ウイグル族約100人を中国送還=トルコで暴徒がタイ公館襲撃
タイ政府は、トルコで発生した反中暴動に関連して、国内に不法入国していたウイグル族100人を中国に送還したと報じられております。送還に際しては、中国当局から「適切に取り扱う」との確約を得た、というのですが、この”やさしげな言葉”、信じても大丈夫なのでしょうか。
そもそも、トルコでの反中暴動の原因は、中国政府が、ウイグル人に対して過酷な弾圧政策を遂行してきたことにあります。戦後、中国が東トルキスタンを詐術的に併合し、今日に至るまで、ウイグル人を迫害してきたからこそ、トルコの人々がウイグル人のために声を挙げているのです。こうした状況下にあって、中国が、タイとの約束であれ、不法に国外に脱出した経歴を持つウイグル人を”やさしく”扱うとは思えません。中国への送還を決めたタイの判断は、適切であったのでしょうか。歴史においては、相手国を信じたばかりに自らに禍を招いてしまう事例は、枚挙に遑がありません。1920年に起きた尼港事件の経緯を知った時には愕然としましたし、ユネスコの世界遺産登録での一件でも、外相合意が反故にされたことが日本国側の誤算の始まりでした。相手国の言葉、あるいは合意を信用するか、否かの判断を誤ると、後に、信用判断のミスを問われることにもなりかねないのです。相手を信じることは社会一般では美徳の一つですが、特に国際社会では、美徳を発揮した側が窮地に陥ることも少なくないのです。
ウイグル人を弾圧してきた中国が最もその責めを負うべきことは言うまでもありませんが、仮に、中国が送還されたウイグル人に対して制裁等を加えた場合、既にメディアでは批判的に報じているように、タイ政府もまた、手厳しい批判を受けることになります。”適切な取り扱い”とは、ウイグル人に対する人道的な保護を意味するとは限らず、中国にかかれば、拷問さえ”適切な取り扱い”と解釈されるかもしれないのですから。中国の”やさしげな言葉”は、信じたいと思いつつも、その後の悲劇を予測すればこそ、信じてはならないのではないかと思うのです。
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タイ政府は、トルコで発生した反中暴動に関連して、国内に不法入国していたウイグル族100人を中国に送還したと報じられております。送還に際しては、中国当局から「適切に取り扱う」との確約を得た、というのですが、この”やさしげな言葉”、信じても大丈夫なのでしょうか。
そもそも、トルコでの反中暴動の原因は、中国政府が、ウイグル人に対して過酷な弾圧政策を遂行してきたことにあります。戦後、中国が東トルキスタンを詐術的に併合し、今日に至るまで、ウイグル人を迫害してきたからこそ、トルコの人々がウイグル人のために声を挙げているのです。こうした状況下にあって、中国が、タイとの約束であれ、不法に国外に脱出した経歴を持つウイグル人を”やさしく”扱うとは思えません。中国への送還を決めたタイの判断は、適切であったのでしょうか。歴史においては、相手国を信じたばかりに自らに禍を招いてしまう事例は、枚挙に遑がありません。1920年に起きた尼港事件の経緯を知った時には愕然としましたし、ユネスコの世界遺産登録での一件でも、外相合意が反故にされたことが日本国側の誤算の始まりでした。相手国の言葉、あるいは合意を信用するか、否かの判断を誤ると、後に、信用判断のミスを問われることにもなりかねないのです。相手を信じることは社会一般では美徳の一つですが、特に国際社会では、美徳を発揮した側が窮地に陥ることも少なくないのです。
ウイグル人を弾圧してきた中国が最もその責めを負うべきことは言うまでもありませんが、仮に、中国が送還されたウイグル人に対して制裁等を加えた場合、既にメディアでは批判的に報じているように、タイ政府もまた、手厳しい批判を受けることになります。”適切な取り扱い”とは、ウイグル人に対する人道的な保護を意味するとは限らず、中国にかかれば、拷問さえ”適切な取り扱い”と解釈されるかもしれないのですから。中国の”やさしげな言葉”は、信じたいと思いつつも、その後の悲劇を予測すればこそ、信じてはならないのではないかと思うのです。
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