内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

「離脱・放下」攷(二)― 神に酔える中世女性神秘家たち(一)

2015-03-30 12:55:06 | 哲学

 「魂の平等性」(l’égalité d’âme = 諸事物を前にして、それらすべてに対して等しく距離を取り、それらにいっさい惑わされることのない態度)というテーマは、エックハルトのテキストにしばしば見られるテーマの一つである。昨日の記事で取り上げた Traités et sermons (『エックハルト論述・説教集』)の訳注の最後の部分で、アラン・ド・リベラは、そのテーマが二様の次元を持っていることを指摘する。
 第一の次元は、「能動的」(active)で、「逆境・災厄を激昂することなしに受け入れること、物事をあるがままに受け取ること」(accepter sans passion l’adversité, prendre les choses comme elles sont)。第二の次元は、「瞑想的」(contemplative)で、「物事を在るがままにさせること」(laisser être les choses comme elles sont)。
 この「在るがままにさせること」という次元は、エックハルトの神秘思想にも影響を及ぼしたとされる、十三世紀半ばに活動したフランドル地方の女性神秘家アントウェルペン(アンヴェルス)のハデヴィジック(Hadewijch d’Anvers)のテキストに、「高貴さの修練と離脱の忍耐」(l’exercice de la noblesse et la patience du détachement)としてすでに見出すことができる。
 その一例として、ハデヴィジックがある女性及びその女性が属する共同体に宛てた手紙の一節を下に掲げる。ハデヴィジックの原テキストは中高オランダ語で書かれているが、アラン・ド・リベラも同注で引用している現代フランス語訳(G. Epiney-Burgard et E. Zum Brunn, Femmes Troubadours de Dieu, Éditions Brepols, 1988)を用いる。

Veillez donc avec grand soin à la noble perfection de votre âme, (par nature) noble et parfaite. Mais entendez bien ce que cela veut dire : tenez-vous dans l’unité sans vous mêler d’aucune œuvre bonne ou mauvaise, haute et basse ; laissez les choses suivre leurs cours et restez libre pour le seul exercice (de l’union) avec votre Bien-Aimé, et pour satisfaire aux âmes que vous aimez dans l’Amour. » (p. 160)

 どうか、それゆえ、細心の注意を払って、貴方たちの魂 ―(その本性からして)高貴で完全な魂 ― の高貴なる完全性に心を留めるようにしてください。しかし、その言わんとするところをよく心得てください。いかなる良きあるいは悪しき業、高きあるいは低き業にも関わり合うことなく、合一のうちにとどまりなさい。諸々の物事をそれが流れていくままにし、ただひたすらに貴方たちの〈最愛なるひと〉との(合一の)修練のために自由なままでありなさい。そして、それは、〈愛〉のうちで貴方たちが愛する魂を満足させるためでもあるのです。

 仏訳の下に掲げた拙和訳では、仏訳では大文字で始まっている語を〈 〉で示してある。〈最愛なるひと〉とは、もちろん神のことであり、〈愛〉とは、神の愛のことである。細かいことだが、アラン・ド・リベラの引用では、最後が « dans l’amour » と小文字になっており、これは、引用として不正確なだけでなく、誤解を招きかねない。なぜなら、この箇所は、神の愛の内においてしか人は愛せないというキリスト教的原事実を前提としているからである。
 なお、この引用の後、アラン・ド・リベラは同注の終りに、「ハイデガーは、放下のこの第二の次元を過小評価していたとも考えられなくもない」(« Il n’est pas exclu que Heidegger ait sous-estimé cette seconde dimension de la delâzenheit »)と、何か奥歯に物が挟まったような言い方でハイデガーのエックハルト理解の不十分さを仄めかしているが、この点については、もう私たちの主題から逸れるので、立ち入らない。
 明日の記事では、このハデヴィジックもその大きな流れに属している十二世紀から十四世紀初めにかけての西洋中世女性神秘家たちの言説と活動が、当時の西洋キリスト教思想の中で果たした役割、とりわけエックハルトを頂点とするライン河流域・フランドル地方神秘主義に与えた影響について、上で言及した Femmes Troubadours de Dieu(『神の女性トルバドールたち』)に依拠しながら、一瞥を与える。