完全無農薬・無肥料栽培 挑戦8年目で手応え 農業は感動ある仕事
貧しさや世間の常識と闘いながら、果樹では絶 対不可能と言われていた完全無農薬・無肥料 栽培を実現させ、「奇跡のリンゴ」で知られる木 村秋則さん(59)=青森県弘前市=が4日、酪 農学園大学(江別市)で講演した。信念に従い、 自らの歩みを「失敗をたくさんした分、多くの答え を得ることができた」と振り返る木村さんに、思い を聞いた。(北里優佳)
「前歯がなくて聞き苦しいかもしれんですけど」と 津軽弁で断りながら、「今でもリンゴの花が咲くと、 本当にありがたく、特別に美しいと思うよ。農業には、暗いイメ-ジが 多いけど、感動ある仕事なんだ」と笑顔で語る。結婚を機に農業の 道に進んだ木村さんは、妻が農薬に過敏な体質で肌がただれたた め無農薬栽培を志す。書店で手にした自然農法の提唱者、福岡正 信さんの本を参考に29歳の時、4つあつたリンゴ畑すべてで農薬の 使用をやめた。
収穫なく出稼ぎ
リンゴ栽培は、数多くの害虫や病気を防ぐため、農薬が不可欠とされ いきた。農薬をやめた木村さんの畑には花が咲かなくなり、収穫はゼ ロの年が続いた。生活の糧を得るため、冬場は出稼ぎで道内の造材 現場などを転々とした。しかし先行きは見えず、「申し訳ない」という気 持ちでいっぱいになり、自殺しょうと地元の岩木山に入山。ロ-プをつ るすのに手ごろな枝を捜していたところ、生き生きと茂る木々の存在 に気づいた。「化学肥料も農薬も散布されないのにどうしたことかと思 いましたよ」。地面にさわってみると土がほこほこしていた。土の重要 さに気づかされた。多様な雑草が茂る自然の生態系を畑に再現するこ とで、挑戦から8年目に二つの実を付けることができた。「新しいことは 何もやっていないんです。ただ、畑に自然の仕組みを取り込んだた゜ け」。ワサビや泥などを木にまいては失敗した日々を「すべて知ってい たつもりだったけど、足元の土を見ていなかった」と振り返る。
木村さんの人生や取り組みにつては、石川拓治著が詳しい
害虫の最低限の防除のため希釈した醸造酢を振りかける以外、こ の30年間、農薬、肥料は使っていない。だが、土は柔らかくなり、 土中の温度も一定で、害虫もあまり目にしなくなつた。「土が冷たい と植物も嫌がるのではないか」というが、理由は分からない。「『酢 に効果がある』のではなく、本来の力を取り戻し『酢でも効果ある』木 になつたのでは」とみている。
自然栽培を広め
自殺を考え、一度失った命と思い、16年前からは道内をはじめ国内 外で、リンゴだけでなく米や野菜などの自然栽培を広めている。実は、 リンゴ以前に米と野菜づくりでは自然栽培で実績を挙げていた。「道 産米は東京でも人気。大地を生かしてこそ北海道」と強調する。おか ゆをすする極貧生活を送り、「変人」とやゆされながら得た独特の技 術。しかし、独り占めするつもりは全然ない。「食べ物の技術はみん なで共有しなきゃ。無農薬栽培というと高いイメ-ジあるけど、技術が 広がれば、一般の価格で手に入るようになる」と話した。
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同大などが主催した講演会には募集定員の倍の約550人が詰めか けた。開場の講義室に入りきれない人向けに講堂入り口のロビ-に は中継用の大型画面を設置。講演では最後に、「『農家は世の中で 一番楽しい仕事』と思える社会をつくって行きましょう」と力を込めて呼 び掛けた。