昨日、第一回目の接種をしていただきました。
場所は近所の大型ホテル、たぶん結婚式する会場らしく、海のよく見える大きな宴会場みたいなところ。
持ち物は接種券とか問診票とか。念のためにお薬手帳持って行ったので、予診のとき説明が要らなくてよかった。書類などすぐ出し入れ出来て床にも置けるかごバッグ。肩がすぐ出せるフレンチスリーブのブラウスの上からカーディガン羽織って行った。
係員が多くて人がうまく流れるようにできている。
接種は一瞬、ほとんど痛くないし気が付いたら終わっていた。インフルエンザの10分の1以下の痛さ。
で、注射はあっという間に終わったけれど、これは百年に一度のパンデミックに人類が挑む歴史的な注射なんだと思うと、感慨があった。
前のスペイン風邪では、父方の祖父の最初の連れ合いが感染して亡くなっている。他の誰もかからなかったのに、もしかしら別の病気だったのかなと思うけど、もう確かめようがない。幼い子供を二人残して24歳で亡くなり、私の祖母が後添えで嫁いだって聞いた。
その頃の治療って、どうだったんだろう。多分、熱冷ます対処療法くらい。何かいい薬があったのでしょうか。なかったかもしれない。運のいい人は生還できてそうでない人は亡くなったのでしょう。
私は今まで、まあ普通にしていれば罹ることないと高をくくっていたけど、先日友達二人の話を聞き、地元でも密かに高齢の感染者が出ているし、医療にアクセスできずにホテルや自宅で待機するとなると、気を引き締めて感染者が出なくなるまで、なるだけ身元の分かっている人以外とは会わないようにしたいと思った。
先日、私より10歳くらい年上の友達が、コロナが収まってももう前みたいな葬式はしなくなるんじゃないのと話していた。私もそう思う。
コロナが終わると、無駄なことを止めて、実質のあることだけをするようになるのでは。経済的に豊かな人は暮らしはそう変わらないけど、そうでない人は厳しくなるのかもしれない。また持つ人と持たない人の格差も広がると思う。持つのはお金と人の縁、そして自分のために使える時間などでしょうか。
経済の回復はやがてできるだろうけど、人と会わずに済ませる暮らしを経験した人が、人との信頼関係を回復してまたみんなで仲良くできるのでしょうか。
恵まれないと感じる人が増えると、極端な排外主義や、ポピュリズム、新興宗教などが流行るんではないでしょうか。どんな経験もいいように生かすことができるといいのでしょうが、とかく人は攻撃する対象を欲しがり、またあり得ないものに救いを求めようとします。中世のペストの時代にお互いを鞭でしばく運動が起きたり、吉村昭の小説ですが、金魚を拝んで空襲をよけるとか。
冷静に、今の時代の医学の成果を受ける、そして人ごみに行かない。私はそうしたいと思います。
次は来月、夫は二回目は具合悪そうでしたか、すぐ治りました。私も何事もないことを願っています。