ザ・コミュニスト

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安直な人道主義は非

2023-10-19 | 時評
ガザ地区を支配するイスラーム武装組織ハマースに対するイスラエルによる地上進攻作戦が準備される中、国内外のメディアでは、作戦の対象地域となるガザ北部からの退避を強いられる大量の避難民に関する情緒的な報道が目立ち始めている。それにつられて、イスラエルの作戦に対する批判も強まっているようである。
 
しかし、今回に限っては「イスラエルによるパレスティナいじめ」という従来の構図はあてはまらなくなっている。今回の事の起こりは、ハマースによるイスラエル民間人を狙った無差別軍事攻撃による大量殺戮(現時点での死者1400人超)と200人を超すと見られる一般市民の大量拉致にあるからである。言わば、パレスティナ側が虎の尾を激しく踏みつけ、虎を挑発したことが発端である。
 
このような事態はイスラエルの打倒とイスラーム国家の樹立を掲げるイスラーム武装勢力ながら一定の合理主義を保っていたハマースがここへ来て一挙に狂信主義的な顔をさらけ出したものであり、言わばハマースがパレスティナの地域自治勢力を脱して2010年代に中東を席巻したイスラーム国(IS)のような狂信的過激組織に飛躍したことを示している。
 
このような状況で安直な「弱い者いじめ」の構図によってイスラエルを非難することは今般のハマースの攻撃に快哉を叫ぶ反ユダヤ主義者と共振し、図らずも合流してしまう危険を内包しており、世界各国で反ユダヤ主義の蠢動を促進することになりかねないことが懸念される。
 
イスラエルの地上進攻作戦を止めるには、まずはハマース側に人質の解放を求めることが先決であろう。そのうえで、ハマースに自発的な投降と武装解除を促すことである。それらが順次実現されれば、ハマース殲滅を目的とするとされる地上進攻作戦の意味も失われるからである。
 
ただ、ハマース側もイスラエルの強力な反撃と進攻を見越して攻撃をしかけており、入念な準備の上、ユダヤ人捕囚と「自国」側のパレスティナ住民を盾に利用して迎え撃つ構えと見られるので、おそらく上掲いずれの要請にも応じないだろう。一方、イスラエル側が大局的見地に立って苦戦が予想される地上進攻作戦を自ら中止するならば結構であるが、対パレスティナ強硬派の現政権にそのような敗北主義的方針転換は期待できそうにない。
 
このような手詰まりの状況では、イスラエルに対して、地上進攻作戦に伴うガザ地区民間人の被害を極最小限度に抑制する技術的な工夫を要請できるのみである。関連して、地区南部に集中している大量避難民の保護は特定の周辺国ではなく、世界各国で分担して引き受けること以外に解決策はないだろう。
 
また、すでに今般の事変前から形骸化していた人種隔離的なパレスティナ自治区の存続を求めることも無益である。事変前、すでに人口が過密化し、人間的な生存に適しない狭隘な環境に陥っていた自治区を原状回復的に存続させても、本質的な問題解決にはならないからである。*ただし、今後想定され得るイスラエル軍によるガザ地区占領統治は恒久的なものでなく、作戦遂行のための技術的かつ作戦終了後の権力の空白の補完及び地区再建のための期間限定的なものにとどめることも要請される。
 
前回記事でも言及したとおり、これまでにないブレークスルーとなる全く新しい領域共有の構想が求められている。ただ、ここでも「思想氷河期」という思考の壁が立ちふさがるかもしれない。革新的な思想の創出が停滞し、古い教科書や先例を参照するだけの安直な思考法が世界にはびこっているからである。
 
 
[追記]
7日のハマースによる大規模軍事攻撃から半月余りを経た現在(24日)、イスラエルの空爆によるパレスティナ側死者はすでに6000人超となり、イスラエル側の確認済み死者1400人の倍返しをはるかに超えてきた。このあたりでいったんイスラエル側が攻撃を停止し、人質解放交渉を優先するという選択肢もあり得るように思われる。
 
[追記2]
イスラエルは、「戦争の第二段階」として、地上部隊の投入による限定的な地上戦を開始した。ハマース側が人間の盾として利用する人質の全面解放には応じる見込みがないことを踏まえて、作戦拡大を決断したものと見られる。これに先立ち、国連総会は27日、人道的な観点からの休戦を求める決議を採択したが、中途半端な休戦では現在の人道危機を解決できず、かえってハマース側に態勢立て直しの機会を与え、第二弾の攻撃を許す危険がある。これも安直な人道主義の戒である。
 
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パレスティナ自治の終焉と展望

2023-10-09 | 時評
パレスティナ・ガザ地区を支配するイスラーム武装勢力ハマースによる7日の大規模なイスラエル軍事攻撃は、パレスティナ自治の創始に至った1993年オスロ合意からちょうど30年の節目に自治を終わらせ、なし崩しの形ですでに形骸化していた同合意を事実上失効させる最終的な契機になると言えそうである。
 
今般攻撃によりイスラエル建国史上最多という民間死者を出したことで、イスラエル側が倍返しの報復的軍事行動に出ることは確実で、また元凶であるハマースを完全に解体するにはガザ地区の軍事占領も必要であろうことから、二つの自治区のうち少なくともガザ地区に関しては自治は終焉することになるだろう。
 
このような結果は、およそ抵抗運動・革命運動における強硬派がはまる逆説的な陥穽とも言える。相手に打撃を加える軍事攻撃のような強硬手段はかえって相手方の結束を促し、強烈な反撃の機会を与えるからである。その点では、アル‐カーイダによる9.11事件後、米国の報復作戦によりアル‐カーイダが事実上壊滅した状況と似ている。まさに墓穴を掘るとはこのことである。
 
実際、イスラエルではネタニヤフ首相の汚職疑惑や汚職裁判を議会が帳消しにすることをも可能にする司法改悪策を含む改憲策動に対して民衆の抗議活動が激化していたところ、今回の攻撃でこうした抗議活動は吹き飛び、かえってネタニヤフ政権への挙国一致の支持を強め、今般の軍事攻撃を抑止できなかったことへの批判は提起されたとしても、対ハマース壊滅作戦への国民的支持も確実である。
 
現ネタニヤフ政権はユダヤ教超保守派も参加する保守・極右連立政権であり、ガザ封鎖措置の継続やもう一つの自治区であるヨルダン河西岸地区へのユダヤ入植地拡大政策などにより、パレスティナ自治を形骸化させてきた元凶でもある。そのことが今回のハマースによる攻撃の背景でもあるが、ハマースの強硬策によりかえってこのような問題政権の支持基盤を強化することになる。
 
さしあたり穏健派ファタハが支配するヨルダン河西岸地区の自治は存続するが、こちらもユダヤ人入植地拡大政策による浸食によって風前の灯であるので、すでに形骸しているパレスティナ自治は両地区を通じてほぼ終焉に向かうと見てよい。その結果、イスラエルとハマース及びその周辺支援勢力との戦争が激化するかもしれない。
 
このような結果はイスラエル・パレスティナ双方での宗教反動勢力の台頭と激突によるものであるが、そもそもはイスラエル国内の狭い地区にパレスティナ人を囲い込むという隔離政策(アパルトヘイト)を内容とするオスロ合意に内包されていた無理が30年を経て明確に表出されたものであり、このような合意はノーベル平和賞に値するようなものではなかったのである。
 
今後の最も暗い展望は、今般軍事攻撃の背後にあってハマースを支援していたともされるイランに対してイスラエルが矛先を向けることで戦線が拡大し、1970年代以来の「第五次中東戦争」に発展することである。ただし、従前の中東戦争当時とは異なり、周辺アラブ諸国はイスラエルの存在を容認する方向にあることから、戦争の性格や規模は異なるものとなるだろう。
 
明るい展望は、双方に痛みをもたらす今般事変を機に、イスラエルとパレスティナの民衆同士の連携が進み、両民族が一つの領域を共有し合うような革新的な統治のアイデアが誕生することである。その点、筆者は以前、イスラエルとパレスティナの両民族が一つの領域を共有する体制(仮称:南部レバント合同領域圏)を未来的に予示したことがある(拙稿)。
 
砲弾が飛び交う現時点では空想として一笑に付されかねない私案であろうが、あらゆる戦争の最大契機となる排他的な主権国家という観念から自由になれば、こうした領域共有論も空想ではなくなるのである。さすれば、排他的主権国家内に隔離的自治区を設ける策のほうがよほど空論であったことが理解されるだろう。
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