今日、民主主義を標榜する諸国では、一般国民も平等に選挙権を持つ普通選挙制度が定着しているが、普通選挙制度が確立される以前、普通選挙という考えは過激思想とみなされていた。反対論の有力な根拠の一つは、一般大衆に果たして政治判断力があるのか、だった。
今日ではこれは時代遅れの古い疑問とみなされるが、今般のアメリカ大統領選挙の結果を見ると、SNSやAIが駆使される選挙過程の電子化という現代的な状況の中、改めてこの疑問が浮上してくる。
※アメリカ大統領選挙では、一般投票の結果を直接には反映しない各州選挙人を通じた間接選挙制という古風な選挙制度が護持されているが、今回は一般投票でもトランプが勝利している。
実際、部分的な政策ばかりでなく、人格識見や言動を含めた総合評価では二大候補のどちらが21世紀の第二四半期を始める合衆国大統領によりふさわしいかは明らかと思われたが、アメリカの多数派有権者は34件もの罪状により刑事陪審裁判で有罪評決を下された人物を大統領に返り咲かせた。
※2016年のヒラリー・クリントン(vsトランプ)に続いて、女性大統領を再び拒否した意外なほど保守的なアメリカ人気質も影響したと思われるが、ここではそうしたジェンダー論は保留する。
SNSやAIが駆使される電子化された選挙過程では、人格識見や品格ある言動はもはや優先的判断基準とならず、インターネットを通じた派手なプレゼンテーションに長けた扇動者が従来にも増して当選しやすいことがはっきりと証明された。
とりわけ、「嘘」が重要なプレゼン手段となったことが恐ろしい。「嘘」を活用する選挙戦略としては戦前のヒトラーとナチスという巨大な先例がすでにあるが、電子化選挙の時代には、「嘘」はより大きな効用を持つ。
候補者や陣営、支持者に加え、特定候補者の当選を望む外国政府までが繰り返し、たゆみなく電子的な手段で「嘘」を発信・拡散させれば、それが選挙過程では「真実」にすり替わり、ファクト・チェッカーたちが奮闘しても、もはや是正は効かない。カントがいかなる理由があろうと絶対的に許されないという厳格な道徳律を立てた「嘘」が、選挙過程では最も有効な戦術的手段となってきたのである。
これは、世界各国の野心的な選挙候補者・政党への激励となり、今後、世界中で模倣され、「嘘」戦術が世界に拡散するだろう。もはや、普通選挙制度は民主主義を保証しないどころか、民主主義を危うくすると断じても過言でない。
世界で最も歴史の長い民主主義の信奉者であったはずのアメリカ有権者が、事前予想の僅差ではなく、明確にアメリカン・ファシズムを選択したことが何よりの証拠である。同時に、この選択はトランプに象徴されるような資本家・経営者層が伝統的な政治献金を介さず、自ら直接に政治権力を掌握する資本至上主義をも反映している。―全く自慢にならないが、筆者はトランプ一期目の終了時点で、復権を半ば予見していた(拙稿)。
もっとも、トランプ政権は既に一期経験済みであるが、―筆者はトランプの初当選前からアメリカン・ファシズムを警告していた(拙稿)―第一期トランプ政権はまだ試運転的であったうえに、終盤ではコロナ・パンデミックという思わぬ災難に見舞われ、十分には展開できなかった。二期目は、たたき台となる右派系民間シンクタンクによる綱領文書も存在しているから(トランプは無関係を強調するが)、イデオロギー色が一期目より強まると予想される(拙稿)。
しかし本来、自由主義に基づく民主主義を支柱とするアメリカ合衆国憲法にファシズムの余地はない。但し、それは憲法が定める古典的な三権分立が機能する限りにおいてである。但し、それも大統領が就任式の宣誓文言どおり合衆国憲法を順守することが前提である。この二重の「但し」が担保される限り、アメリカではファシズムは不可能である。
ところが、一番目の「但し」は、上下両院を共和党が征する見込みとなったことで議会による大統領の監視と牽制は期待できなくなっている。司法による審査と抑制についても、すでに第一期にトランプが送り込んだトランプ政権に忠実な連邦最高裁判所・連邦下級裁判所の超保守派判事と二期目でも送るであろう同様の超保守派判事の存在により、機能しない。一番目の「但し」が崩れれば、二番目の「但し」も形骸化する。よって、アメリカン・ファシズムは現実化する余地を獲得している。
もっとも、ファシズムになっても、連続か返り咲きかを問わず、大統領任期を二期八年に制限する憲法修正第22条により、四年間の期間限定ファシズムではある。但し、これも、トランプ再選大統領が憲法を守って四年で退任した場合のことである。憲法に違反して政権に居座ったり、1951年に制定された比較的新しい修正第22条を廃止する憲法再修正を断行し、任期制限を撤廃するなら、「トランプ終身大統領」さえもあり得る。トランプ崇拝の支持者の中にはそれを望む熱狂者もいそうである。
そのようなことが起こらなかったとしても、ファシズムの四年はアメリカの自由主義・民主主義を破壊するのに十分すぎる年月である。今後、カナダや英国、オーストラリア等、よりましな英語圏への「自主亡命者」が続出するかもしれない。
繰り返せば、現代の電子化選挙過程は民主主義を保証しない。それどころか、民主主義を破壊する危険に満ちている。2024年アメリカ大統領選挙は、アメリカに限らず、選挙過程の電子化が進む日本を含めた諸外国に対しても重大な警告となった。
最後に我田引水。これからの民主主義は「嘘」戦術に左右される一般投票ではなく、代議員としての適格性を証明された代議員免許を持つ者の中からくじ引きで選ばれた代議員によって構成される民衆会議を軸としたものでありたい。