初夏らしい晴れた日が片手で数えられるほどしかなかった寒い五月を締めくくる今日も朝から冷たい雨が降っていた。深夜から降り始めたその雨の音は防音性の高い二重窓越しにも寝床にまで微かに聞こえてきた。日の出は五時半なのに七時近くなってもまだ夜明け前のように暗かった。
今朝は大学まで出向く用事が一件あった。この夏ストラスブール市内にある漫画専門店で研修をする学生の研修契約書に大学側の責任者として署名するためである。一分もかからずに済むこの用件のためだけに路面電車に乗って大学まで往復した。外気温は十三度前後、外出には本来秋冬に着るジャケットや防寒着が必要だった。
五月末日に暗い空からそぼ降る冷たい雨をなんと呼べばいいのだろう。
倉嶋厚・原田稔編著『雨のことば辞典』(講談社学術文庫、2014年)を開いてみた。「五月雨(さつきあめ)」という言葉がある。「陰暦の五月ごろじめじめと降りつづく長雨。「梅雨」「五月雨(さみだれ)」と同意。また、「皐月雨」「五月雨(さつきさめ)」「五月の雨」「さづきあめ」などとも。要するに「梅雨」のことだが、五月雨(さつきあめ)のほうに古風なひびきがある。」ただ、「さつきあめ」という響きと「五月雨」という字面とからは、今降っている雨に私が感じている冷暗さは伝わらないだろう。
「氷雨(ひさめ)」は、「冬の、凍るように冷たい雨」あるいは「晩秋の冷たい雨」というのが現代語としての意味だが、本来は夏の季語で、雹や霰を指す言葉だった。さらに語史を遡れば、霙・霰・雹・大雨の意で、『雨のことば辞典』は『日本書紀』「神武天皇紀」戊午年十二月の記事中の「時に忽然(たちまち)にして天陰(ひし)けて雨氷(ひさめ)ふる」という一文を用例として挙げている。角川書店『合本俳句歳時記』第五版(2019年)は、立項された「雹」の下に「氷雨」を置き、「冬ではなく夏の季語」と念を押している。『雨のことば辞典』は、冬の季語としても認められていると記しているが、典拠・用例は示していない。上掲のいずれの意に取るにせよ、今日の雨を「氷雨」と呼ぶのはいささか適切さに欠けるうらみがある。
答えを見いだせないままのこんな他愛もない言葉探しにうつつを抜かしているうちに、あわれ時は静かに寂しく過ぎていく。