京阪に深草という駅がある。深草といえば「深草の少将」だ。小野小町に恋い焦がれて死んでしまう人だが、死ぬほど誰かを恋い焦がれることができるのは幸せなことだ。その幸せにあやかろうと思ってみたが、一見したところはなんでもない土地だ。駅を出てすぐに疎水が流れている。そこに架かる橋を渡ると伏見街道の旧道だ。旧街道らしい風情がなんとなく漂っている。その街道を渡ると少し傾斜が現れ、正面に高台を望むことになる。高台には石峰寺という黄檗宗の寺がある。晩年の伊藤若冲が暮らした場所であり、境内には若冲が下絵を描いて石工に彫らせたという五百羅漢が並ぶ。蚊が多いことを除けば極楽のような風景だ。五百羅漢のある一帯は写真撮影禁止だが、撮影を許すとカメラを持って石仏のように固まってしまう人が続出するからだ、と言われても冗談とは思えない。尤も、ここの心地よさは写真では伝わるまい。ここに限らず写真で伝わるようなことはしょせんその程度のことでしかない。実際にその場に身を置いて体験してこそ心が動く。心が動き、それが快楽と感じられるなら、自然にそこに自分が在ることの証を求めたくなる。寺で売られていた作者不詳の五百羅漢の木版画を買って寺を後にした。