毎日どこかで始まる(であろう)頭痛への予感を覚えながら、今迄出会った頭痛を思い出してみた。
十代はじまりの頃はちょくちょくと頭痛持ちの時期があったが、それはしばらくすると去るという具合で、現れては忘れるように消えていった。その面では、じんましんやしっしんと同じである。
じんましんブームみたいなもの。
今日思い出せるのは、幼少から数十年続いた、毎朝の吐き気と頭重感。その後、高校生では毎日ちんぷんかんぷんでわからない授業から、排球部練習を経て、夜深夜まで聴く音楽とラジオを通してツーンとした頭痛。朝から深夜まで断続的に続いた頭痛。これは頭痛というよりも、精神の苦悩そのものの痛みか?そこに胃かいようも加わって。
その後二年は、放浪の最中(さなか)絶えず消えずに脳内を満たした、沁みるような痛み。それと幻覚が繋がっていた1985年1986年の冷や汗、恐怖。
魔物はしだいに悪意をむき出しにして体内で暴れまくり、それを鎮めるために、最期は自らにやいばを向けて突きつけた。
どうしても私の生と日々の中には病みがまつわる。別に頭痛だけのことじゃない。インネンを付け、絡んでくる。アタマから常に去らないで居座る。そういう特性を持つことは事実なので、否定しようがない。
こうやっても生き抜いてきた者もいるのだから、あまり深刻に考えすぎず、という少しのなぐさみになれば。
数日前、月一回通っている定期健診だった。この一か月続く頭痛。本当に頭痛だけのことか?気になる。
主治医「最近はどうですか?」と尋ねられる。
私「この一か月奇妙な頭痛が去っていかなくて。。。脳の中身がぐるぐるっとするときがありましてね、まあ。。。」
そう話すと、主治医はちょうしんきや血圧を測り、眼に光を当てて瞳孔を調べ、合図に合わせた動体視力や指の動き、筋力テストをした。
主治医「ボクは大丈夫だと思うけど。。。CTスキャナーを撮りますか?」
私「こういう機会じゃないと撮影できないから調べてください。」
撮影結果の診察は来週となる。
私「調べるのは是非。ですがクスリはごめんです、10種類から1種類まで、ここまでやっと減らしてきたから。服用したくないんです。」そう私が訴える主旨を先生は重々理解していた。
主治医「それでも頓服として5錠だけクスリ出しておきます。」後は任せるよ、という意味。
昨年の10月今頃は、親の生死さまよう中、世間の残酷さ、時が進む残酷さを味わっていたが、今年はそんな苦しみはない。病床に置いたにんまり笑うカボチャの置き物。今じゃ実家の陽当たりの良い窓辺で草花と一緒に日なたぼっこをしているだろう。
私的頭痛に効く音楽かどうかは不明だが、今夜は明日の「あの日」に向けてベタな曲名だが、「やっぱりこの曲」なのだ。昨年聴けなかったし。
今夜、室内は19℃。まだけっこうあったかい。
■ジャパン 「ハローウィーン」1979■
十代はじまりの頃はちょくちょくと頭痛持ちの時期があったが、それはしばらくすると去るという具合で、現れては忘れるように消えていった。その面では、じんましんやしっしんと同じである。
じんましんブームみたいなもの。
今日思い出せるのは、幼少から数十年続いた、毎朝の吐き気と頭重感。その後、高校生では毎日ちんぷんかんぷんでわからない授業から、排球部練習を経て、夜深夜まで聴く音楽とラジオを通してツーンとした頭痛。朝から深夜まで断続的に続いた頭痛。これは頭痛というよりも、精神の苦悩そのものの痛みか?そこに胃かいようも加わって。
その後二年は、放浪の最中(さなか)絶えず消えずに脳内を満たした、沁みるような痛み。それと幻覚が繋がっていた1985年1986年の冷や汗、恐怖。
魔物はしだいに悪意をむき出しにして体内で暴れまくり、それを鎮めるために、最期は自らにやいばを向けて突きつけた。
どうしても私の生と日々の中には病みがまつわる。別に頭痛だけのことじゃない。インネンを付け、絡んでくる。アタマから常に去らないで居座る。そういう特性を持つことは事実なので、否定しようがない。
こうやっても生き抜いてきた者もいるのだから、あまり深刻に考えすぎず、という少しのなぐさみになれば。
数日前、月一回通っている定期健診だった。この一か月続く頭痛。本当に頭痛だけのことか?気になる。
主治医「最近はどうですか?」と尋ねられる。
私「この一か月奇妙な頭痛が去っていかなくて。。。脳の中身がぐるぐるっとするときがありましてね、まあ。。。」
そう話すと、主治医はちょうしんきや血圧を測り、眼に光を当てて瞳孔を調べ、合図に合わせた動体視力や指の動き、筋力テストをした。
主治医「ボクは大丈夫だと思うけど。。。CTスキャナーを撮りますか?」
私「こういう機会じゃないと撮影できないから調べてください。」
撮影結果の診察は来週となる。
私「調べるのは是非。ですがクスリはごめんです、10種類から1種類まで、ここまでやっと減らしてきたから。服用したくないんです。」そう私が訴える主旨を先生は重々理解していた。
主治医「それでも頓服として5錠だけクスリ出しておきます。」後は任せるよ、という意味。
昨年の10月今頃は、親の生死さまよう中、世間の残酷さ、時が進む残酷さを味わっていたが、今年はそんな苦しみはない。病床に置いたにんまり笑うカボチャの置き物。今じゃ実家の陽当たりの良い窓辺で草花と一緒に日なたぼっこをしているだろう。
私的頭痛に効く音楽かどうかは不明だが、今夜は明日の「あの日」に向けてベタな曲名だが、「やっぱりこの曲」なのだ。昨年聴けなかったし。
今夜、室内は19℃。まだけっこうあったかい。
■ジャパン 「ハローウィーン」1979■