こころとからだがかたちんば

YMOエイジに愛を込めて。

写真日和 「カエルちゃんの水やり」

2010-07-31 14:25:20 | 写真日和
こないだ、横浜の輸入卸で雑貨を扱っている業者さんのブースで、このカエルちゃんを見て、「これ、ちょうだいよ!」と一目ぼれして、即購入決定してしまった。

こないだ、輸入日数を置いて、荷物は着いてたが、なかなか時間が無くて、今日、やっと組み立て作業完了。
水をたんまり銅の器の中に入れて、モーターを回すと、カエルちゃんの持つじょうろから、水が葉っぱを伝って落ちていく。



「おおおお!」と秀樹感激!
LEDランプも水の中に沈めるのが付いている。

あとは、100円ショップで睡蓮の造花でも浮かべれば、バッチリ!
上代15,000円の代物だが、とにかく、水の音に癒される・・・。

また、このカエルちゃんの顔のユーモラスさにも心がなごむ。



良い買い物をした。
満足です。
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夏のフェイバリッツ⑫  XTC 「ヨット・ダンス」'82

2010-07-31 12:25:02 | 音楽帳
1982年4月に何とか高校生となった自分・かたちんばは、日々男子校&文武両道の右翼的生活に、疲弊しながらも、XTCの新譜「イングリッシュ・セツルメント」を買った。

本国イギリスでは2枚組だったというこのアルバムは、日本では集約されて1枚で発売された。
大好きな曲はいろいろあったが、それまでのXTCにはなかったアコースティック感・優しい感じの曲が多く目立っていた。



この夏、中学時代の仲間[今は絶縁関係だが]と、海に宿泊かねて行った。
僕は、当時持っていた大きなラジカセを持っていき、海にも持って行った。

それに向けて創った夏向けのカセットテープには、この「ヨット・ダンス」が入っていた。
他には、ホルガー・シューカイの「ペルシアン・ラヴ」や教授の「左うでの夢」の各曲などなど。

日本の海というのは、やはり日本然としていて、昔も今も汚い。
ハワイや沖縄の美しい海とは程遠い。

***

童貞同士のオトコ4人で行った海で、僕は、横になり空を見上げるとギラギラした太陽があった。
僕は、手で太陽を避けながら、この「ヨット・ダンス」のワルツを聴きながら、行った事の無い、遠き美しい海を想像していた。



この曲を聴くと、あのなんとも言えない童貞丸出しの海の太陽のぎらぎら感が、甘酸っぱい想い出とともによぎる。

***

今日は、10:30起床。

玄関と車庫を掃き掃除完了。汗だくになってしまった。
地熱が暑いので、外に打ち水をした。

今夜は、隅田川花火大会。
浴衣ギャルにズボンズリ下げ男、それに、多くの遠征客で埋まるだろうが、自分は、家から10分も歩けば川なので、冷蔵庫で冷やした缶ビールを袋に入れて、たらたら歩いて、花火を見に行こうと思っている。
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写真日和  「朝焼けと雨の1日」

2010-07-29 23:46:30 | 写真日和


また3:40に起きてしまい、眠れず。

4時過ぎると、夜が開け始め、空がまるで燃えるかのようなオレンジの波を横に延ばしていた。

5:30頃リラックス(不安時の頓服用)するための薬を飲み、横になっていたら、眠ってしまい、朝起こされたにも関わらず、起きると10:00近く!

やってしまった、と仕事場に電話。

午後から元々つくばでの仕事だったので、昼ご飯抜きで11:45まで寝て、ヒゲも剃らずにつくばに向かう。

***

会議自体は15:00に終わったが、その後の打ち合わせ・荷物の状況視察、たまたま会った営業所長から市場の情報をもらい、ああだこうだと仕事したものの終わっても17:00。
実に中途半端。
これから都内本社に戻って仕事する気力も無く、仕事場に電話。

事情話すが、反応悪く「何も起きてないから、いいんじゃないですか」とは言うものの、こちらも言いづらかった。
帰りのTX、やけにだるい。

18:50に帰宅したものの、だるくて、パスタを作って食べたら寝てしまう。

起きると22:30.
ラジオを聴き、ビールを飲み、再度寝るタイミングを計っている。

***

大地をうるおす雨は、強い日差しをさえぎり・暑さに弱った動植物には恵みの雨。

しかし、昨夜からの突風は止まず、傘を差したが骨が折れてしまい、使い物にならなくなってしまった。
台風のような風。

一風堂の「夏の心に夏の雨」というスティーヴ・ジャンセンとの曲を思い出す。

***

今週末は、隅田川花火大会。
夏は、中身がどうあれ、スケジュールどおりに進んでいる。
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夏のフェイバリッツ⑪  Pale Fountains 「哀しみの風景(Unless)」'83

2010-07-28 23:34:41 | 音楽帳
1983年から、テクノへの反動・ナマな音への回帰を含んで、ニュー・アコースティック・ムーヴメントは発生した。

僕自身も、その中にあったスタイル・カウンシル、ベン・ワット、トレイシー・ソーン、トレイシー・ヤング、ヤング・マーブル・ジャイアンツ、ザ・ジスト、ウィークエンド、フェルト、初期のティアーズ・フォー・フィアーズ、ロータス・イーターズ・・・・、そして、このペイル・ファウンテンズ等々、日々が「常に」「新しい」日々であった80年代前半、いろんな音楽の中でもみくちゃになっていた。

***

80年代の日本の特徴の1つに「若造の背伸び」というのが、今ではやはり言えてしまう。

知性の背伸びが、オシャレの背伸びとイコールであるように、糸井さん・YMOが仕掛けた80年代の日本の革命には、哲学とSEXが直結するかのような錯覚が時代感覚としてあった。

浅田彰を筆頭とする「ポスト・モダン」を「カフェ・バー」や「ピテカントロプス」で女性に語りながら、オシャレなラヴ・ホテルでSEX・・・という錯覚。
田中康夫ちゃんの「なんとなくクリスタル」ではないが・・・・。

80年代は、表層と実像の二重構造にあった。

そのはざ間で、アイドル岡田有希子は飛び降り自殺し、中森明菜は自殺しそこねた。

***

まあ、それはともかく・・・・・・

ニック・ヘイワードもそうだったが、このペイル・ファウンテンズも同様、実に昔の音楽の要素をうまく取り入れながら、渋い曲を作っていたが、一方ではまぶしいほどの「蒼さ」「若さ」が、その音のヘタウマさの中に充溢していた。

むせるような若年寄のような、80年代感覚のこれらの音楽には、その後の若年寄をコピーした人々には無い、まさにリアルタイムでの背伸びの姿が見て取れる。

僕が、ペイル・ファウンテンズを初めて聴いたのは、1983年夏の夜の、12インチ・シングル「パーム・オブ・マイ・ハンズ」「サムシング・オン・マイ・マインド」だった。

だが、個人的には、夏の日差しの強いくらくらする日差しをよけて、日陰に入ってつぶやくような語りを聞くかのような、この「アンレス」が一番好きな曲かもしれない。

同じ位好きな曲に「ラヴズ・ア・ビューティフル・プレイス」という、12インチのB面の曲があるが、それは、夏の夕暮れの日の沈む間際に、海岸線に座って聴きたい1曲だ。



あくまで、僕は、「ネオアコ」などと訳の解からぬ日本流「造語」解釈をした馬鹿共とは一生相容れない。

ただ、純粋に、彼らの音楽を、コテコテの雑誌や評論や意見を一切遮断した領域で、装飾を外して、黙って聴き味わいたい。

毎年巡ってくる夏になると、「若さ」ゆえに漂う憂鬱感を持った、この「アンレス」が聴きたくなる。
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夏のフェイバリッツ⑩ Eno「Everything Merges with the Night」

2010-07-28 00:06:28 | 音楽帳
昨夜は、4人で恵比寿ガーデン・プレイスの中のオシャレな中華屋さんで、とあるささやかなお祝いをした。

ビールしか飲まないようにしている自分だが、久々に、已む無く紹興酒を氷を入れたロックで飲んだが、旨くてビール瓶でいう大瓶2本近くを4人で飲んでしまい、その後も、その中の人の家で更にビールを飲んで、深夜2時過ぎに寝たため、ひどい二日酔い。

そこに蒸し暑さまでもが、心身を打ちのめし、ノックダウン。

ロクに仕事出来ない状態で、しんどい状態。

***

ふらふらして、気持ち悪くなり、午前中仮眠室で横になっていた。

昼ご飯にお弁当を買いには行ったものの、珍しく、その食を残してしまった。
朝~水分補給をたくさんしていくが、いくら飲んでも、酒が抜けない感じ・自分が臭い感じが消えず、調子悪さは午後も続いた。

最近、突然の歯の激痛にはじまり、やむを得ず10年以上ぶりの歯医者通いが続いているが、既に2本の親知らずを抜かれ、日々、歯医者の奴隷と化して、言われるがまんまに、1つ1つ歯を抜かれていっている。

今日は、まだ2本目の親知らず跡が痛む中、さらに次の歯を半分入れ替えられてしまった。

というのも、多分、相当昔にやったんだろうけど、上半分が虫歯で無くなったのを何かで固めたんだろう・・・・
それをトンカチとドリルで砕いて無くし、再度型取りして、一旦仮のふたの取り付け工事された。

まるで、「現場工事」さながらである。

説明すらなかったが、そのふただけで3,000円して保険が利かないと会計時に言われる始末(*_*)。

行く度に、次々虫歯が発見され、その度に冷や汗かく・・・・・。

***

夕方、売り込みに来られた業者さんと面談し、打ち合わせしたものの、それから後は、どうにも調子悪くて頭が働かない。

仕事場に居ても、一向に頭がはたらかないので、あきらめて、19時頃帰ることにした。
外は、まだ空が明るかったが、既に自分は、陰鬱な状態で、早々に家に帰り、冷たいコカコーラとつまみ程度をつまんでいるうち、いつのまにか、ござの上で、眠っていた。。。。。

***

すっかり元気を無くして仮死状態で寝ていたが、ラジオの音に、むくっと起きると22:30.

こんな夜には、夏の夜の静けさにひたりたくなる。
ひさびさに、ブライアン・イーノの1975年の「アナザー・グリーン・ワールド」の中に入っている、イーノの素朴なヴォーカル曲「Everything Merges with the Night」=全ては夜に溶けてゆく・・・を聴く。



このアルバム自体、夜の音楽だが、B面の一連の静けさへの傾斜は、日本ではない「どこか」の魔的な夜の無人の静かな場所に、自分をいざなっていく。



イーノは、交通事故でかなりの重症を負い、入院することになるが、そのひたすら横たわる中で、「アンビエント」というつぶさな時の間の、今までに無い、時間の在り方を発見する。
それまで、けばけばしい衣装や摩訶不思議なロック的音楽を奏で、後のパンクの創始者的位置づけの人となっていたが、この事故と時間の在り方の発見に伴い、その後、大きく彼の音楽は、静かで人を癒す「未開拓の分野」の音楽を紡ぎ出す。

「アナザー・グリーン・ワールド」は、同盟のロバート・フリップの力も借りながら、音楽実験が「化学変化」を起こした、100年経っても古くならないアルバムとして結実する。

***

「全ては夜に溶けてゆく」は、歌詞も素晴らしい。
イーノは、インテリで実験的・分析的な色合いを持つ印象が強いが、こういうロマンティックな面をも持っている点が、その音楽にも優しいふくらみを持たせている。

決して彼がプロデュースした過激な面(DEVO・第1期ウルトラヴォックス・トーキングヘッズ)だけの人では無いのだ。

その後、70年代の後半以降「ロック」なるもの、そのものへの嫌悪感に繋がり、カテゴライズされた「ロック」という枠そのものの陳腐化した流れを嫌い、U2のボノに強引な熱い説得・求愛を受けるまで、「ロック」畑を遠ざけるようになる。

***

以前にも紹介したが、「Everything Merges with the Night」の歌詞を紹介したい。
「どこか」夢の世界の色合いをしながらも、ロマンティシズムをたたえたこの夜想曲が自分は、とても好きである。


「全ては夜に溶けてゆく」

ロザリー 一晩中あなたを待っていた
いや、いつからかはっきりとはし得ぬ程 何年もの夜を過ごしたことだろう

過ぎてゆく時を数えながら 総ては夜の中に融けてゆく


私は海辺に立ちつくしていた

これまで出会った人々の違いを思い出そうとして成さずに
あの去年の9月より前に起こったことを 私は何一つ思い出せない

火山の麓のサンティアゴは 海に浮かぶクッションのように漂って
未だにそこでは私は眠ったことが無いものの 総ては夜の雷鳴だ


ロザリー 私達はあの夏をずっと語り過ごした
服についた麦藁を互いに取りあっては ごらん、そよぐ風は 何とやわらいできたことだろう

総てはあの夜に途切れてしまった
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写真日和:「墨田区役所・スカイツリー・アサヒビール本社3役揃い踏み」

2010-07-25 12:47:30 | 写真日和


昨日の土曜は、熱暑だったが、午後から浅草を放浪・ねり歩いた。

最近の浅草の撮影ポイントの1つとして有名なのは、この吾妻橋のたもと。

「墨田区役所」「トウキョウ・スカイツリー」「アサヒビール本社」という三者が揃い踏みするポイントである。

***

昨日は、浅草~上野までねり歩いたが、今日は、白金台をねり歩くでよ!

最近、街を歩く楽しみが戻ってきた。
昨日も300枚写真を撮ってしまった。
買い物は、たんまり。
重荷に、朝起きたら、肩がそのせいで凝っていた。

明日は、仕事だから、今日は控えめにしたいところだが、街を歩いているうち、ウキウキして、歯止めかからず・ドライヴ感がかかってしまう事が多々有るので、熱中症でぶっ倒れる事だけ無いようにしたいものだが・・・・・。
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夏のフェイバリッツ⑨ Durutti Column「Favourite Painting」'81

2010-07-24 04:17:43 | 音楽帳
ドゥルッティ・コラムの、この「フェイバリット・ペインティング」を初めて聴いたのは、ミカドたちとクレプスキュール・レーベルの稀有なバンドが来日した1884年だったと思う。
それをゲストに呼んだのが「坂本龍一のサウンド・ストリート」だった。

「フェイバリット・ペインティング」=大好きなお絵かき・・・

自分は、子供の頃から、絵を描く事が好きで、外でみんなが遊び中、引きこもりだった自分は、クレヨンやマジックで、大好きだった地下鉄や怪獣の絵を毎日描きながら、野外のうるさいコドモの声を聴いていたのを思い出す。

***

しかし、この「フェイバリット・ペインティング」は、どちらかというと彼(ヴィニ・ライリー)たちの水彩画のジャケットのイメージが強く、生命力には弱弱しいが、日々の機微、太陽の日差し・公園・少し聞こえてくるよその家のピアノの音、風がカーテンをゆらす音・・・・・そんなものを思わせる。

ドゥルッティ・コラムは、こういった些細な音に込めて、自分の中の情感を情緒的に染めこんでいく。

この「フェイバリット・ペインティング」が流れる中、ラジオのサウンド・ストリートでは、相棒のドラマー ブルース・ミッチェルが、ウィツトに富んだ会話(かなりおしゃべりの人で、ヴィニの代弁者でもあった)を語るが、ヴィニ・ライリーは沈黙を続けていた。

ヴィニ・ライリー自身は、「よく生きていられるなあ」というくらいの、自殺しても何らおかしくない程の、か細い生命力の、とてもナーヴァスで神経質(というか神経症に近い)な、かなり悩める青年だった。



1980年ジョイ・ディビジョンのイアン・カーティスのために創った「リップス・ザット・ウッド・キッス」にも、その叙情性はとても深いものとして、深く刻み込められている。

***

「フェイバリット・ペインティング」は、12インチシングルの「ドゥ・トライアングル」に納められている。



高校生の頃、「サウンド・ストリート」で録音したこれらの曲を、夏のエアコンディショニングの効く中、清涼飲料を飲みながら、夏の雲が流れていくのを眺めながら、よく聴いたものだ。


【埋め込み禁止になっているので、クリック後、「YOUTUBEで見る」をクリックしてもらうと、この曲が聴くことが出来ますので、是非聴いてください。】

A面
1・Favourite Painting
2・ Zinni

B面
1・ Piece for Out of Tune Grande [sic] Piano

このB面全部を占める12分の曲は、まるで、こどもがひだまりのウィークエンドの午後に、ピアノを叩いて遊んでいるかのような風景が伝わってくる。

多くの人には、聴いて欲しいとはゆめゆめ思わないが、彼の持つ繊細な叙情性に関心を抱くヒトにだけ、こっそりと自分のモノとして聴き繋がれて行って欲しい名曲である。
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かたちんば徒然日記 : ナツ休みは子供のモノ?オトナのモノ?

2010-07-23 00:58:04 | 写真日和
7月22日 木曜日

自分は、トロくてね・・・・。

7:40に起きたはナイスだったが、コーラで薬飲み、シャワー浴びて、すぐ拭き、服を着ると8:00(*O*)!

木曜はカン、ビンのゴミの日。
即ゴミ出して、駅に向かう。

何とかギリチョン電車に乗る。
運良く座れて浅草へ。
いつも通り、そこからは座れなかったけど・・・・・。

朝から大リュック背負った腐れアメ公が、邪魔臭い。

***

朝の仕事は、コーラ500mlのゴク飲み&タバコ&汗だくに対して異常な速度で扇ぐうちわで始まる。
ん~、キャスターマイルド(-.-)y-~~

しかし!昨日抜いた2本目の親不知の痛みが消えない(`血´#)!!!!

痛い!痛い!痛い!

だが、不思議なもんで10時から打ち合わせになると、後輩の上司は内容がわからないので横に居るだけで、自分がいろんなアイデアをしゃべりまくると、そこに没入するからだろうが、痛みなんか忘れて昼までしゃべりまくっていた。
森田療法でいう「あるがまま」の境地だ。

***

だが、この3連休から、うちの仕事場も僕も「夏休みモード」。



みんな休んでいて、寂しく一人でお弁当買い、室長・後輩の上司と昼ご飯を食べ出すが、噛む度にビビビ・・・・\(∋Ω∈)/と痛みがひどくて、十分に噛み砕けないまま飲み込む始末(*へ_*)。

午後、歯医者さんに消毒に行くが『痛くて痛くて!もらった鎮痛剤飲んだら、強くて胃痛にはなるし!とにかく痛くてたまらないんです(*`◇´*)!!!!!!』と訴えるが「じゃあ、モルヒネを打ちましょう( ̄∀ ̄)⊇ヽ。ニヤリ」などと言う事にもならず「そうですか。もし、これ以上、痛くなったら、また、来て下さい。」と事務的に処理されてしまう。

「おいおい」と思うが、そんなもんだろうと、帰ってから、消毒薬を水に溶かして、とにかく何度もクチをクチュクチュゆすぎまくると、少しマシになる。
さらに、愛用の鎮痛剤「EVE」を飲むと、しばらく痛みはおさまる。

***

それからは、こつこつと仕事に没頭する。

夜、22:00退社して、家路をたどるが、東向島を降りると、ぬあんと「ゲリラ豪雨!」では無いが、雨が降り出す。

早足で帰り、家に入ると相変わらずの「むんむんむん」。
窓を開けて、服を脱ぎ捨て、パンツ1枚でエアコンをかけるが、汗がとにかく止まらないほど、だくだく流れる。

21℃で強風にして、うちわで扇ぎ、汗を「梨本です。恐縮です。」と拭き拭きするが、体温がなかなか下がらない。
暑がりの自分は、すぐ体内に熱がこもってしまう。
冷えたビールをだくだくと飲みながら、シャケを2尾焼き、ご飯と共に食事を済ます。

***

やっと正常な意識に戻ったのは、0:00を過ぎてからのこと。YMOの「テクノデリック」、それに、ブライアン・イーノの「イマジナリー・ランドスケイプ」というヴィデオを見る。

こんなクソ暑い夜だが、MZ師から『名作写真』が届く。
MZ師の写真の中でも最高傑作だと思う。



汗というのは、たいてい胸糞悪いものだが、キレイなサンバのおねえさんのかく汗の輝きというのは、実に美しいものだと思える写真です。

サンバの躍動感と共に、踊りと汗の美しさが伝わって来る力作だ。

***

さてさて、テーマの「ナツ休みは子供のモノ?オトナのモノ?」だが、子供に40日の休みは必要ない。
逆に、働きすぎでボロボロのオトナの休みと交換すべきと思う。
働かない子供に40日の休みを与えると、9月1日にノリピーのようにシャブ中やグレたクソガキが増えるだけで、社会にとって良くないことだけしかない。

休むべきは、我々過酷な労働者なのだ。
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真夏の夜の夢 : 不幸の連鎖を断ち切ること

2010-07-21 05:31:06 | 音楽帳
また、ユメを見てしまい。3:40起きてしまった。

いろんな人が出てきた。

仕事場で「インテリヤクザ」と呼ばれている、個人的に「ヒト」としては憎めない・好きなヒト。
役員にまでなったヒトだが、いまだに自分のヤツ当たりにも、ちゃんと年の上下も無く、1対1で答えてくれるヒト。
じかに接すると温和で・性根(しょうね)が優しいヒト。
そのヒトから、人生を教わる。

***

場面は変わり、国内、国外問わず、政治的なモノ、不幸なモノと面して、より優しくなろうと活動するヒトの姿。
祈るヒト・・・・、それを見て感じる自分(=かたちんば)。

***

眠剤を0:00に飲んで、消灯したが、夢を見すぎて怖くて・疲れて・起きてしまった。

でも、啓示的な夢で、何かがわかった気がした。

「不幸の連鎖」を断ち切る事。

孤独であるヒトに、声を掛けること。

孤独であるヒトが、「個」で放置される事が続かないように、声を掛けることで、そのヒトの描く線(ライン)に、交叉する線(ライン)を引く事。

その事で、少しでも、荷を降ろせる気持ちの領域を作ってあげること。

***

みんな、僕の理想の女性に挙げる、山瀬まみちゃんに、よく笑うヒトが居るが、デビューの頃から、いまや結婚し、得意の上手な料理に、このヒト特有の周囲を明るく照らす、太陽のようないつもの優しい笑顔が、今でも大好きだ。

太ってぽっちゃりした今でも、僕にとっては、結婚したい理想の女性に変わりない。

夢で、その山瀬まみちゃんが、ガンで入院している姿が出て来たが、白い羽が背中に生えていた。
お見舞いに行ったが、いつもの優しい笑顔だった事が、逆に哀しみを誘った。

自分に出来る事は何だろう?と思った。

祈る事。
哀しみの連鎖を断ち切る事。
それだと思った。

***

夢には、優しかった、出雲の「チョンチョのおじさん」=やすゆきさんも出てきた。

実際は、どこにも精神的な障害は無いのに、田舎人どもは古い「精神病」扱いし、やすゆきさんを「精神病院」に入院させたりした。

幼い頃、出雲の田舎に、夏何日も泊まった頃、やすゆきさんは、いろいろ遊んでくれた。
その夏を思い出していた。

子供というのは敏感なもので、優しいヒト・ヒトの気持ちを見抜く天才だが。
チョンチョのおじさんは、子供には人気者で、声を掛けてくれて、よく遊んでくれた記憶が残っている。

出雲の寺の中に住まう「チョンチョのおじさん」=やすゆきさんは、既に両親(僕のおじいちゃん・おばあちゃん)が無くなり、絶交関係にある性格の悪い長男夫婦が「仕切る」寺の中で、「オレの部屋には近づくな」と毛嫌いしている中、昨年の冬のある日、暖房の効いた自分の部屋で、丸くなって死んでいるのを発見された。

死後、既に数日が経っていて、死体は一部腐乱化していたという。
自死なのか事故死なのかも不明なまま・・・・・・。

それをヒト伝えに聴き、絶句した。

と同時に、そういう孤独死においやった、寺の実権を握った性格の悪い長男夫婦を改めて憎んだ。

***

やすゆきさんが「チョンチョのおじさん」と呼ばれる理由は、なんとスズメまでもが、やすゆきさんにかかると数分で、安心して手に乗る事から来ている。

ネコと言い、鳥と言い、生き物たちが安心して近づいてくる不思議な能力を持った優しい、でも、孤独なおじさんだった。

***

そう言っているあいだに、朝が、明けて来た。
再度、眠れそうも無い朝だ・・・・・。

聴く音楽はいろいろ悩んだが、今の気分にぴったり来たのが、パーシー・フェイス・オーケストラの名曲「Theme from a Summer Place (夏の日の恋)」を細野さんがカバーしたスケッチ・ショーの曲だった。



原曲より、よりゆったりしたテンポで展開するが、この「ゆったり感」が、今の自分を癒してくれる。

細野さんのつぶやくようなヴォーカルもイイ。

元々、幸宏がセールスや気取りを無視して好き勝手したい、というリハビリテーション宣言の元、細野さんが「幸宏が言うなら・・・・」と創られたスケッチ・ショー。

その意図はこのカバーにも反映していて、とても「なごむ」仕上がりになっています。

***

夢から学ぶべき事は多い。
しかし、今夜の夢には、何かをつかんだ気がした。

自分は、お布施を基本とした「エセ宗教」や、あたかも読む事で悩みが解決するかのような処世術を書くエセ「人生の達人」が大嫌いである。

そんなものにいくら取り組んでも「本当の真実」は転がっていない。
そんなものにいくらすがっても、「信じるものは救われない」。

真実は、チョンチョのおじさんやそういうヒトのあり方にこそ有るものだと思う。
再度、やすゆきさんの御霊(みたま)に対して、安らかに・・・と祈る。

あなたは、本当に優しい魂を持ったヒトだった。
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夏のフェイバリッツ⑧ China Crisis 「Blue Sea」'85

2010-07-19 06:26:29 | 音楽帳


梅雨が開けた今週末の、この3連休。

2日目の日曜日は、「太陽がカンカン」で、その前の日、汗かいて歩き過ぎたせいで、ひざから下が痛くて、マッサージしつつ、横になって、蒼い空を見つつ、耳だけで、1988年NHK-FMで細野さん・モロさん・コシミハルさんが音楽に関わったラジオ・ドラマ「マージナル」を聴いていた。

主役でもあったコシミハルは、少年だが、オンナが生まれないはずの未来社会に、ナンオのDNAを持って生まれた少年。

90年代のオウム~エヴァンゲリオンを想起させる物語。

「キラ」という役名で演じるコシミハルの唄う「キラ」のテーマ曲がすっばらしくて、癒された。

****

上記は、海の砂浜の写真だ。
外に出れば、35℃という猛暑の中、わざわざ海に行く、ガングロ汚ギャルとズボンずりさげラッパーたちは、今夜はSEXにドラッグ三昧な事だろう。

我輩は、日本の季節の風物を愛するので、そういう中には出向かない。

****

夕刻・・・・といっても、18時になってしまったがTシャツに短パンにエコバックと黒い帽子で写真を撮りながら、近所浅草まで行く。

最近、ステキな手ぬぐい屋さんを、青山・東京ミッドタウン・そして浅草で発見し、ついつい可愛い染物の手ぬぐいを買った。



他にも、バーゲンで安かった汗拭きタオルに、消臭ビーズ・い草のまくらと敷物・ポストカード・可愛い額ブチ・・・・・等々、クソ暑いのに皮膚癌と熱中症と溺死を目指して海に行くバカ共を尻目に、今日も、おしゃれさんなグッズをたんまり買ってしまい・・・・



大荷物で、家に帰ってくると22:00.

ビールを飲みながら、久々にボズ・スキャッグスのアルバム「ミドル・マン」を聴いていたが・・・・1:00頃、酔って眠くなり、消灯・・・・zzzzzzzzzz。



い草のまくらですやすや寝ていたが、3:30過ぎ、寝返ったときに、ビールを倒し「あららららら・・・・」と掃除大会になってしまい、起きてしまった。

そこで、またビールを飲みだし、頭痛・肩こりがするので、ドラッグを用いる。

そうする間に、夏の朝は早くも開けてきてしまう。
そんなうつろな陰な夜明けには、チャイナ・クライシスの「ブルー・シー」を聴く。

1985年発表のアルバム「未完成」のB面最後に入っている好きな曲。



重々しい雰囲気から始まるものの、途中からいかにもチャイナ・クライシスらしい優しいキーボードの調べ。。。。



アルバムに入っていないシングルB面も収録した2枚組みも持っているが、日本の風情・風流を愛する人なら、夏にも、チャイナ・クライシスはオススメな音楽です。

真綿のように、優しい音楽ですよ。
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