一つの企画。ひとつの活動。けっこう経緯があるものだ。新潟しもまちつつじ祭り。13回の歴史がある。しもまちに面した早川堀通り。かってはどぶ川だった。第1回新潟国体を前に埋め立てられた。4車線の道路となった。国体終了直後の新潟地震。2メートルの津波。下町を襲った。昭和石油の火災。タンクの破裂する音と光がまだトラウマとなって記憶に残る。
多くの紆余曲折を経てしもまちの開発に「水辺空間を持つ遊歩道」の開発構想が出た。20年以上の経緯がある。私の父の口癖だった「俺の生きている間には実現しない構想」はその通りだった。が、世代を超えた私の時代に実現した。息の長い構想だが、時間を経て実現する構想もあるということ。
50年を経てどぶ川の埋め立て跡地の再開発。
立派な水辺空間と遊歩道が完成した。
おやじにも見せてあげたい。
今、新たに学校跡地に再開発の手があがった。行政も動き始めた。
多くの時間と協力が必要だろう。
俺の生きている内にはできない。そんな事はない。と思いたい。今、生きている住民と再開発の成果を共に味わいた。早川堀の歴史と経緯を是非生かしたいと思っている。