10月中旬から、日本脳炎と不活化ポリオ接種後にみられた死亡事例について報道されています。詳細な情報が手元にない段階で、因果関係の証明や否定は元々非常に困難だという前提の元に、コメントしてみます。(10/26に書いた文章に、10/31の厚労省委員会の結果を受けて加筆修正しました。)
1)日本脳炎 10歳男児 10月17日 接種後5分で心停止、2時間半で死亡
このケースは接種後5分には心肺停止していたと伝えられていますので、予防接種という行為との直接的な関係が考えられますが、アナフィラキシー(強いアレルギー反応)による経過としては少し早すぎるように思われます。
この年齢で「接種を嫌がって逃げたところを待合室で取り押さえて接種した」ということと、何らかの疾患で薬を飲んでいたという情報から、軽度の発達障害などの基礎疾患があったと考えられますが、死亡との関係も不明です。不整脈を起こしやすい疾患や併用薬の副作用も疑われますが、原因やワクチンとの因果関係がこれ以上明らかになることはないと思われます。
このやや特殊な1例だけを根拠に日本脳炎の接種全体を見合わせることにはならないものと予想されます。(10/31の委員会でも同様の判断でした)
2)日本脳炎 10歳未満の子ども 7月 接種後7日目に急性脳症にて死亡
接種翌日から感冒症状、2日後に発熱、痙攣の重積、7日目に死亡。剖検はしておらず、ワクチンとの因果関係は否定できないものの、夏かぜのウイルス感染による脳炎・脳症などの紛れ込み事故の可能性が強そうに思われます。基礎疾患として甲状腺機能低下症、てんかん、発育遅延があったとのことです。
日本脳炎は2009年に新しいワクチンで接種が再開されてから1000万接種以上で関連が疑われた死亡事例はありませんでした。なお、この2例で使用されたワクチンは阪大微研製で、当院で採用している化血研ではありません。
また、急性散在性脳脊髄炎(ADEM)はウイルス感染やワクチン接種後などに生じる原因不明のアレルギー性脱髄疾患で、現在のワクチンはより安全性が高められたはずですが、引き続き発生頻度(1/131万)に注意は必要です。
3)不活化ポリオ 6ケ月~1歳の女児 9月 接種後18日で嘔吐、翌日死亡
これは明らかに「紛れ込み事故」と断言できます。不活化ワクチン接種後ずっと元気だったのに18日目にいきなり症状が出ることは考えられません。
現在、日本は乳児死亡率が世界で最も低い国の一つですが、それでも千人あたり2~3人、全国で毎年100万人生まれた赤ちゃんのうち2000~3000人(毎週50人前後)が1歳前に亡くなっています。その多くは先天的な重い病気や小さな未熟児などですが、元気に育っていた赤ちゃんが突然亡くなる「乳幼児突然死症候群(SIDS)」という病気により、かつての年間500人からここ数年は年間150人程度に減ったものの、全国で毎週3人前後の赤ちゃんが突然死しているのです。(SIDS の最大の要因は父親・母親の喫煙です)
今回の3例はSIDSではなく年長児も含まれていますが、様々なウイルス感染による脳炎・脳症や心筋炎、それまで診断のついていなかった病気などによって、元気な子どもが急激に重症化したり死亡したりすることも稀にあります。
特に乳幼児期は多くの予防接種を短い間隔で接種している時期ですから、接種後の一定の期間に重篤な症状が出たり死亡した例が発生することは避けがたく、ワクチンとの関連が強いのか、何らかの病気によるものかを区別することは困難になります。そこで、定期接種であれば因果関係が不明な紛れ込み事故も含めて予防接種の有害事象として救済措置がとられることになるのです。
ポリオの生ワクチンから不活化ワクチンへの切り替えの際に、マスコミは「危険な生ワクチン」「安全な不活化ワクチン」というレッテルを貼って混乱を助長しました。これまでこの院内報でもお伝えしたように、ワクチンに限らず医療には「ゼロリスク」というものはありません。不活化ワクチンでも非常に少ないとはいえ他の予防接種と同程度の頻度で急性の副反応や、ワクチンと関係のない「紛れ込み事故」が起こり得ることを理解した上で、病気にかかった場合の大きなリスクも考慮して判断していただければと思います。
日本脳炎に関しては、人から人への感染が無いことと、青森県内にいるなら感染のリスクは非常に低いことから、もし心配なら少し様子を見てから接種しても問題は生じないでしょう。ポリオは未接種者が多く輸入感染による流行が懸念されていることに加えて、今回の死亡例と接種との因果関係は否定的なことから、接種を見合わせるべきではありません。
リンク
第7回予防接種部会日本脳炎に関する小委員会資料(2012.10.31)(厚生労働省)