コンコンと木のドアがノックした。
開けると、黒い人が立っていた。
「なにか御用ですか?」その黒い人みずからが言った。
「そうですね。用といえば、用はありますが。」と、中に招き入れた。
「そうでしょう。」
***
・・・・・・・「わかりました。そういうことで。」
黒い男は、礼儀正しく会釈をして、木のドアを出て行った。
***
雨の日、その日は、雨以上に暗かった。
雲が幾層にも重なって、それ以上の空をさえぎっていた。
9月も終わりに近づいた肌寒い日だった。
かきとき橋の真ん中に立ち、雨の中、川の流れを見ていた。
ボートが一艘、遠くから必死にこちらに向かって走っていた。
白い水の尾をしゅわしゅわと泡立てて。
電波が飛び交う高いビルの並々とした一連の山々。
川の向こうに亡霊としての笑顔をたたえていた。
川の真ん中まで歩くと、そこには、小屋があった。
自分は、この小屋の番人として暮らして生きたいと思った。
前が見えない。風景がガスっていた。
***
電話がなった。15ケタの番号が、何度も何度も番号を変えて、スロットマシンのように変化した。
声の主は、黒い人だった。
対話者なき対話を繰り返すように、話がレプリカのように、繰り返した。
***
川と橋と電波を伝い、導かれていくように、歩いた。
夜が迫ってきた。
黒い人は、やっと、夜が来て、現れた。
すっかり汗ばんだカラダに、サビのような血の匂いがした。
雨のカビくささがそこに入り混じった。
血の河を渡りきて、その血を吸い取り生きてきたのだから、当たり前だが。
「こういう意外な時間と場所でないと、落ち着いて話も出来ませんからね。」
ぼそぼそと、しかしまっすぐに話をした後、黒い男は、やはり礼儀正しく会釈をして、
夜の闇に溶けていった。
遠くには電波塔の明滅するランプ。
さかんに電波を発している。
しずかな暗がりの中、公衆電話だけが輝いていた。