きょう、2010,5.26.付け毎日新聞朝刊記事『記者の目:普天間問題 鳩山首相の責任』を全文そのまま転載します。改行と小見出しに限っては、手を入れています。
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国民の代表を名乗る資格はない
本来その地位の人物に備わるべき威厳と、現実とのアンバランスがこれほど拡大した例があっただろうか。
「最低でも県外」の公約実現に「命懸けで」「職を賭す」はずの鳩山由紀夫首相が、「やっぱり県内」にひょいと乗り移って、「沖縄の理解を得たい」という。
もはや国民の代表を名乗る資格はない。
沖縄で話した「断腸の思い」
首相が米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設先を「名護市辺野古付近」と通告した23日の政府・沖縄会談は、この問題の複雑さと相いれないほどあっけなかった。
仲井真弘多知事に促されてぎこちなく腰を下ろした首相は、用意した文書を淡々と読み始めた。
取ってつけたような「昨今の朝鮮半島情勢」、お決まりの「断腸の思い」。首相の所作から、リーダーならではの深い葛藤(かっとう)や、自らの不手際を恥じる高潔さは伝わってこなかった。
首相にとって沖縄への思いとは、スーツから、かりゆしウエアに着替える程度のことだったのではないか、とすら思った。
普天間返還をまとめた橋本龍太郎元首相
96年2月の日米首脳会談で普天間の返還を初めて提起した橋本龍太郎元首相(06年7月死去)は、クリントン大統領の顔を見るまで言い出す決心がつかなかったという。
晩年にインタビューした時、橋本氏は「ノーと言わせたら、一発で終わる。だから本当に迷いに迷った」と振り返った。
橋本氏の回想には政治指導者が乾坤一擲(けんこんいってき)の勝負に出る時の緊迫感があった。それに比べて、鳩山首相はどうか。
首相はひきょうであるか、無責任であるかのどちらかだ
移設候補に挙がった鹿児島県・徳之島の3町長に滝野欣弥官房副長官が電話を入れたのは4月20日だ。理由を問われた首相は「滝野さんに聞いてください」と人ごとのように語った。
最もデリケートな交渉事を、仮に滝野氏が独断で進めていたなら更迭に値する。しかし、滝野氏がとがめられた形跡はない。
真実は、首相がひきょうであるか、無責任であるかのどちらかだ。
万策尽きて辺野古回帰案が新聞をにぎわし始めると、首相は「あの海を埋め立てるなんてたまったものじゃない」と否定した。
結果はどうか。吹けば飛ぶようなトップの発言を連日聞かされる国民こそたまったものではない。
首相の特異な精神構造――「善意であればよし」とする身勝手な思考
首相はたびたび「そのような思いで」と語る。動機を強調するレトリックだ。私はここに鳩山氏の特異な精神構造が潜んでいるように思う。
善意から出発した取り組みならば、結果を伴わなくとも免責されるという身勝手な思考だ。
失敗しても自らを正当化する。動機が善であるとの過度の思い込みが、一方的に国民の忍耐に甘える姿勢を生み出しているのではないか。
首相は間違いなく大罪を犯した
マックス・ウェーバーの「職業としての政治」には「政治とは、情熱と判断力の二つを駆使しながら、堅い板に力をこめてじわっじわっと穴をくり貫(ぬ)いていく作業である」という有名な一文がある。
首相に欠けているのは判断力だ。ウェーバーは、判断力について「物事と人間に対して距離を置いて見ること」と定義し、距離感を失うことは政治家として「大罪の一つ」と説いている。
首相は間違いなく大罪を犯した。
首相の挑戦を擁護する見方
沖縄の過重な基地負担を思って、首相の挑戦を擁護する見方もあるだろう。しかし、ことは主権国家同士の交渉だ。
約束を積み上げて妥協を引き出すセオリーに反して、過去の政府間合意を平気で白紙に戻すような政権は、外交の世界で相手にされない。
沖縄を傷つけ、沖縄と本土との溝を広げ、国益を損ねた
8カ月間にわたる迷走は、普天間移設にかかわるすべての当事者を傷つけた。沖縄の期待感をあおったつけは、琉球の歴史にまでさかのぼって沖縄と本土との溝を広げた。日米関係の不毛な停滞は、得べかりし国益を損ねた。
今さら辺野古への移設を求めても、鳩山氏が最終責任者でいる限り、政治的には不可能に近い。
そうなれば、06年の日米合意にパッケージで盛り込まれている嘉手納以南の基地返還も遠のき、普天間の危険性は固定化される。
すべては首相の食言に起因する――引責辞任か衆院解散が妥当
首相が全国知事会との会合を27日に設定したのもおかしい。一番先にやるべきなのに、土壇場で負担軽減の協力を求めるセンスが理解できない。
問題はすべて場当たり的な首相の食言に起因する。
民主党は、自民党政権での首相のたらい回しを批判してきたのだから、本来なら衆院を解散し、改めて政権を選択してもらう局面だろう。ただ、もはや首相に解散権を行使する権威はない。
首相に残されている道は、政府案の発表とともに引責辞任することだ。