こころとからだがかたちんば

YMOエイジに愛を込めて。

2012年10月31日 水曜日 ハロウィーンの夜

2012-10-31 21:38:57 | 写真日和













人間が支配者として、おごりすぎた態度を生き物相手にしている場面には、つい内面で肉声が出てしまう。


「はらへった」と言いながら、食べ物を残すのなら、ハトにえさをあげましょう。


ネズミにもえさをあげましょう。











■Yo la tengo 「Our Way To Fall」'00■


2000年のとある日。
ジャニス中古店(富士見坂を折れたところ)に夕闇が迫り・外置き中古CDコーナーにランプがともる頃。
お店の中に入ったときに、偶然かかっていたヨ・ラ・テンゴ。

1曲目の「エヴリデイ」に耳がピンと来た。
土曜の夕闇とその曲のたたずまいの組合せ。
それがあまりにも、背中を丸めた静かなウィークエンドの姿、そのものだった時空。

この1曲目に続く2曲目の「アワ・ウェイ・トウ・フォール」の静けさも、同じ流れの中で漂っていた。
即店員さんに「今掛かっている音楽はなんですか?」と聞き、「これください」と購入した。

この2曲は、21世紀以降出会った音楽の旅でも、自分の中では忘れ得ぬもの。
夜の中でおだやかにたたずむことが出来る、自分には大事な曲。

誰にもキズ付けられず、誰にも責められず・・・一人で居られるささやかなる救い。
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2012年10月30日 火曜日 夜の道で

2012-10-30 22:12:31 | 写真日和






















■Durutti Column 「Katharine」'79■


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2012年10月29日 月曜日 朝の中で

2012-10-29 07:05:19 | 写真日和



■Virginia Astley 「Morning」■
苦しい朝を、やわらげるために。。。。
いつも、心に幻覚を。





















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2012年10月28日 日曜日 Deep Listening Band 「Phantom」'91

2012-10-28 13:32:26 | 音楽帳


ディープ・リスニング・バンドを知ったのは、デヴィッド・トゥープ経由だった。

細野さんの昔から今に至る全アルバムまでをも知るくらいに、全世界にある音楽という音楽を聴いている、音の旅人=デヴィッド・トゥープ。

彼が編集した「ocean of sound」というCDを、かつてジャニスで発見し聴いた。
2枚組みのアルバム。
世界の新旧あらゆる音楽を選曲して繋げていく、彼ならではの編集盤。
マイ・ブラッディ・バレンタインも、そして、このディープ・リスニング・バンドを知ったのも、この「ocean of sound」だった。

「ocean of sound」に入っていたディープ・リスニング・バンドの「seven up」の静謐な響きは、とても魅力的だった。

その後、上写真のCDを購入して、この響きの元を知る。



彼らは、地下のコンクリート空間に楽器を持ち込み、その空間の自然がもたらすエコーを使用して、管楽器・コーラス・アコーデオンなどを独特な音へと変換させていた。



全7曲で構成されたアルバムの中から、今日は、鎮魂歌として「ファントム」を送る。

■Deep Listening Band 「Phantom」■
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2012年10月27日 土曜日 秋の一曲・Kate Bush 「All The Love」'82

2012-10-27 11:39:48 | 写真日和


■Kate Bush 「All The Love」'82■




















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2012年10月26日 金曜日 「脳とパピルス」

2012-10-26 08:56:33 | 音楽帳


急に、大学に入学した頃の、雨曇りの旧・国分寺駅舎に降り立った自分のシーン。
あの頃を思い出した。

新入学生に配られたしおりに、各教授が「君たちへ」と寄稿した文章。
後に出会うことになる堺先生の言葉。

頭は石立鉄男並みのもじゃもじゃ(天然パーマ)、今の自分と同じくヒゲをたくわえていた。
先生は黙っているとこわもてだったが、話し出すと一気に顔が崩れ、好奇心旺盛な笑顔が似合う若さの影がある人だった。

たぶん誰も読まないだろう、その小冊子のしおりを自分は読んでいた。
堺先生は、「とにかく本と出合いなさい」と書いていた。
本は、吸収する情報の中で、唯一受動では無い能動性を持った行為だから。
そんな内容だった。

当時の自分には、異論があった。
音楽は、受動型アートか?いや違う。
絵画もアートも受動型か?いや違う。

***



堺先生が言わんとしている真意は分かっては居た。
テレビに代表されるように、放射能が一方的に振りまかれるさなかで、人間はその瞬時に、果たして深い思考が可能だろうか?
一方的なプロパガンダにやはり分(ぶ)はあるのだろう。

そんな対面型構図を離れて、独り静かに本のページをめくる。
読むという行為の中から、自分内部への「内省」に至れる。
書物というのは、そんな存在なのだよ。
堺先生が言いたかったのは、そういうことだろう。
姜尚中さんも、著書「悩む力」の中で、同系譜のことを語っていたと思うが。

ただし、自分にとっては、それは本だけではない。
音楽は受動のみか?と言えば、音楽は聴くという行為を通じて、脳の中にイメージが膨らみ・絵やスケッチなどが色を持って現れ、またはその音の芯や背後にある意志を読み取る行為も含まれている。
自分には、本と同様の内省を促すメディアである。
絵もアートも同様。
文字情報のみが決して内省に至る道ではない。

***



あの1987年から2012年へ四半世紀が経った。
基本、当時想っていた自分の志向は変わってはいない。

しかし、異なる部分はある。
確かに、パピルスとしての本をめくり、その森の中に佇んで、読みながら内省に入っていく醍醐味は、大事である。
じゃあ、「はい、それをデジタル化してみましたよお~」と電子書籍の時代でんがな、とITキチガイさんたちは語るが、私はそれは違うと考える。
やはり紙の本でめくっていく、いきつもどりつ読む。
エンピツで線を引く。

電子書籍は、紙の本とニア・イコールな存在ではないと考える。

***

また、モノを書く行為。それすら違う。
今、私がパソコンでキーボードを叩いているクセに、と言われても仕方がないが。
ノートにエンピツで思考をランダムに書く、あるいはメモをして繋げてみたりする。
その行為と、ワープロ的に文章をキーボードで書いて構成するのは全然違う次元と考える。

それがよく分かるのが仕事中。
パソコンの画面上では「これで良いだろう」と思っていたものが、イザ紙に出力して、その紙を読んでみると全く印象が異なる部分・修正が必要な部分が現れてくる。
一見して同じような行為をしているがに見えるが、全く違う行為をしていると自分は認識している。

***

さらにまずい事として、近時、自分はモノ忘れがひどくなってきた。
周囲の人の名前、それから「こないだ、あれ。。。あれがあったじゃない。。。」何かの事象を指すことば、それらが浮かばなくなってきた。
音楽やアートに関しては、いつでも名前や名称や曲名がはっきり出てくるのに。

またノートで思うことを書こうと思うと、漢字文字が出てこない・また、書く行為が確実に半減したお陰で書く字が下手っぴになってきた。

これは、明らかにパソコンの自動認識に任せて進んできた・もたれかかった・ラクした分のしっぺ返しである。

***

そんなこんなで四半世紀を経て、再度、堺先生の言っていた言葉を思い出すに至った。

自分のゴミ屋敷は、レコード、CD、雑誌、本が身近な場所にうず高く積まれている。
雑誌や本をぱらぱらめくって読む機会は多いが、最近はそこに、小学生の頃に買った漢和辞典を引っ張り出してきた。
ひさしぶりに象形文字の変化のさまを見たりして愉しんでいる。

ああ、そうだ。
メモ帳も買いに行かなくては。。。

■Julia Fordham 「Happy Ever After」'88■


***

■0:52追記 さくりんさんへ
U2がかつて、ライヴの最後に必ず歌った「40」。アルバム「WAR」のB面最後の曲。
ここには、「・・・しかし、それでも、希望を」というボノの想いが込められています。
おばさんの昇天に、合掌します。
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2012年10月25日 木曜日 Kajagoogoo 「Too Shy」'83

2012-10-25 23:07:50 | 音楽帳

■「風邪」的なる、なにがしかの行方
昨朝、出なかった声は、今日まだハスキーだったり・ノドが絡んだりするものの、痛みは消え、話せば話すほど通りは良くなった。
セキは出さざるを得ないこともなくなり、たまにセキをするとガラガラ音がするものの、特に問題は無い。
ハナ垂れ小僧も、たまに鼻をかめば済む程度。
頭痛もやんでいる。

「風邪」的なるもの発生から今に至るまでに、それらしき薬は葛根湯を1袋服用したに過ぎない。

結論から言えば、今回も風邪とは言えないのだろう。

「風邪の時には、酒を呑むな」という意見も多いが(風邪では無いから当てはまらないのかもしれないが)、何事も無く・いつもどおりビールを呑んでいた。

「風邪」的なる、なにがしか。。。
それは、未だ自分には、実に「あいまいもこ」としている。

■休み前の夜
明日は、定期通院の日で午後が潰れるせいもあり、仕事は休みとした。
その分、という訳でもないのだが、無駄なロスに「いらち」な自分にしては事務処理を片付ける為に、少し仕事を終えるのに時間を掛けてしまった。

長く仕事場に居るのは褒められたことは無い。
日本が「空気」にあらがえないように、それぞれの「場」の風土に縛られがちな日本の職場。
メールを一通書くめんどくささを思ったら、電話1本1分で済ませられた方が良いに決まっている。

まあ、今日は已む無し。

■結局、ここに戻ってしまう
いまさらジローだが、自分が80年代の初期に見た世界がキラめく様。
その刷り込みから離れられない。
1983年秋には、それまで続いてきた胃痛の末に、胃痛は胃潰瘍に発展し、入院に至るのだが、この秋の様を振り返るに、「どーしたものだろうか」と思う。

10月周辺の国内発売レコードだけを見ても、異常である。

U2の立て続けの12インチ・シングル盤、キング・サニー・アデの「ジュジュ・ミュージック」「シンクロ・システム」、ビッグ・カントリー&スタイル・カウンシル&モンスーンのデビュー盤、デペッシュモードの3枚目、XTCの「ママー」、バウハウスのラスト・アルバム、マガジンのリーダー、ハワード・デヴォードのソロ、ポリスの「シンクロニシティ」、クリス・レアの「ウォーター・サイン」、ロバート・パーマーの唯一テクノ臭強い名盤「プライド」、ヴァージニア・アストレイのファースト・アルバム・・・etc

「んん~っ」とうなる。
いったい、全体どうなっているのか?
この贅沢三昧の様は、異常としか言いようがない。

そんな中、当時の残像として忘れてはいけないのが、カジャグーグーの「トゥー・シャイ」。



いかにもアイドルちっくでミーハーちっくに思われた当時だろうが、このバンドの奏でる音色(おんしょく)がとても好きだった。
「ハング・オン・ナウ」などの曲も含めて。

確かデュラン・デュランがプロデュースしたと記憶しているが、まるでジャニーズの親分・子分関係のよう(笑)。
実質は、周辺エンジニアのチカラあってのこととは思うが、このカジャグーグーのファースト・アルバムは80年代では忘れられないもの。

80年代の多くのバンドが瞬時のまたたきをした後に、一気に落ちて行く美しい花火だったが、そのまたたきは、未だに私の中で輝いている。
カジャグーグーは、あっという間にヴォーカルのリマールが脱退してしまい、違う形態でのユニットと音感に変化してしまい、結果「カジャ」とバンド名を変え、その後消えていった。
しかし、忘れるわけにはいかない美しい花火だった。

■Kajagoogoo 「Too Shy」'83■


【オマケ写真】

いろいろあれども、まだ希望の糸がかろうじてつながっていた時代感が漂う。
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2012年10月24日 水曜日 「風邪」的なる・・・なにがしか

2012-10-24 20:57:09 | 雑記帳


日々陽気の変動が大きい中、近時、自分は長袖Yシャツで過ごしてきた。
必要に応じて、ソデまくりをしながら。
昨日までは。
「上着なんか、ジャマくさいから、着ないよ~」と突っ張ってきたが。。。。

昨日、仕事をしながら、ノドに軽いいがらっぽさを感じてはいた。
身近に、熱を出した男が周辺にそれを移しまくっている密閉空間。
「キケンやなあ~」と思いながら、自分のノドがこれ以上どうにかならないようにしていた。

晩になり、ハナ垂れ小僧。
続いてセキが出るようになった。
やたらさぶいので、毛布にくるまって寝たが、深夜起きてしまう。
どーも、おかしな感じなので、葛根湯を呑んで、程好い温度の白湯を何杯も呑み、水分補給する。
試しに、体温計で体温を測るが、平熱の35.8℃。問題無しの低体温。
再び寝る。

ところがぎっちょん、「朝、目を覚ますと、声が出なくなっていた」。
ノド元は締められ、普段のチカラの入れ具合程度では、声は出て来ない。
自ら鏡に向かって声掛けてみるが、若山弦蔵さんやクリス・レア並みの深く渋いヴォイス。
自分で自分の声とは思えない。
ノドに誰かが住んでいるような感じ。

***

しかし、今の自分の状態を、風邪とは思っていない。
過去、近所の尊敬する名医・藤田先生のところを訪ねた際の、やりとりを思い出す。

かたちんば「どうも、風邪っぽいんですけど。。。」
藤田先生「何を持って、風邪と断定するのか?」
かたちんば「いやあ~、こうこうこういう・・・現象ありまして風邪に違いないと。。。」
藤田先生「キミは症状を言えばいい。その症状が何に当たるかを判断するのが我々・医者の役割だ。」
かたちんば「はあ。。。。」

そうして、いろいろ診察してくれた結果「私の診断では、風邪とは言えないね。悪いが、クスリは出せない。
クスリを出して欲しければ、他の医者に行って欲しい。」と藤田先生はキッパリ。
(自分は、クスリが欲しいとは一言も言っていないが)

結果、藤田先生の判断は間違っていなくて、数日を経たら症状は消えた。
適当な医者なら、「はーい、風邪症状ね。クスリ出しときますから。」で流れ作業で終わったであろう。
如何に世の中の医者が適当かを、藤田先生は言い当てている。

***



今週になってから、急に周囲に調子が悪そうなヒトが湧き出し始めた。
仕事場も電車の車内もセキをする者、マスクマン。。。等々。
抵抗力が無い方の自分は、とにかくこの手の人から最大限離れた場所で活動することにしていたのだが。

この時期になると、盛んに「予防注射」なるイベントが出てくる。
自分は、それ自体を怪しく思っている。
「風邪」と仮に名を付けたとしても多くの種類があり、この注射が万能では無いにも関わらず、「予防」という名の医療機関と企業の証拠残しにしか見えないのである。

そもそも風邪とは、何なのだろうか?

風邪というのは、極めて概念があいまいなものに、自分には思える。
「自分は風邪だ」と思い込む何らかの不具合が、本当に風邪なのか?は疑ってみる必要がある。
なんでもかんでも風邪と言ってしまえば、それで済むかのように思えるが。

これだけ天候不順で、予測不可能で先が見えない・めまぐるしく変化する陽気の中では、生き物に不具合が生じるのは当然の帰結。ただ全部風邪な訳があるまい。
何か不具合が現れたら、それは自分の補正が必要なアラートを送ってくれていると思って、悪いなりに心身に耳を傾けることかな・・・と、私は思っている。

こんな斜に構えた姿勢を、他人に勧めるつもりは一切無いが。

***



野口晴哉さんの著書に「風邪の効用」なる本があるが、ハナ垂れしたり・ノドを痛めたり・・・・いろんな症状がある中、それを越えて補正が終わると、不具合が生じる前よりも心身の状態が良くなる。
そういう切り口は説得力があり、うなづいてしまう。

■Klaus Nomi 「Cold Song」'81(スネークマン・ショー「急いで口で吸え」より)■


夜、仕事を終える頃になると、へるにあまんのせいか?それ以外のなにがしかのせいか?
こめかみがガシンガシンいう頭痛にやられ始めた。
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2012年10月23日 火曜日 Swing Slow 「Good Morning Mr Echo」

2012-10-23 06:31:41 | 音楽帳
越美晴さんが、EPOさんと同じくして「やりたいことをやれない」状況に居たとは思いもしないことだった。
デビュー当時、「ラブ・ステップ」などをシンガーソングライターとしてピアノを弾きながら歌う彼女は、自由で輝いて見えたが。
当時は、ぷっくらしてスポーティーな感じの健康体のおねえさんで、可愛かったなあ。
人というのはわからないものである。

本当は、自室でヘッドフォンをして、デモテープでテクノを創っていた美晴さん。
本人は、テクノがやりたくて仕方が無かった。
レコード会社の思惑とは大きく異なるさま。。。

そうして、人を伝って・・・たどり着いたデモテープを細野さんが聴き、招き入れた。
共同作業をする中で、当時細野さんが興味を持っていたクレプスキュール等々の影響を込めながら、新生コシミハル&細野さんの「チュチュ」は完成した。
1曲、テレックスのメンバーにじかに会いに行って録音した「ラムール・トゥ・ジュール」が素晴らしい。



1983年の秋に、このアルバムの曲はよく聴いた。高校2年生の胃潰瘍入院の秋冬。
幸宏のオールナイトニッポンに、コシミハルさんがゲスト出演した回のテープは、今でもいとおしい「あの」秋を想い出させる。

***

しかし、まさか・・・・この後に、細野さんと美晴さんが30年近く、二人三脚で共同作業を続ける仲になろうとは、想像もしていなかったが。。。。
2人のありさまが、実に愛らしい。

■スウィング・スロー(細野さん&コシミハルさん)「おはよう、エコーさん。」■






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2012年10月22日 月曜日 Harold Budd & Brian Eno 「Late October」'84

2012-10-22 07:13:46 | 音楽帳

■Harold Budd & Brian Eno 「Late October」'84■











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