万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

フランス大統領選挙に見える人類の共通課題

2022年04月15日 11時04分42秒 | 国際政治

 先日フランスで実施された大統領選挙では、過半数を超える票を獲得した候補者はおらず、現職のマクロン大統領と国民連合のルペン氏による決選投票に持ち込まれることとなりました。両者の主張は見事なまでに正反対なのですが、特に関心を集めているのは、ウクライナ危機の最中にあっての安全保障政策の基本方針です。親NATO政策を推進してきたマクロン大統領に対して、ルペン候補は、NATOの軍事機構からの脱退を主張しているのですから、同大統領選挙の結果は、まさにフランスという国の運命を決することとなりましょう。

 

 NATOの軍事機構からの脱退はルペン氏が初めて言い出したわけではなく、1966年にシャルル・ド・ゴール大統領が脱退を宣言して以来、アメリカとの間に一線を画し、フリーハンドを確保しようとする独自路線は、暫くの間、フランスの安全保障面における伝統ともなってきました。フランスがNATOの軍事機構に復帰するのは、2009年、即ち、サルコジ大統領の時代のことです。この点からしますと、ルペン氏の主張は必ずしも過激でも突飛でもなく、むしろ、フランス保守の伝統的な路線への回帰とも言えましょう。

 

 しかしながら、今般のルペン氏の主張は、ウクライナ危機を背景としているだけに、これまでとは違った切実な意味を持つように思えます。何故ならば、NATOの軍事機構からの脱退とは、即ち、フランスの戦争回避を意味するからです。北大西洋条約の第5条には集団的自衛権の行使に関する規定がありますので、仮に、ウクライナ危機がNATOを巻き込む欧州大戦、あるいは、第三次世界大戦へと発展した場合、フランスには参戦義務が生じてしまうのです。ルペン氏の訴えは、フランス国民の耳には、フランス不参戦の公約に聞こえていることでしょう。

 

 支持率の動向を見ますと、ウクライナ危機は、マクロン大統領への追い風となってきたようです。同危機が発生した当初、マクロン大統領は、’国民を率いる力強いリーダー’を演出したため、黄色いベスト運動などで低迷していた支持率が俄かに上昇に転じています。決選投票まで残ったのも、あるいはウクライナ危機の’効用’であったかもしれません。ところが、同危機が混迷を深め、第三次世界大戦への懸念も指摘されるに及ぶと、さしもの’マクロン・フィーバー’も陰りを見せるようになるのです。

 

 フランスは、第一次世界大戦にあっては国土が荒廃し、第二次世界大戦にあってはナチス・ドイツの占領下に置かれています。歴史的には戦争嫌悪の傾向にありますが、この国民の戦争忌避の意識が表面化してきたことが、現下の支持率におけるマクロン大統領とルペン氏との拮抗状態をもたらしているのかもしれません。しかも、今般の戦争は、先の大戦とは違い、自国に外国の軍隊が進軍・進駐してきているわけでもありません。事態の一層の悪化により、ウクライナ支援のためにNATOの集団的自衛権が発動されますと、当然にフランスも無傷ではいられず、フランス軍における人的被害や莫大な戦費の負担も予測されます。最悪の場合には、双方による核攻撃の応酬となるかもしれません。

 

 こうしたフランスの現状は、全ての諸国が直面している問題の輪郭を浮かび上がらせています。例えば、ルペン氏によるNATO離脱政策は、一見、フランスの安全保障を損なうように見えます。しかしながら、フランスが国連安保理の常任理事国であり、かつ、核保有国である点を考慮しますと、同政策は、必ずしも非現実的でリスキーなものとは言えないのかもしれません。否、核武装という前提条件があってこそ、独自路線の追求が可能となっているとも言えましょう。核保有が焦点であることは、実際に、フィンランドやスウェーデンは、’核の傘’を求めてNATO加盟を目指している点からも窺えます。核保有、国家の自立性、そして、安全保障の密接な関係は、何れの国にとりましても考えるべき問題です。

 

 また、マクロン大統領は、この場に至り、ブチャ虐殺事件についてジェノサイドの認定を否定する発言を行っています。同発言に対しては非難の声が寄せられたのですが、マクロン大統領は、「ジェノサイドを行ったと非難すれば戦争が拡大する恐れがあるとして、この言葉の使用を避けている」と述べた上で、「ジェノサイドが起きたとみなす国には、国際法にのっとって介入する義務がある。それは人々が望んでいることなのだろうか? 私はそうは思わない」と釈明しています。一連の発言は、戦争忌避に傾くフランス世論の風向きを読もうとした結果なのかもしれませんが、ここにも、国際法秩序の維持と第三次世界大戦の回避という、全ての国が果たすべき二つの課題の間に横たわる深刻なジレンマを見出すことができます。

 

 何れの問題も、フランスのみが抱える問題ではありません。フランス大統領選挙の決選投票日は今月24日に迫っていますが、その行方には、否が応でも無関心ではいられなくなるのです。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする