25 反人道犯罪について
これまで見てきた「犯則→処遇」体系にあっては、法と道徳が混在した「犯罪」という観念から脱し、「犯則」という純粋に法的な概念に置き換えたうえで、犯則行為者に対する科学的な処遇を導くことが目指されるのであるが、このような体系の下でもなお、「犯罪」として残されるもの―言わば、「最後の犯罪」―がある。それが、人道に反する罪(反人道犯罪)である。
反人道犯罪の代表的かつ究極的な事例は今なおナチスドイツが犯したホロコーストであるが、その具体的な定義は現行の国際法によって定められている。
現行国際法上は、国際刑事裁判所規程において、ホロコーストのようなジェノサイド(大虐殺)とそれ以外の人道に対する罪とを区別しつつ、以下の定義が規準となっている。
なお、私見によれば、人道に対する罪の極点と言うべきジェノサイドを人道に対する罪とわざわざ区別する必要性はなく、いずれも反人道犯罪として包括するほうが明快である。
第六条 集団殺害犯罪
この規程の適用上、「集団殺害犯罪」とは、国民的、民族的、人種的又は宗教的な集団の全部又は一部に対し、その集団自体を破壊する意図をもって行う次のいずれかの行為をいう。
(a)当該集団の構成員を殺害すること
(b)当該集団の構成員の身体又は精神に重大な害を与えること
(c)当該集団の全部又は一部に対し、身体的破壊をもたらすことを意図した生活条件を故意に課すること
(d)当該集団内部の出生を妨げることを意図する措置をとること
(e)当該集団の児童を他の集団に強制的に移すこと
第七条 人道に対する罪
この規程の適用上、「人道に反する犯罪」とは、文民たる住民に対する攻撃であって広範または組織的なものの一部として、そのような攻撃であると認識しつつ行う次のいずれかの行為をいう。
(a)殺人
(b)絶滅させる行為
(c)奴隷化
(d)住民の追放または強制移送
(e)国際法の基本的な規則に違反する拘禁その他の身体的な自由の著しい剥奪
(f)拷問
(g)強姦、性的な奴隷、強制売春、強いられた妊娠状態の継続、強制断種その他あらゆる形態の性的暴力
(h)政治的、人種的、国民的、民族的、文化的または宗教的な理由、性に係る理由その他国際法の下で許容されないことが普遍的に認められている理由に基づく特定の集団または共同体に対する迫害
(j)人の強制失踪
(j)アパルトヘイト犯罪
その他の同様の性質を有する非人道的な行為であって、身体または心身の健康に対して故意に重い苦痛を与え、または重大な傷害を加えるもの
これらの反人道犯罪は、一般的な殺人等とは本質的に異なり、単なる法違反としての反社会的行為ではなくして、その核心は、人間性そのものへの敵対にある。それは人類共通の法に違反する行為であると同時に、それを越えた人倫に反する行為として把握される。
このような普遍的な性格からしても、反人道犯罪は民際的な司法手続きによって審理される必要がある。現行国際法体系上は国際刑事裁判所で審理されるが、このような常設の裁判所でルティーン化された審理をするよりも、各反人道犯罪案件ごとに公平に人選された検事団及び判事団から成る非常置の特別法廷を設置して審理するほうが、公正さを確保できるだろう。
問題は、このような反人道犯罪を犯した人物の処遇如何である。その点、国際刑事裁判所規程では、最大で終身刑を上限とする自由剥奪刑という伝統的な「犯罪→刑罰」体系に沿った処遇が定められているが、これでは、一般的な犯罪との区別がなく、人倫に反する行為としての反人道犯罪の性格を曖昧にする。
反人道犯罪は、通常の犯罪を越えた集団的な反人倫事象であるからして、一般的な刑罰では不足である。同種事象の再発防止を完璧なものとするためにも、より強力な根絶処分を要する。こうした根絶処分には、致死的処分と僻地での終身労役処分の二種がある。
具体的には、主唱者、計画者及び実行指揮者並びに実行管理者は、生きて復権することを許さないためにも、致死的処分に付する必要がある。それに対して、末端実行者は致死的処分を要しないが、終身間の僻地労役処分に付する。
ただし、改悛の状が著しい実行管理者は終身間の僻地労役処分に減軽する一方、改悛の状が認められない末端実行者は主唱者等並みに致死的処分に付する。
致死的処分の執行方法は、熟練射手による銃殺とする。おそらくは、この方法が最も瞬時的に対象者の生命を停止できる“人道的な”処分だろうからである。僻地での終身労役処分は、それ自体が反人道的な奴隷労働と化さないよう配慮しつつも、一般労働より厳しい現業労働を課する。
さらに、反人道犯罪は個人的な犯罪ではなく、集団的な犯罪であるからして、必ずその司令塔たる組織なり団体なりの集団が存在する。こうした反人道犯罪を主導した集団(複数の場合あり)は、強制解散及び資産没収並びに再建禁止の処分に付する。
なお、対象となる集団が軍その他の公的機関である場合も例外ではなく、当該公的機関は解散等の処分に付されるが、公的機関の場合は、然る後に、全く別の構制で再編・再建されることは認められる。