第三部 不真正ファシズムの展開
1:不真正ファシズムについて
第三部では、不真正ファシズムという戦後ファシズム現象の中心的な事例を扱う。不真正ファシズムとは、「ファシズム」ではあるが、明確にファシズムを綱領とする政党ないし政治勢力を通じた真正ファシズム体制とは異なり、明確にファシズムを綱領としない政党ないし政治勢力を通じた実質上のファシズム体制を指す用語として使用する。
第一部でも見たように、戦前のファシズム体制は真正ファシズムが主流的であった。その二大巨頭であったイタリアとドイツを敗北・崩壊させた第二次世界大戦後もファシズムの潮流そのものは消滅することはなかったが、戦後国際秩序が表向き「反ファシズム」を掲げてきた手前、ファシズムは隠れ蓑を必要とするようになった。そうした言わば「隠れファシズム」がここで言う不真正ファシズムである。
そして、こうした不真正ファシズムは現在型(及び未来型)のファシズム体制の主流にも連なるまさに本連載の主題である「戦後ファシズム」の中心に位置するものである。ただ、不真正ファシズムは種々の隠れ蓑をかぶることから、単なる超保守主義と真正ファシズムの中間的・両義的な性格を帯びることが多く、それをファシズムと認定することへの異論も生じ得る論争的な概念である。
特に不真正ファシズムは民主主義を偽装する隠れ蓑として議会制を利用し、議会制の外観を維持したり、完全に適応化することさえもあるため、外部の観察者やメディアからは議会制の枠内での超保守的政権(極右政権)と認識されやすい。実際、単なる超保守的体制と不真正ファシズム体制との区別はしばしば困難であり、超保守的政権が政権交代なしに長期化すれば、何らかの点で不真正ファシズムの特徴を帯びてくることが多い。
こうした不真正ファシズムに分類可能な体制としては、つとに第一部で見た戦前ブラジルのヴァルガス体制や第二部で反共ファシズムという観点から見たパラグアイのストロエスネル体制といういずれも南米の事例があった。
ただ、ヴァルガス体制は政党を一切排除するという変則的な体制であり、ストロエスネル体制はコロラド党という伝統的な保守政党をベースとしながらも、軍事政権の性格を併せ持つもので、いずれも不真正ファシズムとしては必ずしも好個の事例とは言えないものであった。すでに各該当箇所で論じたこれらの事例については第三部では再言することなく、ここではより典型的に不真正ファシズムの事例とみなし得る歴史的事例を取り上げていく。