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比較:影の警察国家(連載最終回)

2022-09-11 | 〆比較:影の警察国家

Ⅴ 日本―折衷的集権型警察国家

2‐1:都道府県警察の半分権構制

 日本の都道府県警察は、すでに見たように、中央省庁としての警察庁を司令塔としながら、各都道府県に警察本部を配するというスフィンクスのような半分権構制を採用するため、その限りで、地方自治体としての都道府県も警察を擁していることになる。
 そのうち、東京都の警察本部に相当する警視庁は、その長官である警視総監が内閣総理大臣の承認を得て国家公安委員会により任免されるため、国家警察に近い特殊な地位にある。
 また、警視庁を含む各警察本部は都道府県知事の所轄下にあるものの、知事は警察に対する直接の指揮命令権を有しておらず、自治という点では、都道府県警察は形骸的なものにすぎない。結局のところ、第一線の警察官を地方公務員の身分とすることで、その俸給を含む警察費を都道府県に負担させることが半分権制の仕掛けである。

2‐1‐x:政令市警察部

 一般の市より広範な自治権を持つ政令指定都市には、市警察部が設置されているが、これは現行警察制度が施行される以前の自治体警察時代のかすかな名残と言えるものである。しかし、現行の市警察部は政令市独自の警察ではなく、政令市が属する道府県の警察本部の出先部門にすぎない。
 そのため、多くは独自の実働部署も庁舎も有しない連絡所にすぎないことが多いとはいえ、道府県警が出先を通じて政令市にも睨みを利かす制度とも言える。ただし、現時点では唯一の例外として、福岡県警北九州市警察部は実働部隊として機動警察隊を擁している。
 これは同市内で暴力団関連事件が多発していることに対応するものとされるが、あらゆる事件・事故に即応するという観点から創設された機動警察隊の全国先駆けでもあり、今後、他の政令市に拡大される可能性もある。政令市警察部の実働化は、都市部での警察活動の強化につながるだろう。
 
2‐2:都道府県固有の特別警察

 都道府県には、警察本部以外に、都道府県固有の特別警察の機能を果たす部署が置かれているが、ごく例外的であり、その人員もわずかである。
 その例として、麻薬取締員、漁業監督吏員、鳥獣の保護又は狩猟の適正化に関する取締りの事務を担当する職員を擁する担当部署、さらに北海道独自の制度として、公有林野の事務を担当する吏員を擁する部署がある。

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比較:影の警察国家(連載第68回)

2022-09-04 | 〆比較:影の警察国家

Ⅴ 日本―折衷的集権型警察国家

1‐6:経済警察の諸相

 前回見た麻薬取締部と労働基準監督署も厚生労働省系の経済警察機関と言える側面を持つが、それら以外に農林水産庁や経済産業省にも国家の経済警察としての機能を持つ機関がいくつか存在する。それらはいずれも、各省の地方支分部局の内部機能という形で散在している。
 そのうち農林水産省系のものとして、その外局である水産庁の地方支分部局として各地に設置されている漁業調整事務所には、漁業関係法令を執行する漁業監督官が配置されている。漁業監督官は漁業関係法令に関しては司法警察職員としての職務権限が与えられ、主に密漁の取締りに当たる。
 海の警察である海上保安庁と任務が近接しているが、水産庁は漁業関連法令の執行と違反事案の立件に関しては優先権を持ち、専用の取締船を保有するため、言わば「漁業警察」としての機能を持つ。
 その点、2018年には水産庁長官を本部長とする漁業取締本部及びその地方支部が各漁業調整事務所に設置されて組織の一元化が図られ、「漁業警察」としての態勢が強化された。
 近年は日本が固守する捕鯨政策に反対し、捕鯨船に対する妨害活動などの直接行動を展開する海外の反捕鯨組織に対する水上での監視活動も水産庁の重要任務となっており、その限りでは本来の密漁取締り任務を超えて、国の漁業政策に敵対する組織を監視するある種の政治警察としての機能も備えてきている。
 同じく農林水産省系の経済警察として、外局の林野庁地方支分部局としての森林管理局がある。ここに属する森林官は森林関係法令の執行に関して司法警察職員としての職務権限が与えられているため、森林管理局には「森林警察」としての機能がある。
 一方、経済産業省系の経済警察機関として、同省地方支分部局である産業保安監督部がある。これは経済産業省所掌事務のうち火薬類の取締り、高圧ガスの保安、鉱山における保安その他の所掌に係る保安の確保に関することを分掌する総合的な保安機関である。
 その中心任務は警察というより監督であるが、その中にあって、鉱山における保安を担当する鉱務監督官は鉱山保安法違反事案に関しては司法警察職員としての職務権限が与えられているため、産業保安監督部は「鉱山警察」としての機能を持つ。とはいえ、その機能は、鉱山の中核であった炭鉱が1970年代以降、続々と閉鎖されていったことにより、縮小している。
 なお、国土交通省の地方支分部局である地方運輸局に属する船員労務官は労働基準法規定の大部分が適用されない船員の労働条件に関して労働基準監督官と同様の職務権限を持ち、違反事案については司法警察職員としての権限を行使できるため、言わば「海の労働警察」と言える。

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比較:影の警察国家(連載第67回)

2022-09-03 | 〆比較:影の警察国家

Ⅴ 日本―折衷的集権型警察国家

1‐5‐1:麻薬警察としての麻薬取締部

 麻薬取締部は、厚生労働省の地方支分部局である地方厚生局に所属する麻薬捜査専門機関であり、アメリカの麻薬取締庁(DEA)に相当する機関であるが、DEAがFBIと並び、司法省に属するのは異なり、薬事行政を担当する厚労省に属する点で、薬事行政の一環としての位置づけが強い。
 そのため、麻薬取締部に所属する麻薬取締官は薬学部卒業者が大半を占めているが、単なる行政官ではなく、司法警察職員としての職務権限を有するため、麻薬取締部は麻薬警察としての性格を持った国家警察機関もある。
 そうした点でも、如上のDEAに近いが、特別捜査官約5000人を擁するDEAに比べ、麻薬取締部の定員は300人程度と、圧倒的に小規模である。そのうえ、麻薬捜査の優先権もなく、権限が都道府県警察と重複し、都道府県警察との協力関係が不可欠であるため、過去には都道府県警察との統合論も提起された。
 ただ、上述したように、麻薬取締部は薬学知識を持った捜査官を擁することに特色があり、都道府県警察とは異なる薬事行政の観点から活動するため、両者には相違点もあり、現時点では統合論は下火となっている。
 麻薬取締官は、法律に基づき、厚生労働大臣の許可を得て、違法に流通している麻薬等を実際に譲り受けるおとり捜査を実行する特別な権限を与えられている点でも警察官とは異なっており、人権上も、都道府県府警察との完全統合には問題を生じるであろう。

1‐5‐2:労働警察としての労働基準監督署

 麻薬取締部と並ぶ厚生労働省系の警察機関として、労働基準監督署がある。労働基準監督署は、その名の通り、労働基準法をはじめとする各法令で定められた労働基準の順守を監督し、かつ労働基準法違反事件を捜査、立件する捜査機関としての役割を持つ点で、労働警察として機能する。
 そのため、労働基準監督官には司法警察職員としての職務権限が与えられている。人員も、厚労省本省や都道府県労働局所属者も合わせれば、約4000人と比較的多く、立件件数も、都道府県警察以外の特別警察の中では、海の警察である海上保安庁に次いで多いアクティブな警察機関でもある。
 その点、労働基準法違反事件は都道府県警察の生活安全部も捜査権限を持っており、麻薬捜査と同様の権限重複が見られるが、専門性の高さから、事実上労働基準監督署に優先性がある。
 とはいえ、労働基準監督署はまさに労働基準の監督業務に大きなウェートがあり、純粋の警察機関ではないが、そうした労働基本権の擁護機関としては、独立性を持ったオンブズマンのような護民官制度には及ばない限界性もあり、警察機能と監督機能の併有には問題もある。

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比較:影の警察国家(連載第66回)

2022-08-21 | 〆比較:影の警察国家

Ⅴ 日本―折衷的集権型警察国家

1‐4:海上保安庁の国境警備隊化

 陸(及び陸の延長としての空)の警察である警察庁に対して、言わば海の警察庁として海上保安庁がある。ただし、海上保安庁は国土交通省の外局として設置されており、警察庁とは政府部内の系統を異にしている。
 元来、戦前は海上保安活動も海軍が実施していたところ、戦後の日本軍解体に伴い、1948年に旧運輸省外局として設置されたのが海上保安庁であり、歴史上は1954年設置の警察庁より数年古い。
 そうした創設の経緯から、海上保安庁は非軍事的な文民警察組織として機能するが、陸の警察と異なり、都道府県は海上保安活動に関与しないことから、海上保安庁を頂点にその地方支分部局として管区海上保安本部が各地に配置される純粋の「国家警察」として機能する点が、陸の警察とは大きく異なる。
 また、自衛隊が防衛出動または治安出動する事態に際しては、内閣総理大臣命令に基づき、防衛大臣の指揮下に置かれる場合がある点も、陸の警察との相違点である。その限りでは、海上保安庁は部分的に軍事的な性格も帯びている。
 そもそも、敗戦後に現行領域まで縮小された日本領土は外国との間に陸上の国境線を持たず、外国との境界線はすべて海上にあることから、海上保安庁は単なる海の警察を超えた事実上の国境警備隊としての任務を帯びているとも言える。
 そうした国境警備隊的な性格は、20世紀末以降、強化されてきている。重要な転機となったのが、1999年の能登半島沖領海に北朝鮮船籍と見られる不審船が侵入した事件である。この事件では、海上保安庁の対処能力の限界から、海上自衛隊に初の海上警備行動が発令される事態となった。
 この事件の教訓から、海上保安庁巡視船の射撃能力の強化、さらには海上保安官による致死傷結果を招く危害射撃の免責条件の緩和といった対策が講じられたことにより、海上保安庁の国境警備隊化が進んだ。
 この傾向は、続いて2001年にも再発した同じく北朝鮮船籍の工作船が九州南西海域に侵入した事件に際し、強化された海上保安庁巡視船との銃撃戦の末、対象工作船が自爆し、乗組員が死亡するという事態で現実のものとなった。
 その後、尖閣諸島周辺海域をめぐっても、近年、中国側のカウンターパートである中国海警局の船舶による示威行動が多発するに至り、これへの対処も海上保安庁の重要任務となる中、海上保安庁の国境警備隊化は一層進行していると考えられる。
 こうした海上保安庁の強化策は陸の警察にも一定の影響を及ぼしていると見え、2001年には警察庁も警察官の武器使用基準の緩和(第一次的な拳銃使用・無警告射撃の容認等)に踏み切っている。

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比較:影の警察国家(連載第65回)

2022-08-07 | 〆比較:影の警察国家

Ⅴ 日本―折衷的集権型警察国家

1‐3‐1:自衛隊保秘組織の政治警察機能

 防衛省・自衛隊系統の警察組織としては、後述の警務隊を別とすれば、法的にも警察として機能する組織は存在していない。しかし、保秘組織である自衛隊情報保全隊は、その運用上政治警察としての機能を持つ。
 情報保全隊は、2003年に陸海空三自衛隊それぞれに設置された情報保全隊を前身とする。その任務は防衛秘密の保持にあり、とりわけ自衛隊に対する外部からの働き掛け等から部隊等を保全すること、つまりは防諜を最重要任務とした。
 そうした防諜任務としては外国諜報機関によるスパイ活動の監視が典型例であるが、これが拡大されて、自衛隊の活動に反対する野党や反戦運動、ジャーナリスト等の動静監視にも及び、実際、自衛隊も参加したイラク戦争に関連して、陸上自衛隊の情報保全隊がそうした監視活動を実施していたことが2007年に発覚した。
 こうした政治的監視活動は公安警察や法務省系の公安調査庁と並び、防衛省・自衛隊系の情報保全隊が言わば三本目の政治警察としての機能を果たしていることをうかがわせるものである。
 しかし、如上の拡大的な監視活動が表面化したにもかかわらず、情報保全隊は制度改正により自衛隊の常設統合部隊として再編され、2009年以降、1000人規模の要員を擁する防衛大臣直轄の自衛隊保全隊として強化されるに至った。
 組織再編後の情報保全隊にも基本的任務は継承されており、むしろ常設統合部隊として政治警察機能も強化されたと言える。
 ただし、冒頭でも述べた通り、自衛隊情報保全隊は法的に警察として活動することはできないため、関係者の逮捕等の強制捜査は許されず、対象に対する動静監視が主となるが、それだけに法に基づかないプライバシー侵害の危険が常在する。

1‐3‐2:自衛隊警務隊の位置づけ

 多くの諸国の軍には軍人の犯罪を取り締まる軍事警察として憲兵隊が組織されるが、戦前の日本にも陸軍に憲兵制度が存在した(海軍にも太平洋戦争中に海軍特別警察隊が創設されたが、その権限は占領地に限局された)。
 しかも、陸軍憲兵は本来任務を超え、司法警察として一般国民を対象とした治安維持活動にも及んだため、反体制運動や反戦運動の弾圧にも動員された。そのため、旧陸軍憲兵隊は内務省系の特別高等警察に次ぐ政治警察として活動したが、敗戦後の日本軍解体に伴い、陸軍憲兵制度も当然ながら廃止となった。
 戦後創設された自衛隊においては、陸海空三自衛隊の警務官が「憲兵」に相当し、陸海空の各自衛隊に警務隊が設置されている。
 しかし、自衛隊警務官は一般市民を対象とする警察権は持たないため、旧陸軍憲兵とは異なる制度である。そのため、警務隊よりはむしろ上述の情報保全隊が機能的政治警察としての性格を帯びることになる。
 ただし、今後の安全保障情勢次第で、情報保全隊と連動して保全隊が対象とする一般市民の摘発に警務隊を動員できるような法改正が行われれば、警務隊の旧憲兵化という事態が生じることにもなり、注視が必要である。

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比較:影の警察国家(連載第64回)

2022-07-24 | 〆比較:影の警察国家

Ⅴ 日本―折衷的集権型警察国家

1‐2‐2:出入国在留管理庁の準警察化

 出入国在留管理庁(以下、在管庁)は、2019年に、法務省入国管理局を独立させて法務省外局として再編した官庁であり、その主任務は名称通り、出入国在留管理にある。公式英語名称をImmigration Services Agency(移民庁)としているが、実態は日本語名称通り、出入国管理にも権限が及ぶ。
 その点では、アメリカの合衆国税関・入国警備庁と合衆国移民・関税執行庁の二つの機関の権限のうち、税関係を除いた部分を併せ持つスーパー法執行機関である。
 長く法務省内部部局であったものをあえて独立させた経緯として、近年、日本の労働人口の減少に伴い、外国人労働者の受け入れが拡大されてきたことに鑑み、在留外国人管理を強化する目的がある。
 そのため、機関名として出入国管理に在留管理が付加されたことは偶然ではなく、むしろこうした在留外国人管理、すなわち在留外国人の監視、とりわけいわゆる不法滞在外国人の摘発強化に重点が置かれている。
 その点、主に合法滞在外国人の動静を政治的な観点から監視する公安警察の一部としての外事警察とは任務の重点が異なるが、相乗的な部分もあり、在管庁の新設は、広い意味での外事警察の拡大を意味している。
 ここには、外国人の受け入れはあくまでも労働力の補充にすぎず、真の意味で移民を認める開放的な多様性政策を志向するのではなく、むしろ治安維持の観点から外国人管理を強化しようとする警察国家的視点がにじみ出ている。
 もっとも、在管庁は強制捜査権を持つ法執行機関ではないから、法的な意味での警察機関ではなく、機能的な警察機関である。ただし、在管庁に所属する入国警備官は警察官に近い階級を持ち、国家公務員法上は「警察職員」の扱いを受けるので、在管庁は準警察機関と言っても差し支えない実態を持つ。
 その一方で、在管庁は不法滞在者を収容する入国者収容所も所管しており、ある種の監獄の運営にも当たるが、ここでは旧入国管理局の時代から被収容者の不当な長期収容、虐待や放置による死傷事案が絶えず、人権上重大な問題が存在している。これは、日本における影の警察国家を象徴する部分の一つである。

1‐2‐3:法務省矯正局と「刑務警察」

 法務省系の警察組織としては、これまでに見た公安調査庁、出入国在留管理庁に加え、法務省矯正局がある。その点で、日本の法務省はその名称どおりの単なる法制官庁ではなく、治安官庁の性格を併せ持つ。
 矯正局は全国の刑務所や少年刑務所、拘置所といった刑事施設の管理に当たる法務省内部部局であるが、ここに所属する通称刑務官(看守)は刑事施設内限定で強制捜査権を持つ特別司法警察職員の資格が与えられる。そのため、矯正局は「刑務警察」としての機能を持つが、日本の刑務官はフランスの行刑局看守要員団のような形で包括的な集団化はされていない。
 ただし、2019年には、刑務所や拘置所、少年院などの矯正施設において、暴動、逃走、災害等の緊急の対応が必要となる「非常事態」が発生した場合に、迅速かつ的確に対処するための警備部隊として、矯正局長直轄の特別機動警備隊が東京拘置所に常設された。
 矯正局が矯正庁のような形で外局化されるかどうかは微妙であるが、少年法改定を含めた厳罰化政策の進展により刑務所人口が増大していけば、刑事施設の管理強化のため外局化される可能性もあろう。

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比較:影の警察国家(連載第63回)

2022-07-10 | 〆比較:影の警察国家

Ⅴ 日本―折衷的集権型警察国家

1‐2‐1:公安調査庁の再活性化

 公安調査庁は法務省(当時は法務府)の外局として1952年に設置された国内保安機関であり、暴力主義的破壊活動団体の強制解散を軸とする破壊活動防止法(破防法)を主要な所管法とする法執行機関としての性格も持つ。比較対象の類似例としては、イギリスの保安庁(MI5)やドイツの憲法擁護庁がある。
 もっとも、内務省系統の機関であるMI5やDGSIとは異なり、日本の公安調査庁は政府の組織上法務省系統の公安機関であるが、発足当初は旧内務省系の元特別高等警察要員の参加が多く、現在でも庁内主要部署の長に警察からの出向ポストがあり、警察庁とも一定の人事交流の慣例が見られる。 
 破壊活動防止法は、戦前の思想弾圧法として猛威を振るった治安維持法とは異なり、思想そのものではなく、いかなる思想であるかを問わず、政治上の主義や施策を推進・支持し、またはこれに反対する目的をもってする暴力主義的破壊活動を取り締まる治安立法であるが、その一見中立的な立法趣旨にもかかわらず、冷戦時代には圧倒的に共産党その他のいわゆる左翼組織の無力化工作に偏重していたことは否定できない。
 そうした点では、警察の枠を超えて国内諜報機関としても機能する公安警察とその業務の相当部分が重なるが、公安調査庁の業務はその名の通り「調査」(≒諜報)にとどまり、警察として強制捜査を実施することができない点で、法的な意味での警察機関ではなく、機能的な政治警察である。
 ただ、都道府県警察の担当部署の寄せ集めである公安警察とは異なり、公安調査庁は純粋な国家機関であり、全国に出先機関を持つ集権的な組織構制であるが、人員は全体でも警視庁公安部要員より少なく、マンパワーが不足しており、能力的な面でも公安警察に及ばないとされ、廃止論も取り沙汰される劣勢の立場にあった。
 そうした中、1994年(松本)と95年(東京)に連続して起きた新興宗教団体・オウム真理教による神経ガス・サリンによる化学テロ事件という前代未聞の大事件が公安調査庁の再活性化の契機となった。
 このような事案の発生は、信教の自由を保障する戦後憲法の下で、新興宗教団体という言わば公安調査活動の死角を突かれたもので、公安調査庁にとっては(公安警察にとっても)その組織的失敗と言うべき事態であり、公安調査庁は組織をかけて制定後初となる破防法に基づく団体解散の請求に踏み切った。
 しかし、請求を受けた公安審査委員会はこれを棄却し、公安調査庁は「敗訴」した。ところが、1999年、政府は破防法の要件を緩和した「無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律」(大量殺人団体規制法)なる新法を制定し、その所管を公安調査庁に委ねた。
 この法律はその一般的な名称にもかかわらず、事実上は専らオウム真理教及びその分裂後継団体に適用される処分的法律であるため、公安調査庁は今日まで継続的にオウム後継団体の監視を主要任務として存続している。
 こうして、公安調査庁は旧オウム真理教後継団体の監視という新任務を得て再活性化されたわけであるが、大量殺人団体規制法はその要件が曖昧であるため、拡大適用も可能である点、今後の情勢次第では、公安調査庁の監視対象の拡張につながる恐れもあり、公安警察の拡大とともに影の警察国家化を進展させる要因となり得る。

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比較:影の警察国家(連載補遺)

2022-06-26 | 〆比較:影の警察国家

Ⅴ 日本―折衷的集権型警察国家

1‐1‐5:機動隊―事実上の警察軍

 機動隊は、治安警備及び災害警備を担当する集団警備警察である。このうち、治安警備とは「国の公安又は利益に係る犯罪及び政治運動に伴う犯罪が発生した場合において、部隊活動により犯罪を未然に防止し、又は犯罪が発生した場合の違法状態を収拾する警備実施活動」とされ、まさに機動隊の筆頭任務である。
 戦後の機動隊の沿革は、占領下での集団警備の必要性から、1948年に警視庁に設置された警視庁予備隊を嚆矢とするが、占領終了後、1954年の現行警察制度の創設以来、1962年までに全都道府県警察の集団警備部隊として順次設置されたものである。
 中でも、警視庁機動隊は最も強力であり、現時点で10隊を擁し、自己完結的に警備力を行使する能力を持つが、地方の多くの警察本部では1個隊態勢のため、広域応援部隊として、管区警察局ごとに管区機動隊連隊や管区機動隊、また北海独自の制度として道警察警備隊が配備されている。
 また予備部隊として、必要時にだけ召集される特別編成の第二機動隊も存在するが、この点でも警視庁は特別機動隊と方面機動隊という二重の予備部隊を備えている。
 近年は、一般の機動隊とは別途、専門機能別に対テロ対策に当たる特殊急襲部隊(SAT)や銃器対策部隊、NBCテロ対応専門部隊、原発特別警備部隊などの専門別部隊の創設も相次いでおり、一般の機動隊が出動する大規模騒乱事案の減少の反面で、「テロとの戦い」テーゼにも対応した機動隊の専門分化が見られる。
 このように、機動隊は基本的に都道府県警察に属しながら、軍隊に類した構制で配備される戦闘警察であり、基幹隊と管区機動隊を併せて1万人を超える要員を擁し、言わば警察軍と呼ぶべき特殊な部門である。
 機動隊の全国指令部に当たるのは警察庁警備局であるが、2019年の制度改正で、同局内に機動隊の運用を主要任務とする警備運用部が設置されたのは、機動隊が言わば国家警察軍のような統合的警備警察組織としての性格を強める第一歩と言え、政治警察としての公安警察と並び、警備警察機能の強化が図られている。

1‐1‐5‐x:特殊警備警察組織

 機動隊とは別途、空港や官邸など特定の施設を警備する特殊な組織がある。中でも、成田と東京の二大国際空港の警備に関わる部隊である。
 その最大のものは、千葉県警察成田国際空港警備隊である。これは組織上成田国際空港を管轄する千葉県警に属しながら、県警の定員枠外として、全国の都道府県警察から選抜された要員で構成された1500人規模から成る特別警備隊であり、その任務には政治警察としての公安活動も含まれるなど、独自の国家警察に近い性格がある。
 もう一つは、東京国際空港警備に特化した警視庁東京国際空港テロ対処部隊であり、これは東京国際空港の拡張に伴い、2014年に設置されたものである。テロ対処と銘打たれているが、基本的には成田空港警備隊と同様の空港警備組織である。なお、警視庁では如上のSATが機動隊から独立して組織されているため、これも特殊警備組織に相当する。
 ちなみに、警視庁総理大臣官邸警備隊は9.11事件後の2002年に発足した特殊警備組織であり、総理大臣の身辺警護とは別途、官邸施設警備に特化した任務を持つ。

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比較:影の警察国家(連載第62回)

2022-06-26 | 〆比較:影の警察国家

Ⅴ 日本―折衷的集権型警察国家

1‐1‐4:サイバー警察の創設

 警察庁の組織構制に関連する近年の重要な改正として、まさに本年2022年4月に新設されたサイバー警察局がある。これは全国都道府県警察によるサイバー犯罪の取締りを統括する警察庁の中央部局であり、1994年に創設されていた情報通信局を改廃したものである。
 従来の情報通信局が警察通信や所管行政の情報管理といった内部業務に対応する部署であったことを改め、近年深刻化するサイバー犯罪への対策に特化した新部局として創設されたのが、サイバー警察局である。
 この新制の特徴として、警察庁の地方機関である関東管区警察局に全国の重大サイバー事案を直接捜査する「サイバー特別捜査隊」を設置したことである。これは中央の警察庁が自ら捜査するものではないが、同庁地方機関が全国を管轄するという変則を通じて、事実上警察庁が直接捜査するに等しく、警察庁が統括管理機関にとどまっていた従来の制度を改変する重要な一歩となる。
 これにより、警察庁が従来にも増して中央統制を強めることになり、都道府県警察の国家警察化が進行することになるという効果の他にも、サイバー警察が中央で統合されることにより、インターネットに対する警察監視が強化されることが想定される。
 その点、つとに情報通信局時代の1999年から同局内にサイバー監視のナショナルセンターとなる情報技術解析課が設置されており、2001年には同課内にサイバーテロ対策技術室が設置され、インターネットを常時監視し、関連情報の集約や分析を行う態勢が整備されてきた。この態勢はそのままサイバー警察局に移管されている。
 さらに、これまた本年成立した侮辱罪の刑法罰則強化とも関連して、政治的な情報統制が強化される可能性も秘めている。その点、侮辱罪は私人のみならず、政治家その他の公人に対しても当然成立する犯罪であるから、政治的な言論が侮辱罪に問われる可能性を拡大し、従来からの公安警察の活動強化と連動することで、「サイバー公安警察」のような影の警察活動が出現することも想定される。
 現時点では発足したばかりであり、国際的関心事でもあるサイバー犯罪対策の一元的強化という趣旨にも対外説明として一理あることは確かだが、今後、サイバー警察が如上の広がりを見せれば、刑事警察と政治警察が複合したより広汎な「情報警察」へと進展する可能性もあり、注視される。

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比較:影の警察国家(連載第61回)

2022-06-11 | 〆比較:影の警察国家

Ⅴ 日本―折衷的集権型警察国家

1‐1‐2:公安警察の再編と拡大

 日本における政治警察の役割を果たす組織の中で権限・陣容共に最大級のものは、公安警察である。ただし、公安警察という統一的な機関が存在するわけではなく、公安警察とは警察庁を頂点とする都道府県警察の公安担当部署の総体を機能的に指すに過ぎない。
 とはいえ、公安警察はその予算が国の支出に係るため、頭部=国、胴体=都道府県という二元的な日本警察のスフィンクス構造の中にあっても、「国家警察」としての性格が濃厚な部分である。言わば、頭部が直轄している胴体部位である。
 そうした公安警察の指令センターとなるのが警察庁警備局であるが、同局は機動隊に象徴される警備警察の管理も兼ねており、形式上は警備警察の中に公安警察が組み込まれる構制となっていることが特徴的である。実際、全国でも独立した公安部を持つのは警視庁のみであり、その余の道府県警察では警備部に公安部署が包設される形である。
 その点、戦前の国家警察制度の中で秘密政治警察として思想弾圧の猛威を振るった特別高等警察とは異なり、思想・表現の自由が広く保障されるようになった戦後の公安警察は単体で活動するものではなく、あくまでも警備警察の一環として、むしろ補助的な役割を果たすはずのものであった。
 ところが実際のところ、公安警察は事実上単体に近い固有の活動を幅広く行い、標的組織への潜入・情報工作など、警察の枠を超えた国内諜報活動を展開し、しかもそのコアな活動は厳重機密であり、都道府県警察本部長ですら把握していないというほどの隠密性が保持されているとされるので、公安警察は事実上、秘密政治警察の性格を強く帯びていると言える。
 その主任務は戦後の発足以来、反共親米体制の下で圧倒的に共産党その他のいわゆる左翼組織の監視・摘発にあったが、冷戦終結後の潮流の変化に応じ、より一般的な市民活動への監視・工作にも及んでいるとされ、一方で国際社会における「テロとの戦い」テーゼに歩調を合わせ、2004年には警察庁警備局に外事情報部(国際テロリズム対策室を包設)を新設するなど、外国人監視を担当する外事警察が増強されている。
 他方、内閣危機管理監や内閣情報官には、従前から警察庁内で刑事警察系統と並び最有力の人事系統とみなされてきた警備公安警察系統の要職を歴任した警察官僚が任命されることがほぼ慣例となっているほか、内閣官房副長官(事務系)にも、2012年から2020年まで二代の首相の下で異例の長期間にわたり警備公安警察系統の警察官僚出身者が勤続するなど、政府中枢への公安警察の人事的浸透が拡大している。
 こうして、公安警察の再編と拡大は、まさしく現代日本における影の警察国家化を象徴する事象と言える。

1‐1‐3:警視庁公安部の特殊性

 如上のとおり、日本の公安警察は警察庁警備局を指令センターとする都道府県警察担当部署の総体に過ぎず、言わば寄せ集め組織である点に活動の限界性もあるのであるが、警視庁は全国の警察本部の中で唯一独立した公安部を持つ点で特殊な地位にある。
 比較対象の外国の制度で見れば、フランスのパリ警視庁内の諜報指令部(Direction du Renseignement de la préfecture de police de Paris:DR-PP)に近いかもしれない。
 警視庁公安部はその内部部署も標的組織や監視対象別に細分化され、外国諜報機関の活動を監視する部署や固有の実力部隊に相当する公安機動捜査隊も備えるなど、首都警察の枠を超えた広汎性を持ち、警察庁の直轄実働部門に近い機能を持っている。
 ちなみに、警視庁公安部は約2000人とされる要員(所轄警察署の公安要員を含む)を擁し、公安警察の中で警視庁公安部がマンパワーの面でも特大級であることがわかる陣容となっている。

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比較:影の警察国家(連載第60回)

2022-05-20 | 〆比較:影の警察国家

Ⅴ 日本―折衷的集権型警察国家

1‐1‐1:警察庁の集権化と行政浸透

 警察庁は、日本特有のスフィンクス型警察組織の頭部を成す警察行政機関として位置づけられるが、完全な国家警察ではないため、それ自身が犯罪捜査や警備・監視などの現場任務を実施するものではない。その点で、ドイツの連邦警察連邦刑事庁とは似て非なる機関である。
 とはいえ、警察庁は単なる形式的な管理機関ではなく、全都道府県警察の頂点に立ち、各警察本部の上級幹部人事を掌握する集権性を持った機関である。特に、1994年の警察法改正に際して、警察庁における言わば参謀本部である長官官房の職務権限を強化し、警察行政全般の総合調整の役割を付与したことで集権性を増している。
 また、この94年改正では、警察庁に生活安全局を新設したが、これは防犯や地域警邏、少年補導、風俗営業規制などの諸分野を統括する新たな部局の設置であり、それにより、都道府県警察業務の中でも最も地域密着型の分野を警察庁が中央から統制できる形となった。これも集権性を増強する制度改正である。
 日本の警察庁のもう一つの特質として、そこに所属する上級警察官である警察官僚が他省庁へ出向または移籍する形を取って、政府部内で横断的に活動することである。中でも、内閣の中枢事務を担う内閣官房である。
 その代表的なものとして、内閣危機管理監がある。これは、90年代の阪神淡路大震災やオウム真理教による化学テロ事件などの事変を契機として、1998年に大災害や大規模犯罪事件などに際しての政府の危機管理対策を統括するポストして新設された官職であり、歴代すべて警察官僚から任命される指定席である。
 もう一つは、同じく内閣官房に属する内閣情報官である。内閣情報官は日本における中央諜報機関である内閣情報調査室の室長を兼ねつつ、日本の諜報機関を束ねて内閣総理大臣に直接報告を行う事務次官級特別職であるが、これも2001年の設置以来すべて警察官僚から任命されており、指定席である。
 危機管理監や内閣情報官が属する内閣官房には三名の副長官が置かれるが、そのうち官僚から任命される事務系副長官は必ずしも警察官僚の指定席ではないものの、歴代しばしば警察官僚が任命されてきた。近年は2012年以来、二代連続で警察官僚から任命されており、指定席化の兆候が見られる。
 それとも関連し、2014年に中央省庁の幹部人事を統括する機関として新設された内閣人事局の局長にも、近年二代連続で警察官僚が官房副長官兼務で任命されており、これが慣例化すれば中央省庁人事全般に警察官僚の統制が及んでいく可能性がある。
 また、2011年の東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所事故を契機に環境省外局として設置された原子力規制員会の事務局となる原子力規制庁の長官も初代以来、現在まで歴代四人中二人が警察官僚であり、その他の下僚出向者と合わせ原子力規制の分野にも警察官僚の浸透が見られる。
 このように、警察官僚はその本拠である警察庁を超えて内閣中枢や他省庁にも人事上浸透し、政府の運営全般に影響力を行使している。このことは、日本における影の警察国家化が警察の活動そのもの以上に、警察官僚を通じて行政的に進行していることを示している。

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比較:影の警察国家(連載第59回)

2022-04-17 | 〆比較:影の警察国家

Ⅴ 日本―折衷的集権型警察国家

1‐1‐0:国家=地方警察の複合構成

 日本の警察機構において物量的に最大のものが警察庁を頂点とする都道府県警察であるが、これは概観でも触れた通り、頭部が国、胴体は都道府県というスフィンクスのような奇な複合組織となっている。
 このような組織構造となった背景として、戦後改革がある。占領軍主導による戦後改革では戦前の警察国家の象徴だった内務省警保局を司令塔とする集権的な国家警察の解体が目指され、代わって、アメリカ的な自治体警察(市町警察)に転換されるとともに、自治体警察が設置されない地域を管轄する国家警察として国家地方警察が設置された。
 これは国と自治体の二元的な警察制度であったが、自治体には警察を維持する財政力が不足していた一方で、国家地方警察本部は公安警備分野では事実上自治体警察より優位にあったことなどから、占領終了後の1954年の警察法制定を機に再度全面改正され、現行のスフィンクス型警察制度に移行した経緯がある。
 その際、戦前の純粋な国家警察の復活ではなく、折衷的な国家=地方警察制度となったのは、新憲法上地方自治制度が導入され、都道府県が限定的ながら自治権を有することとなったのに合わせ、警察制度も限定的に都道府県に分散するという方向性が採用されたためであった。
 これによって、人事上も大多数の警察官は都道府県の地方公務員とされつつ、警視正以上の上級幹部警察官は地方警務官なる身分を持つ国家公務員とされ、まさに都道府県警察の首脳部は国が押さえる形となった。
 さらに複雑なことには、警察監督機関として警察庁を管理する国家公安委員会、各都道府県警察を管理する都道府県公安委員会が相似的に設置されているが、この制度は警察の民主的運営と中立的管理のためとして、アメリカの自治体警察に見られる警察管理委員会制度を模倣したものとされる。
 しかし、国家公安委員長は国務大臣をもって充てられるうえに、その他の公安委員も政権に近い有識者から内閣総理大臣によって政治任命されるため、警察の民主的運営と中立的管理という本来の趣旨は形骸化している。
 国家公安委員会による地方警務官の任命に同意権を持つ都道府県公安委員会も知事の任命制であるため、同様に形骸化するとともに、如上地方警務官の任命に際して不同意とする例はないため、その点でも形骸化している。

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比較:影の警察国家(連載第58回)

2022-04-17 | 〆比較:影の警察国家

Ⅴ 日本―折衷的集権型警察国家

1‐0:国の集中的警察機構

 日本の警察機構は、国に集中していることが特徴である。その点ではフランスの警察制度に近似しているが、フランスのような純粋の国家警察は存在せず、警察庁を統括実務機関とする分散的な都道府県警察制度がその中核にある。
 こうした警察庁‐都道府県警察の系統とは別途、警察庁の附属機関として、天皇及び皇后、皇太子その他の皇族の護衛、皇居及び御所の警衛に当たる特別警察として皇宮警察本部が設置され、一種の近衛警察となっている。
 さらに、法務省系の警察機関として、国内保安機関として政治警察機能を持つ法務省外局の公安調査庁、近年内部部局から独立して準警察機能を高める出入国在留管理庁があるほか、刑務所その他刑事拘禁施設内での警察権を持つ刑務官を統括する法務省矯正局も限定的に警察機関の性格を持っている。
  また、防衛省系の警察機関として、防衛機密の保持を任務とする自衛隊情報保全隊は防諜組織ながら市民活動の監視にも及ぶ限りで機能的な公安警察機能を持つ。なお、自衛隊内の警察活動に専従する陸海空各自衛隊の警務隊は軍隊の憲兵隊に相応するが、自衛隊が軍隊ではないとされる限りにおいて国の警察機関の一つに数えることもできる。
 さらに、国土交通省系の警察機関として海上保安庁がある。海上保安庁は海の警察機関であるとともに、接続水域や排他的経済水域でも活動することから、陸の国境線を持たない日本では、海上保安庁が非軍事的な国境警備隊の役割を担っている。
 また、厚生労働省系の特別警察機関として、麻薬取締部がある。これは名称通り、麻薬捜査を主任務とする捜査機関であり、中央組織を持たず、厚生労働省の地方支分部局である地方厚生局または地方厚生支局に設置される形で、分散的に配置されている。
  同じく厚生労働省系の特別警察機関として、労働基準監督署は労働関係法令違反の捜査を行う労働警察の役割を持っている。この場合、労働基準監督官が司法警察職員として活動する。
 以上の他にも、農林水産省系の警察機関として、水産庁には違法操業などの漁業取締りに当たる漁業監督官が所属し、林野庁には違法伐採等の森林関係犯罪の取締りに当たる森林官を擁する限りで、両庁は警察機関としての機能を有する。
 また経済産業省系の警察機関として、鉱山保安監督に当たる鉱務監督官を擁する限りで、同省地方支分部局である鉱山保安監督部も警察機関として機能する。
 如上の国レベルの警察諸機関は体系的というより、日本の行政の特徴である縦割り構造に組み込まれる形で所管官庁ごとに組織されているが、基本的に警察庁、法務省、防衛省、国土交通省の各系統が主要なものである。

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比較:影の警察国家(連載第57回)

2022-03-27 | 〆比較:影の警察国家

Ⅴ 日本―折衷的集権型警察国家

[概観]

 日本の現行警察制度は戦後改革の結果、戦前の旧内務省に統合された純粋の集権型国家警察制度を改め、地方自治制度の導入に伴い、都道府県に警察を分散する広域自治体警察を基本としている。その点で、これまで見てきた中では、ドイツの制度に比較的近似する。
 しかし、ドイツのような連邦国家ではなく、あくまでも中央集権国家内での地方自治にすぎないため、実質上は国家公安員会に属する中央省庁としての警察庁が全都道府県警察の統括実務機関として機能する国と都道府県の折衷的な集権警察制度である。
 そのため、都道府県警察の警察官は基本的に地方公務員でありながら、東京都警察としての警視庁トップの警視総監はもちろん、各道府県警察本部長をはじめ、警視正以上の上級幹部警察官はいずれも国家公務員の地位を持つという形で、言わば頭は国、胴体は広域自治体というスフィンクスのような奇なる制度となっている。
 この警察庁を統括機関とする全国の都道府県警察は地域警察、刑事警察から公安警備警察まで全警察領域を網羅する自己完結的な総合警察であるが、海上については国土交通省に属する海上保安庁が海の警察として管轄する。
 さらに、海上保安庁を含め、特別司法警察職員という身分を与えられた要員を擁する国家機関(例外的に都道府県部署)が多数あり、それぞれが管轄する特定領域における特別警察機関として機能する。
 また政治警察に関しては、都道府県警察の公安警備部門のほかに、法務省に属する国内保安機関としての公安調査庁が機能的政治警察として存在するほか、防衛関連では自衛隊防諜組織である情報保全隊も防衛機密情報の保持という観点から政治警察機能を持つ。
 このように、日本の警察制度は警察庁が統括する都道府県警察を中核としながら、国の特別警察や機能的な政治警察がその周辺に補完的に散在する形で成り立つが、物量・権限の点で圧倒的な中心は総合警察としての都道府県警察である。
 その統括機関としての警察庁は、同庁上級職員で幹部警察官としての階級をも有する警察官僚が警視総監以下、都道府県警察の本部長職はもちろん、内閣官房を含む他省庁にも出向または転出し、政府中枢に人事面で浸透する形で影の警察国家を形成してきた点に特徴がある。

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比較:影の警察国家(連載第56回)

2022-03-05 | 〆比較:影の警察国家

Ⅳ ドイツ―分権型二元警察国家

2‐3:連邦憲法擁護庁と連邦諜報庁

 連邦憲法擁護庁(Bundesamt für Verfassungsschutz:BfV)は、連邦レベルで反憲法的とみなされる政治的社会的活動を監視し、無力化することを目的とする国内保安機関である。
 連邦警察や連邦刑事庁とともに連邦内務省の管轄下にあるが、身柄拘束や家宅捜索などの強制権限はないため、機能的な意味での政治警察である点、日本の公安調査庁と近似する。
 この機関は元来、旧西ドイツで、旧東ドイツの体制教義であったマルクス‐レーニン主義の浸透を防圧するべく設立された機関であるため、共産党や共産主義団体の監視が本務とされてきた。ところが、記念すべき初代長官オットー・ヨーン自身が東ドイツに一時亡命するというスキャンダラスな出発をしている(当人は「誘拐」を主張)
 この機関は「憲法擁護」という冠名とともに、しばしば旧西ドイツがナチズムを克服するモットーとし、現行の統一ドイツにも継承されている「闘う民主主義」、すなわちドイツ民主主義は民主主義を破壊する者とは闘い、これを排撃するという勇敢なイデオロギーを象徴する機関として美化されることもある。
 しかし、冷戦期には共産党及び共産主義的とみなされた諸団体の抑圧を主目的として活動してきた点では、実態として、イギリスのMI5をはじめ、西側諸国における国内保安機関と変わりないものである。そのため、その活動の圧倒的重心は共産党及び共産主義的とみなされた諸団体の監視と無力化とに置かれてきた。
 そうした活動の偏向性は冷戦終結と東西ドイツ統一後に役割の転換が進められてきた中でも変わりなく、2012年、BfVがネオナチ地下組織による連続殺人事件に関する関連資料を破棄していたことが発覚し、長官が辞任するという新たな不祥事からも窺える。
 冷戦終結以後、近年はイスラーム過激主義団体や宗教カルト、さらには刑事犯罪組織にまでBfVの監視対象はかえって広がっており、各州におけるカウンターパートとなる州憲法擁護機関の存在と相まって、連邦と州にまたがる機能的な政治警察網が形成されるとともに、連邦刑事庁など刑事警察機関との連携関係も強化され、影の警察国家化を促進している。

 なお、連邦諜報庁(Bundesnachrichtendienst:BND)は本来、アメリカのCIAやイギリスのMI6をカウンターパートとする対外的な諜報機関であり、連邦首相府に属する連邦政府直轄機関である。
 その本務は警察ではないが、やはり冷戦終結・東西ドイツ統一後の役割転換の中で、国際テロリズムに対する諜報という治安任務が加わり、機能的な公安警察化を来たしている点では、諸国のカウンターパートと同様の傾向にある。

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