しかし、今振り返ると、細野さんに導かれて、やっと「スケッチ・ショー」で復活したユキヒロが過ごした90年代は、正直、ファンとしても付き合うのがつらかった。永遠に繰り返す同じような曲と、中途半端な弱弱しい世界に、私はついていけなかった。
「A DAY IN THE NEXT LIFE」までは、自分なりの調整の範囲で、噛み砕いてはいたが、それ以降については、私は良い理解者にはなれなかった。
1・Broadway Boogie Woogie ( music by Ryuichi Sakamoto, words by Peter Barakan )
坂本にとっては初めての、ブルースコードを使用したロックンロール的ダンスナンバー。曲名は、ピート・モンドリアンのマンハッタンを上から見下ろした様を描いた絵画の題名からとられた。ヴォーカルはバーナード・ファウラー(マテリアルの「OneDown」にも参加、オーディションをした上で、彼に坂本はヴォーカルを依頼。)と吉田美奈子。曲中流れる男女の会話は、映画「ブレードランナー」からワンセンテンスずつサンプリングして、それぞれ別の場所にあったものを会話風にコラージュされた。間奏のギターソロは当時21歳だった鈴木賢司で、坂本から「鈴木賢司らしい演奏を」と注文したテイクが採用された。サックスは当時ジェイムズ・ブラウン・バンドに在籍していたメイシオ・パーカーJr。
2・黄土高原 ( music by Ryuichi Sakamoto )
坂本の楽曲では数少ない、オーソドックスなコード進行を持つ楽曲のひとつ。テクノの呪縛がとけて、いわゆるフュージョン的なテイストが全面に出ている。エレクトリックピアノの演奏は、手で演奏したものを一度NEC PC-9801対応のカモンミュージック社製音楽制作ソフト“レコンポーザ”に取り込んで細かくエディットされ、人間とコンピュータの中間の独特なノリを狙っている。16分音符と32分音符の組み合わせによる細かなシーケンスフレーズが曲を通して流れ続ける。コーラスは吉田美奈子による多重録音。レコーディング中にたまたま遊びに来た飯島真理が気に入り、歌詞をつけて12インチシングル「遥かな微笑み」としてカヴァーしている。なお、曲名は「こうどこうげん」とも「おうどこうげん」とも発音できるが坂本自身は前者を使用している。アルバム『メディア・バーン・ライヴ』にはライヴヴァージョンが収録されている。
3・Ballet Mecanique ( music by Ryuichi Sakamoto, words by Akiko Yano, translated by Peter Barakan )
元々、岡田有希子('86年4月8日飛び降り自殺で死去)に提供した「ワンダー・トリップ・ラヴァー」を歌詞を書き換えてセルフカヴァーしたもの。時計が時を刻む音や、カメラのフィルムを巻き取る音などをサンプリングしてリズムを組み立てている。ヴォーカルはバーナード・ファウラー、バッキングギターは当時パール兄弟のメンバーだった窪田晴男。ギターソロ・パートは、鈴木賢司のプレイ数テイクをサンプリングし継ぎ接ぎしたもの。後に、中谷美紀に「クロニック・ラヴ」のタイトル・別の歌詞で提供した。アルバム『メディア・バーン・ライヴ』にはライヴヴァージョンが収録されている。
今、聴くと、楽曲の素晴らしさもさることながら、鈴木賢司のギターが素晴らしすぎる。名曲である。
4・G.T.II ( music by Ryuichi Sakamoto, words by Peter Barakan, original Japanese words by Akiko Yano )
曲名は「グランツーリスモ(大旅行)」の意で、車の衝突音で曲が始まる。サンプリング音の組み合わせによるリズムの凝りようは尋常じゃない。ヴォーカルはバーナード・ファウラー、ギターは窪田晴男。シングルカットされた「G.T.」のメガミックスヴァージョン。
アート・オブ・ノイズの「Legs」のヴォイスがサンプリングされている。
B-1・Milan, 1909 ( music by Ryuichi Sakamoto )
“スペースコロニーの東洋人地区に流れるBGM”というイメージで作られた曲。1909年は詩人フィリッポ・トンマーゾ・マリネッティが未来派宣言を発表した年である。後半から現れる高次倍音を含んだ声は、マッキントッシュの「Smooth Talker」というソフトで作られたもの。
B-2・Variety Show ( music by Ryuichi Sakamoto )
サンプリング音で組み立てられたヒップホップ的なビートの上に、“さるルート”から手に入れたというマリネッティの演説が乗る。マリネッティは、自身の演説会のことを“ヴァラエティー・ショウ”と呼んだらしい。
B-3・大航海 Verso lo schermo ( music by Ryuichi Sakamoto, words by Caori Cano, Italian translation by Syuhei Hosokawa )
ヒップホップのビートの上に、オペラ的歌曲を無理矢理乗せたいという坂本の野望から生まれた曲で、当時細野晴臣が傾倒していたOTT(Over The Top)の坂本版。強迫的なリフ部分と、複雑な転調を何度も繰り返す歌部分に分かれる。狂気的なヴォーカルはかの香織。初期の仮タイトルは「機械状無意識」。「プレイング・ジ・オーケストラ」ではオーケストラの演奏とバーナード・ファウラーのヴォーカルで再演。
B-4・Water is Life ( music by Ryuichi Sakamoto )
クラシックのCDからの音源を切り刻んで編集したコラージュ音楽。
B-5・Parolibre <パロリブレ>( music by Ryuichi Sakamoto )
初期の仮タイトルは「オペラ」。タイトルはイタリア語で1910年代の未来派の自由詩のことで、未来派に関わったアーティストによる造語といわれ(直訳すると「話し文学」)、読み方は「パロリーブル」となる。坂本としてはブッチーニのオペラの中の間奏曲のようなつもりで書いている。主題はヘ長調であるのに対し、中間部では変ホ短調に転調する(調性対比)。後半のボーカルはかの香織。ギターはアート・リンゼイ。前半のメロディー部分のオンド・マルトノ(正弦波)はDX 7によるもの。テーマの再現部において、ピアノの後ろでうっすら聴こえる不協和音がいかにも坂本的。後に『1996』でピアノ三重奏アレンジで再演。アルバム『メディア・バーン・ライヴ』にもライヴヴァージョンが収録されている。