12月18日、気温が6℃で、初雪でした。
しばらくして,陽が当たり出すと,跡形もなく消えました。
夕食後、暗くなってから部屋の机に引き伸ばし機,
現像液を入れるバッド,停止液用バット,定着液用バットを並べます。
引き伸ばし機で露光した印画紙を手で斜めに現像液バットに放り込みます。
バットには竹のピンセットをそれぞれ用意します。
現像液用のピンセット頭に赤いゴム、中間の停止液用のピンセットは
白いゴム,定着液用のピンセットは青いゴムのキャップが付いています。
白と青のゴムのキャップのピンセットは絶対に現像液バットに入れられません。
露光した印画紙はアルカリ性の現像液からアルカリを中和する酸性の停止浴を
通って酸性の定着液用のバットに浸かりながら処理を終わります。
アルカリ性の液に浸かる赤い印のピンセットと
酸性の白,青い印のピンセットはそれぞれのバットの間で混用が出来ません。
印画紙は,コントラストの違いで(2号,3号,4号)軟調,硬調,と
種類があります。
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学生写真連盟(学連)では傾向として,黒く焼き込んだプリントが
流行っていました。
三菱製紙の「月光V2~V3」が学生写真?で
よく使われていました。
現像液は,写真現像処方集に記載の印画紙用のDー72が一般的でした。
現像主薬のメトール(エロン)、ハイドロキノン,亜硫酸ソーダ,
炭酸ソーダ,ブロムカリと処方集の順番通りに溶いてゆきます。
この処方集の順番を無視すると,沈殿が起こって,うまく溶けません。
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次に大事なことは,現像液を入れたバットの温度管理です。
フィルム現像液も印画紙現像液の処理する温度は戦前の処方集では
18℃でした。
戦後の処方集では20℃になっていました。
どうして、戦後,温度が2度も高くなったのでしょう。
調べてみると,当時のアメリカの一般家庭の冬の室温が
18℃~20℃だといいます。
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こちらは、隙間風の多い部屋で,暖房は火鉢(練炭)一つで
厚着で過ごしていましたから、20℃の室温など夢のまた夢の環境でした。
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やがて、日本家屋も,窓をアルミサッシで密閉できるようになってから
室温が上がってきました。