ウクライナ危機の発生以来、本ブログにおいては、国際法秩序の維持と第三次世界大戦の回避とのジレンマに関する問題について考えてきました。その過程にあって、国際機構における司法の独立性の確保、並びに、それに伴う中立・公平な執行組織の必要性について述べてきたのですが、同執行組織に最も近い存在として、国連の平和維持活動(United Nations Peacekeeping Operations: PKO)があります。それでは、ウクライナ危機に対しても、同活動を活用することはできるのでしょうか。
PKOとは、国連憲章に明記はされた活動ではないものの、国際司法裁判所からその存在と役割について’お墨付き’を得ていると共に、1962年の「総会決議1854」によって承認されています。国連憲章が目指す国際の平和を実現するために、PKOは、今日に至るまで、停戦の実現や軍の撤退等の監視といった任務を遂行しており、紛争終結後にあっても、武装解除や治安の改善、さらには、民主化プロセスの後押しなども行っております。
ウクライナ危機に照らしてみますと、同地でも、目下、ロシアとウクライナとの間の兵力の分離、ロシア軍の域外への撤退、並びに、民間人保護が求められていますので、PKOの役割の範疇に入ることとなりましょう。これまで、PKOは中小国間において発生した地域的な紛争や内戦等に対処するために派遣されてきましたが、その任務を見る限り、ウクライナも派遣対象国となり得ます。
また、PKOは、政治的闘争のアリーナと化している安保理とは異なり、中立的な組織として設立されており、独立性の観点からすれば、常任理事国よりも、よほど’世界の警察官’の名に相応しい組織です。もっとも、PKOの派遣決定に際しても安保理決議を要しますので、常任理事国によって拒否権が使われるケースも当然にあり得ます。常任理事国による拒否権の行使に対しては、キューバ危機を機に「平和のための結集決議」の手続きが設けられており、国連総会において3分の2以上の多数を以って派遣が決議されれば、安保理に対して軍事的措置を勧告できるとされています。しかしながら、あくまでも法的拘束力のない’勧告’に留まりますので、必ずしも派遣が実現されるわけではありません。しかも、安保理であれ、総会であれ、これらの機関はあくまでも政治的な機関ですので、公平・中立的な立場からの法に照らした判断とは言い難い側面もありましょう。
それでは、今般のウクライナ危機にあって、PKOが派遣される可能性はあるのでしょうか。PKOの派遣を現実のものとするためには、基本的な手続きとして安保理においてPKOの派遣が提起される必要があります。実のところ、紛争当事国であり、かつ、被害を訴えているウクライナこそ、提訴国として最も適していると言えましょう。
因みに、今般のウクライナ危機にあっては、アメリカとアルバニアが、安保理に対してロシア非難とロシア軍の即時撤回を求める決議案を提出しましたが、2月25日の安保理理事会においてロシアが拒否権を行使しために採択されませんでした。このため、アメリカは、再度、安保理に対して「平和のための結集手続き」に基づく総会の緊急特別会合の開催を求める提案を行い、同案は、賛成11票の多数を以って28日に採択されることとなりました(ロシアは反対、中国並びにインドは棄権)。かくして決議の舞台は国連総会へと移り、今日に至るまでの間に、「ウクライナに対する侵略」、「ウクライナに対する侵略がもたらした人道的結果」、並びに、「人権理事会におけるロシア連邦の理事国資格停止」の三つの決議案が成立しています。
今日、総会が国連決議成立の主要な場となっていますので、PKOの派遣についても議案として提出される可能性はありましょう(独立的な調査団の派遣も課題では…)。もっとも、総会から勧告がなされても、PKOには軍事行動を伴いますので、7章の手続きが適用され(PKOは「6章半活動」とも称されている…)、ロシアの拒否権によって派遣が阻止されるものと予測されます。しかしながら、それでも、現国連体制の欠陥、あるいは、戦争拡大阻止の必要性に関する認識を深めるためにも、試みないよりは試みた方がはるかに意義があるように思えます。国連憲章第35条では、全ての加盟国に対して安保理並びに総会に対して提起することを認めておりますので、日本国政府もまた、PKOの活用について提案してみてはどうかと思うのです。