞(胚性幹細胞)」とは、受精卵が分化を始める前の段階の胚(はい)である胚盤胞の内部細胞塊から取り出した細胞。生体のさまざまな組織に分化する可能性があるため,再生医学において重要な役割を果たすと期待されている。
■GP2ノックアウトマウスに不具合なし■
苦労の末に、GP2ノックアウトマウスを誕生させることができた。このマウスにはGP2が一分子も存在しない。このマウスのすい臓細胞膜ではとてつもない膜の異常が展開しているはずだ。
しかし! GPノックアウトマウスに何の異常も見られなかった。細胞内部にはまったく正常な形状の分泌顆粒が存在していた。
どう調べてみても、DNAレベルでの遺伝子ノックアウトは完璧であった。このマウスはまちがいなく、一分子のGP2も持っていなかった。それにもかかわらず、マウスはぴんぴんしていた。
■プリオンタンパク質ノックアウトマウスは狂牛病にならず■
プリオンタンパク質ノックアウトの結果も同様に、不都合は見つからなかった。プリオンタンパク質ノックアウトマウスは正常に誕生し、成長後も健康そのものだった。
マウスの寿命は2年ほどだが、ノックアウトマウスは短命になることもなく、寿命終盤になっても特別な神経症状を発することもなかった。
■システムを最適化する複数の反応系■
生命現象にはあらかじめさまざまな重複と過剰が用意されている。類似の遺伝子が複数存在し、同じ生産物を得るために異なる反応系が存在する。システムを最適化する応答性と可変性を持っているのだ。
酵素のようなピースの欠落によって、ある反応が進行しなければ、別のバイパスを開いて迂回反応を拡大するだろう。構造的なピースの欠損が、レンガ積みに穴を作るのであれば、似たような形状のピースを増産してその穴を埋めるようにするだろう。
ある遺伝子をノックアウトしたにもかかわらず、受精卵から始まって子マウスの出産にまでこぎつけたということはそういうことである。
とはいえ、過去に試みられた遺伝子ノックアウト実験では、誕生を迎えないまま胚がその分化を止めてしまうような致死的なケースもあった。
その遺伝子が発生上欠くことのできない重要なピースであり、代替が困難なピースであることを、致死的なノックアウト実験は示している。そして、それがどのように必要とされるのかわからないままプログラムは閉ざされる。
■不完全プリオンタンパク質ノックインマウスは発病した■
プリオンタンパク質ノックアウトマウスに正常遺伝子を戻してやると、その結果はもちろん健常なマウスであった。不完全遺伝子を戻してやったマウスは致命的な異常を起こした。
生れてからしばらくは何事もなかった。しかしこのマウスは次第におかしな行動を取るようになり始めた。歩行の乱れ、台からの落下、身体の震え。このような症状は、脳の障害に起因する。やがてマウスは衰弱して死ぬ。不完全なプリオンタンパク質は、脳の仕組みを徐々に変調させていったのである。
■生物には不可逆的な時間の流れがある■
機械には時間が無い。原理的にはどの部分からでも作ることができ、完成した後からでも部品を抜き取ったり、交換することができる。そこには二度とやり直すことのできない一回性というものがない。
生物には時間がある。その内部には常に不可逆的な時間の流れがあり、その流れに沿って折りたたまれ、一度、折りたたんだら二度と解くことのできないものとして生物はある。
時間軸のある一点で、作り出されるはずのピースが作り出されず、その結果、形の相補性が成立しなければ、少しだけずらした線で折り目をつけて次の形を求めていく。できたものは予定とは異なるものの、全体としてバランスを保った平衡状態をもたらす。
もしある時点で、形の相補性が成立しないことに気づかずにいれば、その折り目のゆがみはやがて全体の形までをも不安定にする。時間を遡行して修正を加えることはできない。生命を機械的に、操作的に扱うことの不可能性が明らかになった。