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平成22年度日医母子保健講習会(2011.2.20) 「八戸医師会のうごき」掲載原稿

2011年11月07日 | こども・小児科
平成22年度母子保健講習会
平成23年2月20日(日) 東京都 日本医師会館

「虐待は小児科のcommon diseaseである」という言葉が複数のシンポジストから相次いで発せられました。大阪の幼児放置死事件も記憶に新しいところですが、国や地域で対策が重ねられてきたものの改善のきざしは見えていません。特に、関係機関の関与のない0歳児、0ヶ月児、生後0日の死亡例が大きな課題となっています。 

 震災のニュースの合間に虐待死の事例が報じられると、「どうしてこんな時に…」と思わざるを得ませんが、何があろうと現実は変わっていないことを認識すべきなのでしょう。

 ATLは古くて新しい問題で、宮城県の浅野前知事らの働きかけもあり、昨年秋に政府特命チームが発足し、抗体検査公費負担などの事業がスタートすることになりました。母子感染防止のための母乳遮断、抗体陽性者へのカウンセリングなどの微妙な問題も含まれており、産科医、小児科医をはじめとする関係者の共通の理解が求められています。

メインテーマ「子ども支援日本医師会宣言の実現を目指して-5」

シンポジウム「HTLV-1母子感染予防対策について」

1)ATLについて
  塚崎邦弘(長崎大学大学原研内科准教授)

 HTLV-1キャリアは日本に約100万人おり、数十年以上の経過で約5%(年間約1000人)がATLを発症し、数年以上の経過で0.3%がHTLV-1関連脊髄症(HAM)を発症している。
 ATL発症のリスクファクターは男性、ウイルス量、年齢、家族歴などである。献血者スクリーニングと妊婦健診、授乳遮断による一次予防は確立しているが、二次予防は明らかではない。
 ATLは慢性型/くすぶり型から急性型/リンパ腫型まで病態は多様であるが、多剤併用療法により治療成績は改善しているものの、予後は依然として不良である。欧米ではIFN/AZT併用療法が標準的治療法になっているが、わが国では保険適用がない。分子標的療法も開発されてきている。同種造血幹細胞移植ではGVL効果を期待する「ミニ移植」が主に選択されている。多様なATLに対する標準治療法の開発と確立は日本でしかできない今後の課題である。

2)母子感染について
  増崎英明(長崎大学医学部産婦人科教授)

 長崎県において1987年から続けられている研究事業により、HTVL-1母子感染の主経路が母乳であることが証明され、母子感染率は人工栄養では2.4%(経路は未解明)、母乳栄養では20.5%、6ヶ月未満の短期母乳では8.3%であった。凍結母乳も有効だがデータが得られていない。妊婦の抗体陽性率は約5%から1.5%まで下降しており、1988年以降に出生した妊婦の抗体陽性率は0.6%まで低下していた。
 実際には、キャリア妊婦の悩み、家族間の問題、医療への不信感、医療側のインフォームド・コンセント重視かパターナリズム重視かという問題などがあり、説明担当者を決めて混乱を防ぐなどの配慮が求められた。

3)患者の立場から
    安河内眞美(美術商やすこうち代表)

 九州出身の演者はATLに発症し、同胞のHLAが一致して鹿児島の専門医でミニ移植を受け成功したが、告知の際の医師の一言によって傷つき、セカンドオピニオンにより受診した専門医の一言で安心した体験から、医師の言葉の重要性を会場の出席者に強く訴えた。

4)行政の立場から
    泉 陽子(厚生労働省母子保健課長)

 1990年以来、マニュアル作成や調査などの取り組みが続けられてきたが、2010年9月にHTLV-1特命チームが設置され、12月に総合対策が取りまとめられた。HTVL-1抗体検査の公費負担、カウンセリングや医療体制の整備、研究の推進、県における協議会設置などが実施されることになる。抗体検査はPAかEIAで行い、陽性例にはWB法で確認する。子どもには3歳で抗体検査を実施する。保留例へのPCR検査などは今後の検討課題である。

シンポジウム「0歳児における虐待防止対策の取り組み」

1)行政の立場から
  杉上春彦(厚生労働省虐待防止対策室長)

 児童虐待防止法は二度の改正を経て10年が経過したが、虐待件数は増加し続けており、0~2歳児が全体の20%前後で推移している。平成20年度の虐待死亡例(心中以外)のうち0歳児が58.2%、そのうち0ヶ月児が66.7%、0ヶ月児のうち日齢0日が61.5%となっている。
 妊娠・周産期の問題では、望まない妊娠、妊婦健診未受診、母子手帳未発行が多く見られ、特に日齢0日児に顕著だった。養育者の問題では、母親は育児不安、養育能力の低さ、衝動性が、父親は攻撃性、衝動性、怒りのコントロール不全が多かった。児相の関与例は10.9%で、関係機関の関与のない事例は21.9%であった。

2)現場からの考察
   市川光太郎(北九州市立八幡病院院長)

 虐待の増加は、現代の日本人が耐性や創造性を獲得せず、社会性が未発達のまま、快楽主義に走り、自己愛を育てられずに成人化していることに起因し、家族・家庭力の低下が虐待の背景として大きな比重を占めていると考えられる。
 望まぬ妊娠、家庭・家族力の低下、親としての自覚を感じないケース、原因不詳の4つに分けて、小児救急現場で遭遇する虐待例の数々が紹介されたが、家庭内事故に隠れる児童虐待は見抜くのも難しく、医学的に虐待が疑われても、社会的に認知されず立件できないことも多い。
 子どもの安全基地は母であり、母子の安全基地は父親である。家族・家庭力アップのために地域社会全体での対応が必要だが、早期から関与できる産科・小児科医療従事者の積極的な関わりが、虐待防止の大きな予防的ケアとなる。

3)小児科診療所の立場から
    内海裕美(東京都小石川医師会理事)

 虐待は予備軍を含めれば10年位前から小児科のcommon diseaseになっている。川崎病と同様に見逃してはいけない疾患だが、疑わないと見つからない。疑う医師になるには、専門的な知識だけでなく、常識的な違和感を大事にすることが重要である。診療所では特にネグレクトの早期発見と対応が求められる。疑っても見て見ぬふりをするのは二重の虐待である。
 虐待は機能不全家族からのSOSであり、加害者もまた被害者である。加害者を責めずに、上手に入院を勧めて子どもの安全確保をはかる。子どもを守るには親を守ることが必要で、保護者の養育意欲の回復・維持を一緒に見守る役割が地域の小児科医には求められている。

4)ペリネイタルビジット事業について -大分県ペリネイタルビジット事業から-
    岩永成晃(大分県産婦人科医会理事)

 大分県では平成13年のモデル事業以来、産婦人科、小児科、行政等が協力して全県でペリネイタルビジット事業を実施しており、全出産約1万例の1割、初産の2割に利用されている。多くの妊婦への育児支援、育児不安の予防とともに、専門部会でハイリスク者の掘り起こしと支援への橋渡しを行い、100例以上で保健師の訪問指導につながっている。全出産にまで拡大することはマンパワーや経済的な面で難しい。

指定発言 虐待予防と妊産婦メンタルヘルス 岩手県の取り組み

 虐待加害者の62.4%は実母で、その4割に「うつ状態」が関与しており、母親に対する周産期からのメンタルヘルス支援により虐待が減少すること、虐待加害者の6割は虐待を受けた経験があることが知られている。
 岩手県では、全ての産科医療機関で産後早期から周産期医療従事者が容易に対応できるエジンバラ産後うつ病質問票(EPDS)、育児支援チェックリスト、赤ちゃんへの気持ち質問票を用いてスクリーニングを実施している。
 いくつかの虐待事例の母親でEPDSが低得点であったことから、上記の3点セットを導入し、加えて虐待ハイリスク群を考慮した関わりや、スタッフが「関心を持って」対応すること、医療機関から地域保健機関への連携と継続ケアなどにより虐待の一次予防、世代間伝達を断ち切ることを目指している。平成23年度からデータベースの構築も始まる。