踊る小児科医のblog

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運動療法は禁煙治療の第一選択となり得るか 〜「運動+禁煙」により「喫煙・肥満・うつ」の悪循環から脱出を

2016年10月26日 | 禁煙・防煙
#2016年9月19日に日本タバコフリー学会(神戸)で発表した演題の抄録です。

運動療法は禁煙治療の第一選択となり得るか
〜「運動+禁煙」により「喫煙・肥満・うつ」の悪循環から脱出を

【目的】運動が禁煙の助けになることは経験的に知られており、助言指導や行動療法の一つとして取り入れられているが、運動自体が各種の依存症を根治し得るという知見が明らかになりつつある。運動療法が禁煙治療の第一選択となる可能性について論じたい。

【背景】青森県は男女とも平均寿命が最下位で、喫煙率は男性1位、女性2位(2010年)と高く、飲酒率(男性)、食塩消費量、インスタントラーメン消費量、運動をする人の割合などもワースト1である。青森県タバコ問題懇談会では、受動喫煙防止対策などの規制を求める活動を続けてきたが、喫煙対策でも全国の後塵を拝してきた。脱短命県を最重点課題として官民の取り組みが行われているが、喫煙対策はおざなりの状態にあり、現状を打破していく必要性を感じてきた。

【仮説】喫煙(ニコチン依存症+喫煙関連疾患)は「運動不足・肥満・糖質塩分過剰・アルコール依存症」および「うつ・産後うつ・自殺・虐待」と相互に連関して悪循環を形成している。食生活から取り組んでも行動変容・意識改革は困難であり、鍵となっている薬物依存症であるタバコを断ち切るために、運動と禁煙治療(薬物療法)の組み合わせにより、非喫煙+運動・適正体重・適量飲酒+メンタルヘルスという好循環への変容が可能となる。

【文献上の検証】Rateyは著書『脳を鍛えるには運動しかない』(2008)において、運動によりドパミン、セロトニン、エンドカンナビノイド等が増加し、ほとんどの人にとって運動が依存症・うつ・ストレス・抗加齢などの最適処方となり得ると記載している。一方、Cochrane LibraryにおいてUssherら(2014)は、運動群で6〜12ヶ月後の長期予後が有意に改善したのは20の臨床研究の中で2つだけだったと統括している。

【考察】個人レベルでは村上春樹氏のように走り始めて禁煙したという人は珍しくない。薬物の刺激により生じた依存症を、生理的な依存症(ランニング依存症など)に置き換えることにより、爽快感、達成感、自己肯定感が得られ、再喫煙の危険性は小さくなる。基礎疾患がある場合は程度に応じた負荷強度の選択が必要だが、既にCOPDを発症している場合でも、呼吸リハビリよりも下肢の運動リハビリの方が長期予後を改善するとされており、運動は禁煙の導入・維持のみならず、残存する疾患リスクや他の生活習慣病リスクの軽減にも寄与することが期待できる。

【結論】運動療法を禁煙治療の単独の項目と位置づけて、全ての喫煙者に推奨すべきである。

福島県小児科医会の甲状腺検査見直し要請を憂慮する

2016年10月24日 | 東日本大震災・原発事故
 甲状腺がんに関する錯綜した状況について、何らかの判断ができるのは三巡目を見てからで、最終的な結論には10年は必要、それまで医療不信を解消しつつ受診率を維持することが肝要とお伝えしてきたが、危惧していた事態が現実となってしまった。

 鎌田實氏は「福島県小児科医会には、驚いた。いったい、どういう考えなのだろうか」と批判した上で、「二巡目でも多数見つかっていることは、スクリーニング効果では説明できない。不安を取り除くには、しっかりと甲状腺検査をし、見つかったがんはできるだけ早期に治療すること。もし甲状腺検査を縮小すれば、不信感が起こり、かえって不安を増長することになる」という至極真っ当な見解を表明した(毎日新聞)。

→さあこれからだ/132 甲状腺検査縮小 隠れる真実=鎌田實
 毎日新聞2016年9月18日
 http://mainichi.jp/articles/20160918/ddm/013/070/026000c


 同会が福島県に要請した声明を確認してみたが、縮小という文字はないものの、「事業実施の一部見直しを含む再検討」という表現には現状維持という意味はなく、地元紙の記事でも「会長は、規模を縮小しても放射線被ばくによる影響の有無などを把握することは可能との認識を示した」と、明確に規模縮小について言及している。

→平成28年度福島県小児科医会声明(2016年8月28日)
 http://fukushima-ped.jp/archives/147.html


 これに批判的な意見の中には、一巡目での「多発」が確定的であるという見解が含まれているが、ここではその立場はとらない。3月に発表になった「中間とりまとめ」では、被曝線量、発見までの期間、事故当時の年齢、地域別の発見率の4点を総合的に判断して、放射線の影響を「完全には否定できない」が「考えにくい」と評価している。しかし、この評価には二巡目との比較を考慮していないという重大な欠落がある。

 同会の声明にも二巡目と比較して考察した形跡は見当たらない。

 ここで、9月までの甲状腺がん検出状況を確認してみると、先行検査(一巡目)では確定101+疑い14=115人、本格検査(二巡目)では確定34+疑い25=59人。有病率は先行検査が38.3人、本格検査は21.2人/10万。推定発症率の推移はグラフに示した。「先行検査は保留、本格検査での増加は確実」という1年前の判断は何ら変わりない。



 推定発症率は、スクリーニング効果を10倍と仮定して計算した。これを20倍まで上げれば、検討委員会の評価も妥当と言えるかもしれないが、その場合は本格検査との差が更に大きく拡がってしまう。原因の如何に関わらず、本格検査での増加は否定できない。

 生検や手術は従来からのガイドラインに従って実施されており、過剰治療の可能性は否定されている。本格検査における年齢分布が先行検査と大差ないことは希望的材料と言えるが、現在の検出状況を合理的に説明できる見解はどこからも出されていない。

 いずれにせよ、最低でも三巡目の結果を待たなくてはならず、「中間とりまとめ」でも検査継続の必要性が強調されている。同会の要請は問題点をはき違えた間違った判断だと言わざるを得ない。

 何よりも問題なのは、同会の要請に対して、全国の小児科医や医療関係者から批判的意見が全くと言っていいほど聞こえてこないことだ。鎌田氏が指摘したように、この事態が医療不信を増長させたことは間違いない。

(この記事の内容は環境部や保険医協会の統一見解ではなく、青森県小児科医会とも全く関わり合いがないことをお断りしておく)

※某業界紙に掲載予定の原稿です

「甲状腺がん累積174人」という数字(足し算)は無意味。有病率・推定発症率(割り算)が問題

2016年10月08日 | 東日本大震災・原発事故
安倍首相が福島県の甲状腺がんの患者数を答えられなかったからと言って鬼の首をとったように騒いだり溜飲を下げている方たちへ。お願いだから、少し頭を冷やして、一緒になって脱原発や社会のあり方を変えていく方向で考えていただけませんか。

別の原稿を書いている途中のところですが、この2つのグラフの違いは、一目みればおわかりいただけると思います。

1)累積患者数(2016.09)


先行検査①で115人、本格検査②で59人、合わせて174人もの甲状腺がんが発生している、さあ大変!
とおっしゃっている方の頭の中には、こういった積み上げグラフのイメージがありませんか?

2)有病率・推定発症率(2016.09)


こちらについては、確定した評価方法が提示されているわけではありませんが(=そのこと自体が大問題)、先行検査①と、その後の本格検査②とで、有病率や推定発症率がどう変化しているか(増えているのか減っているのか)を比較するために、独自に、
 先行検査① 10で割る(スクリーニング効果10倍)
 本格検査② 2.5で割る(検査間隔2.5年)
という方法でグラフ化したものです。
(詳細は一つ前のentryや、ブログ内で「甲状腺」で検索して過去の記事を御覧ください。)

当ブログでは、先行検査①の「多発状況」が放射線被曝のために増加しているかどうかは保留のままとしております。スクリーニング効果を20倍程度と仮定すれば、ほとんどがそのためと考えることも可能ですが、前entryにも書いたように、そうすると本格検査②との差が更に広がってしまい、本格検査②の検出状況は危機的な数字ということになってしまいます。

1)の累積患者数で先行検査①に本格検査②、本格検査③(まだ始まったばかり)を足していくことでは、何もわかりません。

最大の焦点は、2)のグラフの右下にある本格検査③の0という数字です。
これが先行検査①、本格検査②よりも更に上に伸びていくのか、その中間か、①と同程度か、①よりも下回るか。
それによって、これまでの数字の意味合いは全く変わってきます。

だから、検査はまず三巡目まで見て、その後最低でも10年までは追い続けないといけないのです。

前entryの最後と同じ結びですが、その意味で、福島県小児科医会の要望は言語道断だと言えるのです。

福島県の甲状腺がん 115+59=174人 本格検査の推定発症率(8.72)は先行検査(3.83)の倍以上

2016年10月02日 | 東日本大震災・原発事故
2月以降作業できていなかったのですが、6月と9月発表のデータを一緒にチェックしてみました。結果としては新たな変化はなく、これまでと同じペースで甲状腺がん(確定・疑い)が増えており、その解釈は三巡目以降の変化にかかっているという点でも見解は変わりません。
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先行検査①(2011-13)
       甲状腺がん     有病率   推定発症率
       確定+疑い=合計  1/10万 (※1)
2015年8月  98 14 112 37.3  3.73
2016年6月 101 14 115 38.3  3.83
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本格検査②(2014-15)
       甲状腺がん     有病率   推定発症率
       確定+疑い=合計  1/10万 (※2)
2016年2月  16 35 51  21.6  8.64
2016年6月  30 27 57  21.3  8.52
2016年9月  34 25 59  21.8  8.72
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(これまで折れ線グラフで表記していましたが、各時点での検査の進捗状況を<増加>と誤解しやすいので、縦棒グラフに変更しました)

9月から三巡目の本格検査の結果も公表されていますが、まだ判定結果は出ていません。混同を防ぐため、ここでは先行検査①、本格検査②、本格検査③と表記することにします。

先行検査①では経過観察の中で確定が3人増加し、115人に達しています。本格検査②でも51→57→59人と増加し、その中で確定例の割合も増加しています。

ここで、先行検査①(115人)と本格検査②(59人)を足して174人に増加したと書くことは、それ自体間違いとは言えませんが、それぞれの検査の性格と経時的変化を見誤ることにつながるので、ここでは「足して増えたと騒ぐ」のではなく、「割って比較する」ことを続けています。

有病率(検査集団における発見率)は一次検査受診者数を分母にして単純に割った数字で、推定発症率は当ブログでは独自に次のような方法で比較しています。
 ※1 先行検査① スクリーニング効果を10倍として 1/10
 ※2 本格検査② 検査間隔を2.5年として 1/2.5

繰り返しになりますが若干の説明を加えます。スクリーニング効果にもっと大きい数字を入れれば先行検査①における推定発症率は低くなりますが、本格検査との差がより大きくなってしまいます。本格検査②の検査間隔は2年の人が多いので、平均すれば2.5年よりも短くなるので、2.5で割っているのは保守的な数字です(実際よりも低く見ている可能性が大きい)。

推定発症率は、
先行検査①が2016年6月の時点で 3.83
本格検査②が2016年9月の時点で 8.72

本格検査②の59人の、先行検査①の結果は「A判定が54人(A1 28人、A2 26人)、B判定が5人」です。

スクリーニング効果が大きいと思われる先行検査①の115人で大騒ぎしている人が、その後たった2〜2.5年で59人(本格検査②)も発症(*)していることに鈍感なのは、繰り返しになりますが、「割らずに足している」からだと思われます。

*ここで言う「発症」は、がんが実際に発生した時期に関わらず、検査で検出されて診断されるまで増大したことを意味します。

本格検査②だけで判断すれば、これまでと同様に「先行検査①と比べて増加は明らか」となりますが、これが実際に意味のある数字なのか、何らかの影響による見かけ上のものなのかは、三巡目以降の結果を追っていかないと判断できません。

その意味でも、福島県小児科医会の要請は言語道断と言えます。その点については、稿をあらためたいと思います。