六 軍用学術としての近代科学(続き)
数学・物理学と兵器
理論学術の代名詞である数学・物理学も、軍用学術としての顔を持つ。中でも、弾丸や爆弾、近年ではロケット弾や弾道ミサイルなど、およそ飛翔型兵器すべてに通じる弾道計算を行う弾道学の分野である。
本格的な弾道学は大砲の発明に始まると言われるが、近代弾道学の基礎を築いたのは、16世紀イタリアの数学者ニコロ・フォンタナ・タルタリアである。独学の数学者であった彼は、それまで経験的な知見に依存していた弾道計測を初めて数学的に基礎づけ、45度射角で発射された砲弾が最も長距離を飛翔することを発見した。
弟子を介してガリレオを孫弟子に持つタルタリアは近代科学が形成される以前の科学者というより数学者であり、より精確な運動力学に基づく弾道学の成立は、ニュートン力学以後を待つ必要があった。
その点、ニュートン流古典力学を踏まえた弾道振り子を発明したイギリスの数学者・物理学者ベンジャミン・ロビンスの著書『新砲術原理』は弾道学を革新した科学的著作であった。同書はドイツの数学者レオンハルト・オイラーによって翻訳され、ドイツにも紹介された。
弾道振り子は兵器そのものではないが、弾丸の速度や運動量を物理学的に正確に計測する用具として革新的であったところ、より直接的かつ精確に発射速度を計測できる弾道クロノグラフが19世紀初頭にフランス軍によって開発されて以来、弾道振り子は時代遅れとなる。
このように、弾道学はとりわけ実践性が強い軍事科学であるため、19世紀以降は軍人科学者による自前での研究開発が進められていく。その過程で、弾丸が発射されるまでの運動を扱う砲内弾道学と発射された後の運動を扱う砲外弾道学が分岐していった。
このうち砲内弾道学に関しては、アメリカ陸軍砲兵士官トマス・ジャクソン・ロドマンによる一連の実験や発明が先駆的であった。中でも革新的な中空鋳造の鋳鉄製銃である名もロドマン銃を開発し、南北戦争での北軍の勝利に貢献した。
他方、砲外弾道学に関しては、ロシア軍の砲術家ニコライ・マイエフスキーはドイツの軍需企業クルップ社の工場に派遣されて実験を行い、それをもとに勘に依存しない精緻な砲外弾道計算式を確立し、近代弾道学の発展に寄与した。
その点、ロシアは18世紀初頭に時のピョートル大帝が設置したモスクワ数学・航海学校を前身とする砲術学校を擁して砲術研究を国策として展開した。19世紀半ば以降はミハイロフスカヤ軍事砲術学校としてロシア軍事科学の教育研究の中核となり、如上マイエフスキーも同校卒業生にして教官ともなった。
ちなみに、マイエフスキーが派遣されたクルップの大砲工場は19世紀末、様々な弾道実験の場としても活用され、弾道学の発展に貢献しており、軍産連携による兵器の共同開発の先駆例ともなった。