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「日本残酷物語」のうち、土佐梼原の乞食 宮本常一

2021-08-06 | 読書

今朝の朝日新聞に、いまだ支持される日本残酷物語についての記事があった。

おお、懐かしい。今は平凡社ライブラリーに言っているロングセラー。

貧しい人々の話が、現在に通じるものがあるそうで。


本を探して記事にある「土佐梼原の乞食」だけ読んでみた。写真の本は1976年の2版6刷。

私生児として生まれ、祖父母に育てられ、よそへ嫁いだ母は早くに亡くなり、学校へも行かず、子守りをする女の子の後について遊んでいた子供時代。その人に宮本常一がじっくり話を聞いている。

やがて祖父母が亡くなり、伯父に言われて15歳でばくろうの親方に奉公に出る。ばくろうとは家畜の売買業者。利ざやで稼ぐ。昔は土地を持つ農家以外に、農山村にも腕一本で稼ぐ様々な業種があった。

この人は家を持たず、ばくろう宿を渡り歩く。経営者は未亡人が多く、男女の仲になると親切にしてもらえる。それもまた生きる知恵。その娘とねんごろになり、伊予から土佐へ駆け落ちする。

納屋を借りて二人で住み、紙問屋の下働きで、楮の買い付けに村々を歩く。やがてまたばくろうに戻り、目を患って失明。30年も盲目の暮らし。。。。

この話の読みどころは、貧しい人の悲惨な話であると同時に、結婚後も、出会った女性とは情を交わし、豊かな性生活をしていること。決して悲惨なだけの話ではないと私は思った。

今朝の朝日新聞によると、「土佐乞食のいろざんげ」というタイトルで、地下出版されたわいせつ本の中に所収されていたという。

今朝読んだ感想は特にわいせつということはなかったけれど、元の本はもっと詳しくそこらあたりを書いていたのかもしれない。

昔の男性は、そして今もおそらく、自分本位。この人は女性を大切にする。それもまた生きる知恵ではあるけれど、「男がみんな女を粗末にするけれど・・・わしは女の気に入らんようなことはしなかった。女のいうとおりに、女の喜ぶようにしてやったのう」と言うしみじみとした述懐には、男も女も学ぶことがあると思う。

放浪していてはたまに実家に暮らす妻の元に立ち寄っていたけれど、盲目になってから妻の所へ行くと「やっと戻ってくれた」と泣いて喜ばれたそうで。

この話の時、話者はすでに80代。梼原の橋の下に妻と二人で暮らす。地域の有力者からそこに住んでいいと許され、妻は各家の残り物をもらう生活。

うーーーむ、話を聞いたのは戦後、語られた内容は明治終わりから大正時代のことかなと思う。歴史の本には出てこない庶民の暮らし。悲惨と言えば悲惨だけど、学ぶことも多い。

地域社会がどんな人も許し、いる場所のあった時代。そして生きていけた時代。そこが今と違う。


この本は結婚後、地元の学校へ勤めていて全巻を図書室で借りて読んだと思う。後に古本屋で見つけて買ったのだったかな。捨てがたくて今に持っている。こうして読み返すことがあるのは名著。これはヤフオクに出さない。

これ以外にも「忘れられた日本人」を読んだ記憶があるけれど、今日は見つからなかった。

というか国木田独歩の「忘れえぬ人々」と混同して記憶していたのではないかと思う。

あの本もよかった。自然主義の面目躍如。中二の夏休み、風の吹く涼しい座敷で横になって、母親は午前中の農作業と夕方からの作業の合間に昼寝している。今の時期なら草取りかな。草と言ってもウキクサです。ヒエはとんでもない。

その傍らで読んだ。本は学校の図書館で借りた。近代文学は10代に、たいてい寝転んで読んだ。

父は勤め人で、昼間は家にいなかった。

60年も前のことがきょうは鮮やかによみがえってきた。そして人間は気がついたときにはもう自分らしく生きている。それはもう逃れ難い道筋であります。

この私が夏のコートでテニスしたり、はたまたレオタード姿で平均台の上にいるはずがないのであります。

コメント (2)
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