第2章 共産主義社会の実際(一):生産
(4)新たな生産組織が生まれる
◇社会的所有企業と自主管理企業
商品‐貨幣交換を軸とする現代の資本主義社会で、商品生産の中心を担う生産組織が株式会社であることは周知のとおりである。株式会社とはその本質上、貨幣獲得を通じて資本蓄積を自己目的とする営利企業体であって、企業の実質的所有者である株主の利益を図ることを至上命令とする利益共同体でもある。
資本主義は、このような個別企業体としての株式会社が各々の利潤計算に基づく経営計画に従って展開する商品の生産・販売活動の総体である。しかし、商品‐貨幣交換が廃される共産主義社会では株式会社の仕組みを維持することはできない。そこで共産主義社会にふさわしい新たな生産組織が生まれてくることになるであろうが、それはどのような組織であろうか。
ここで念のために記しておくと、共産主義からしばしば連想される「国有企業」ではあり得ない。後に第4章で改めて論じるように、共産主義社会は国家という観念を持たないので、「国有」は論理的にもあり得ないからである。
といって、共産主義的生産組織のあり方に絶対の公式があるわけではないが、さしあたりそれは「社会的所有企業」と「自主管理企業」の二種に大別できる。
ここに「社会的所有企業」とは、社会の公器として社会的監督の下に置かれる公共性の強い企業体であり、平たく言えば「みんなの企業」ということである。「社会的所有」であることの証しとして、これらの企業は第4章で見る民衆代表機関(全土民衆会議)の監督を受ける。
ただ、この社会的所有企業の対象業種はさほど広いものではなく、それはおおむね運輸、通信分野を含めた基幹産業と食糧に関わる農林水産、健康に関わる製薬などに限定される。そして、それは前節で概要を見た持続可能的計画経済の対象範囲と重なる。
一方、「自主管理企業」とは生産労働者が結合して共通の事業目的を自主的に展開する企業であり、社会的監督を受けない一種の私企業であるが、株式会社に代表される資本主義的私企業とは異なり、経営と労働は分離せず、労働者自ら経営にも当たる点で「自主管理」と呼ばれる。
その自主管理企業の対象業種は上述の社会的所有企業の対象業種以外のすべてという広い範囲に及ぶが、規模の点では「自主管理」が現実的に可能なのは最大でも職員1000人未満の中小企業に限られるであろう。
◇生産事業機構と生産協同組合
以上の二つに大別された共産主義的生産組織を法的な観点から分類し直すと、それは「生産事業機構」と「生産協同組合」に対応する。
このうち前者の「生産事業機構」は、上述した社会的所有企業に対応する法人組織である。具体的には例えば製鉄事業機構、電力事業機構、自動車工業機構等々のように各業種ごとに単一の統合的事業体として政策的に設立される法人企業組織である。これらの生産事業機構は、共同して経済計画を立案し、実施する計画経済の責任主体ともなる。
これに対して、自主管理企業に対応する法人企業組織が「生産協同組合」である。これは前述したような職員(組合員)1000人未満の中小企業の法人形態であって、計画経済の対象範囲に属しない業種に関して自由に設立することができる。
ただし、自主管理が困難な職員1000人以上の大企業に関しては、上述の生産事業機構と生産協同組合の中間的形態として「生産企業法人」を認める。これは社会的所有企業そのものではないが、次項で述べるように、その運営に関しては生産事業機構に準ずる構造を持つ大規模法人企業組織である。(※)
一方、自主管理企業の中でも職員20人以下のような零細企業にあっては、内部運営に関する自由度の高い「協同労働グループ」といった小規模法人組織を認めることができるであろう。
※当ブログ上の先行する他連載等における記述では「生産事業法人」と表記している場合があるが、経済計画の適用対象たる「生産事業機構」と紛らわしくなるため、ここに改称する。従って、他連載等における記述もこのように読み替えられたい。
◇諸企業と内部構造
ここで、以上の共産主義的企業組織の内部構造についてやや立ち入って見ておきたい。
まず、社会的所有企業か自主管理企業かを問わず、共産主義企業には株式会社の株主に相当する個人的な企業所有者は存在しないため、最高議決機関としての株主総会のような機関も存在し得ない。
この点、社会的所有企業としての生産事業機構の最高議決機関は「職員総会」である。ただ、生産事業機構のような大規模企業体では全職員参加型の総会は事実上困難であるから、職員総会のメンバーは職員の中から抽選または投票で選ばれた代議人(総会代議人)となる。
一方、生産事業機構には株式会社の取締役会に相当する運営機関として「経営委員会」が設置され、その代表者たる「経営委員長」が最高経営責任を負う。経営委員及び経営委員長は一定の任期をもって職員総会で選任される。
株式会社との大きな違いとして、職員総会に代わって常時経営委員会の活動を一般職員の視点から監視し、重要な案件に関する経営委員会の決定に対する同意/不同意の権限をも有する「労働者代表委員会」が常置されることである。これは生産事業機構では困難な自主管理に代わる共同決定システムと言える。この労働者代表委員及び労働者代表委員長も一定の任期をもって職員総会で選任される。
さらに、経営委員会の活動を主として法令順守の観点から監督する機関として「業務監査委員会」が、またこれとは別に環境的持続性の観点から監督する「環境監査委員会」が常置される。これらの業務監査委員及び環境監査委員(監査業務は対等な合議にふさわしいため、委員長職は置かない)も、一定の任期をもって職員総会で選任される。
生産事業機構に関する以上の内部構造規定は、前述した生産企業法人にもほぼ類推的に妥当し、それぞれ「経営役会」(及びその責任者たる「代表経営役」)、「労働者代表役会」(及びその責任者たる「労働者代表役会長」)、「業務監査役会」、「環境監査役会」が常置される。ぞれぞれの機関のメンバーが一定の任期をもって職員総会で選任されることもほぼ同じである。
以上に対して、自主管理企業たる生産協同組合の最高議決機関は全組合員で構成する「組合員総会」である(ただし、組合員が500人を超える場合は総会代議人制の導入も認める)。そして総会で組合員の中から選任された理事で組織する理事会が経営責任機関となる。
しかし、生産協同組合の場合は自主管理が基本であるから、労働者代表機関は原則として置かれず、組合員は総会を通じて直接に理事会の活動を監督する(ただし、任意の機関として「組合員代表役会」を置くことは認められる)。
一方、生産協同組合の場合も、最低3人以上の監査役を常置すべきであるが(監査役会は設置しない)、このうち少なくとも1人は「環境監査役」でなければならない。
なお、上述した協同労働グループの場合は数人から十数人のメンバー労働者が完全に対等な立場で運営に当たる零細企業形態であるから、およそ「機関」もなく、構成員の全員協議で自由に活動を展開することができる。ただし、この場合も監査役に当たる「常任監査人」をメンバー以外から最低1人は選任することが義務づけられる。