三田誠広がデビューしたのはたしか自分が高校2年生の時だったかと思う
僕って何で芥川賞 大学闘争の中での僕の話し・・高校生の時に読んで新鮮だった。
まだそんな空気がわずかに残っていた。大学もあちこちに立て看板だらけだったな
京都大学の立て看板が撤廃したらしい、交差点のところに出してるのが京都市の景観条例かなんなかで
撤去されるとのことだが、立て看板も大学の景観としてはありだろう、まだ自分の時は立て看板を作っていた
チラシもブルーコピーで乾かすやつ 立て看板はやはり文化だわね
はなしそれた
三田さんはここ最近は歴史ものばかりだしておられますね、道鏡 日蓮 菅原道真見果てぬ夢
西行月に恋をする
結構時代小説ででてこないあたりを小説にされています。
この時代の小説は額田大王 井上靖 とか黒岩重吾の天の川の太陽 聖徳太子とか
それほど多くない 歴史的に明らかになってない部分を史実をもとに小説にするのは難しいのだろう
白村江の戦い・・どれほど知ってるのかといわれれば教科書に毛が生えたぐらいの知識しかない。
白村江の戦いはなぜ天智天皇は負け戦に臨んだのか・・あくまで氏の推測の部分はあるけれど
理屈としてはつじつまがあう、なるほど。
小説にでてくる重要な部分は百済と新羅 特に倭国が百済との交流はかなり深いものがあるし
皇族にもあきらかに百済からの流れがある、額田の大王は加羅の王族でもあるとか・・
強いつながりがあるのだという再認識する。
単一民族で日本は純粋たる血という幻想は捨てた方がよいと思う、椎名林檎の歌のようなナショナリズム
いっぱいのまぎれない青い血という認識は大きな間違い
アホウはセクハラ罪はないとね、アホウは阿呆だ