今年2月に「福島県で甲状腺がん確定3人、疑い7人」という報道がありネット上でも大きな議論になったが、6月に入って「2年間で確定12人、疑い15人」という新たな数字が公表され波紋を呼んでいる。
福島県の検討委員会では、チェルノブイリとの比較や年齢の高さなどから、原発事故の影響ではなく大規模な検診により早期に発見された「スクリーニング効果」であるとの見解を崩していない。本当にそれで何の疑問もないのか、数字を元にして検討してみたい。
(表1)福島県の県民健康管理調査「甲状腺検査」結果
まず、この疑い例の解釈について、感度と特異度を変えてシミュレーションしてみたところ、穿刺吸引細胞診の特異度は十分高く(偽陽性は少ない)、感度は少し劣る(偽陰性あり)と考えると、疑い例のほとんどは甲状腺がんだと推計することができる。実際に、11年度の確定例は3例から7例に増えており、経過観察中の15例の中からも今後確定例が出て来るものと予想される。
初年度と2年目の有病率を比べると、疑い例を含めて10万人あたり27人から12人に減少しているが、二次検診受診者からの検出率は約6%で同程度であり、受診率が上がれば有病率も上昇する可能性が高い。初年度は浪江町などの避難地域が、2年目は福島市などの中程度汚染地域が対象となっているが、汚染レベルとの関連は明らかではない。従来の常識では、原発事故から1年以内に増加してくることは考えにくいが、3年目の低汚染地域の結果を見てみないとまだ安心できない。
「従来の100万人に1~2人の発生率と比べると…」という議論も散見されるが、発生率と有病率を区別して考える必要がある。有病期間を10年と仮定して、スクリーニング効果により10年分まとめて発見されたと考えると、発生率は10万人あたり1~2人程度となり、従来の約10倍という推計になる。この数字は、ベラルーシで90年代初頭に甲状腺がんが急増していた時期と同じレベルだということに注意が必要だ。
(図1)甲状腺癌のベラルーシにおける発見率
一方で、弘前・甲府・長崎3市における一般小児の超音波検査でも福島と同程度の頻度で嚢胞や結節が検出されており、検討委員会では「福島は安全だ」ということの根拠としているが、この結果と甲状腺がんの発見状況を矛盾なく説明することは難しい。
いずれにせよ、二巡目以降の傾向を見てみないと判断はできない。現時点で、甲状腺がんの予想外に多い発見状況に対して、放射線被曝が原因だと大騒ぎすることには賛成できないが、この結果を受けても「チェルノブイリは4年目から増加したから…」「チェルノブイリとは被曝量も違うしヨード環境も違うから…」原発事故と関係ないと断定することの方が非科学的だと言わざるを得ない。
問題の根源には「避難の必要なし」として適切な情報提供をせずに被曝回避策を怠った行政や医学者が、舌の根も乾かぬうちに「原発事故とは関係ない」と言っても何の信頼も得られないという現実がある。
チェルノブイリでは甲状腺がん以外のがんや他の疾病には影響がなかったことになっているが、ヤブロコフ博士の『チェルノブイリ被害の全貌』によれば、無視できない健康影響が現在も続いていることは間違いなさそうだ。日本でも同じことが起きるというわけではないが、もし何らかの変化が生じたとしても、現在の態勢では検知することは難しい。
「脱原発を実現させたい運動家が福島の子どもたちに健康被害が出ることを願って騒いでいる」などという言説が医師の間からも出ていることを憂慮している。結果的に何の健康影響も無ければそれに越したことはないが、冷静に考えれば、放出された放射能の総量と被曝人口を考えると、全く何も無いという前提に立つことはあり得ない。甲状腺検診もそのような観点から実施されているはずだ。
もし二巡目以降に増加傾向が明らかになったと仮定して現時点に立ち戻って考えてみても、被曝を避ける一般的な注意以外には、やはり検診を進めていくことしか無さそうだ。しかし、積極的に避難を勧める時期は過ぎたとしても、除染・帰還を推進する政府に対して、子どもを持つ親には予防原則に従って慎重な立場を崩さないでほしいと強く願う。
(青森県保険医協会新聞の「核燃リレートーク」に掲載予定)
福島県の検討委員会では、チェルノブイリとの比較や年齢の高さなどから、原発事故の影響ではなく大規模な検診により早期に発見された「スクリーニング効果」であるとの見解を崩していない。本当にそれで何の疑問もないのか、数字を元にして検討してみたい。
(表1)福島県の県民健康管理調査「甲状腺検査」結果
まず、この疑い例の解釈について、感度と特異度を変えてシミュレーションしてみたところ、穿刺吸引細胞診の特異度は十分高く(偽陽性は少ない)、感度は少し劣る(偽陰性あり)と考えると、疑い例のほとんどは甲状腺がんだと推計することができる。実際に、11年度の確定例は3例から7例に増えており、経過観察中の15例の中からも今後確定例が出て来るものと予想される。
初年度と2年目の有病率を比べると、疑い例を含めて10万人あたり27人から12人に減少しているが、二次検診受診者からの検出率は約6%で同程度であり、受診率が上がれば有病率も上昇する可能性が高い。初年度は浪江町などの避難地域が、2年目は福島市などの中程度汚染地域が対象となっているが、汚染レベルとの関連は明らかではない。従来の常識では、原発事故から1年以内に増加してくることは考えにくいが、3年目の低汚染地域の結果を見てみないとまだ安心できない。
「従来の100万人に1~2人の発生率と比べると…」という議論も散見されるが、発生率と有病率を区別して考える必要がある。有病期間を10年と仮定して、スクリーニング効果により10年分まとめて発見されたと考えると、発生率は10万人あたり1~2人程度となり、従来の約10倍という推計になる。この数字は、ベラルーシで90年代初頭に甲状腺がんが急増していた時期と同じレベルだということに注意が必要だ。
(図1)甲状腺癌のベラルーシにおける発見率
一方で、弘前・甲府・長崎3市における一般小児の超音波検査でも福島と同程度の頻度で嚢胞や結節が検出されており、検討委員会では「福島は安全だ」ということの根拠としているが、この結果と甲状腺がんの発見状況を矛盾なく説明することは難しい。
いずれにせよ、二巡目以降の傾向を見てみないと判断はできない。現時点で、甲状腺がんの予想外に多い発見状況に対して、放射線被曝が原因だと大騒ぎすることには賛成できないが、この結果を受けても「チェルノブイリは4年目から増加したから…」「チェルノブイリとは被曝量も違うしヨード環境も違うから…」原発事故と関係ないと断定することの方が非科学的だと言わざるを得ない。
問題の根源には「避難の必要なし」として適切な情報提供をせずに被曝回避策を怠った行政や医学者が、舌の根も乾かぬうちに「原発事故とは関係ない」と言っても何の信頼も得られないという現実がある。
チェルノブイリでは甲状腺がん以外のがんや他の疾病には影響がなかったことになっているが、ヤブロコフ博士の『チェルノブイリ被害の全貌』によれば、無視できない健康影響が現在も続いていることは間違いなさそうだ。日本でも同じことが起きるというわけではないが、もし何らかの変化が生じたとしても、現在の態勢では検知することは難しい。
「脱原発を実現させたい運動家が福島の子どもたちに健康被害が出ることを願って騒いでいる」などという言説が医師の間からも出ていることを憂慮している。結果的に何の健康影響も無ければそれに越したことはないが、冷静に考えれば、放出された放射能の総量と被曝人口を考えると、全く何も無いという前提に立つことはあり得ない。甲状腺検診もそのような観点から実施されているはずだ。
もし二巡目以降に増加傾向が明らかになったと仮定して現時点に立ち戻って考えてみても、被曝を避ける一般的な注意以外には、やはり検診を進めていくことしか無さそうだ。しかし、積極的に避難を勧める時期は過ぎたとしても、除染・帰還を推進する政府に対して、子どもを持つ親には予防原則に従って慎重な立場を崩さないでほしいと強く願う。
(青森県保険医協会新聞の「核燃リレートーク」に掲載予定)