熊本レポート

文字の裏に事件あり

タイ国エメラルドトライアングルに逃避した裸の悪女

2017-04-10 | ブログ

 一年中で最も暑いのが、水掛祭りを中旬に迎える四月である。
 ここタイでは西暦の新年、中国暦の春節、そしてタイ暦の旧正月と年に三回も正月を祝うが、日中は焼け付くような陽射しが照り付け、赤茶けた地面からも沸き出てくるような暑さの旧正月では、お互いに水を掛け合うソンクラーンというイベントまで催される。
 真っ白なオフショルダーのトップス、膝上25センチのショートパンツという人目をひく格好は、そうした蒸し暑い気候からの身なりであったが、年齢を繕う意識も確かにそこにはあった。新たな同棲を始めたタイ人の男には承知された山根節子の62歳という実年齢にあったが、それでも女の性、見栄が彼女にそうしたファッション意識を持たせた。
 マスコミも帯同したタイ警察が訪ねて来て、逮捕容疑が告げられると、予期していたかのように節子は手早くフード付きのジャージに着替えて拘束となった。
 タイ東北部にエメラルドトライアングルという森林から流れ出てくるムーン川と、国境を跨ぐメコン川とが合流する地点がある。そこの川沿いに連なる形でコーチアムという郡都があって、その街の警察署に節子は勾留された。インターポールに基づく引き渡しは入国管理局の取り扱いになるが、それを前提にした上での警察の取り調べである。 
「日本人の山根節子か、出資法違反容疑で国際手配されているが、これに間違いはないか・・・」
 恒例の報道向けの撮影を終えると、節子は二人の捜査官と通訳に誘導されて取調室に入ったが、そこで唇の厚い、眼球の鋭い方の捜査官が再び逮捕の理由を語った。
「理解は出来るのか」
 黙っていると、骨太い声で通訳に続けたが、この二年間に15回もタイに入国していることからして、それは通訳抜きでも節子には理解が出来た。
「私も被害者」
 頭からフードは外したが、顎を引いて顔を落とし、膝の上の両手に視線を置いたままの節子は、通訳にも聞き取れにくいか細い声で、そう呟いた。第三者には理解の困難な本音ということになるが、それが彼女の生き方、人生から出される本心であった。
 最初の取り調べは事務的に淡々と行われたが、それでも二時間を要した。
 三畳ほどの独房に引率されて、そこに置かれた固いベッドの上に体を伸ばして眼を閉じると、節子は無意識に肩から力を抜いて「ふぅ~ッ」と息を漏らしたが、それは逮捕されたことへの安堵でもあった。そうした気持ちからか、瞼の裏に遠い故郷が思い出されて、熊本での生活が走馬灯のように浮かび上がってきた。
 彼女は熊本市と隣接する町の山合の谷間に住まいを構えていたが、住民はその四年近くも留守にしている自宅を『〇〇御殿』と称した。億円以上の建築費を要したという見方もそうだが、姫御殿どころか、『〇〇』とは女性なら口にもできない隠語であって、それは「乗り替える度に増築される御殿」という意味合いからの風評であった。
 この御殿と今回の事件とを絡めて話題にしている日本での報道など、節子には知るよしもなかったが、そもそも事件は第三の愛人関係、いや事実婚にあった赤本謙一町議会議員との仲が切れて、建築業を個人で営む家田清春との関係に入った後、隣村に建てた別荘からスタートしていた。この御殿と事件とは、全く無縁である。   
 節子は最初の離婚後、自宅に近い熊本市の場末でスナックを営んでいたが、同時にタクシー業者の愛人となった。その彼が経営破綻して、今度は後に町長となる富花草三郎と男女関係を築くのだが、町長選挙に出馬して当選すると、彼は関連会社のカーディラーから高級車を手切れだとして渡して、彼女を新たに赤本へ紹介したのである。これが、節子にも届いた種々の風評であった。
 その赤本も妻から離婚を突き付けられ、四選も消え失せると、「金もなければ出稼ぎでも行って来なっせ」と節子は福岡へ送り出したわけで、これが彼女の人生、生き方である。
 知恵を出して、汗を流して御殿を得たわけでもない彼女の生き方、人生からして、全国から70名余りの出資者らを募って、総額七億円近い大金を集めた出資法違反の主犯と決めつけられては、「私も被害者」というのが精一杯の言い訳であったが、これが彼女である。
 隣村に赤い色調を特徴にした洋風造りの別荘も彼女は手にしたが、そこを営業本部にすることになった。節子にとって、新たな貢ぎ者の出現である。平成二十五年、それは周囲の山々が桜の満開を告げる春であった・・・。 
(最近の事件をヒントにした創作です)