地域的な紛争を世界大戦へと拡大させないためには、紛争を当事国の間に閉じ込めておく工夫が必要です。その一方で、軍事力において劣位にある中小国が攻撃を受けた場合、国際社会がそれを放置しますと’見殺し’となり、国際法秩序も崩壊してしまします。それでは、攻撃を受けた側が、自力、即ち、個別的自衛権の行使によって攻撃行為を跳ね返すほどの軍事力を備えていない場合はどうするべきなのでしょうか。
国際法の執行部隊につきましては、4月8日の記事にて輪郭を描いてみましたが、独立的な国際執行機関を創設するには時間も労力も要します。そこで、執行機関の設立に至る前段階として、当面の間は、安保理常任理事国が対応すべきかもしれません。国際司法機関から犯罪性の認定を受ける以前にあっても(後に、人道的介入として認める司法判断が下される場合もある…)、国際社会における警察機能として暴力を停止させる役割が必要となるからです。
なお、何れの段階にあっても、国際法秩序を維持するための軍事力の行使は、戦争ではなく、あくまでも国際法の執行です。このため、宣戦布告といった戦争法の手続きを踏む必要はなく、紛争当事国双方と執行任務にあたる常任理事国との間に戦争状態が生じるわけでもありません。執行国は、あくまでも中立の立場から軍事力を行使するのです。このため、執行の地理的範囲も軍事侵攻が行われている地域に限定されましょう。また、兵力を引き離し、国境線を越えて侵入してきた軍隊を域外へと追い出し、最終的に当事国双方に停戦をもたらすのが主たる任務となりますので、執行行為が核戦争へと発展するリスクも著しく低下します。
今日の国際社会にあって、特権が認められると共に国際の平和を維持する責任を担っているのは安保理常任理事国です。国際法上の責任に鑑みますと、第一義的に対応すべきなのは、常任理事国となりましょう。たとえ常任理事国の内の一国が攻撃国となるケースであったとしても、国際法(国連憲章やNPT…)において、他の常任理事国は、引き続き平和への脅威を排除する第一義的な責任を負っています(警察官の一人が犯罪者となっても、他の警察官の任務が解除・停止されるわけではない…)。国際の平和に対する常任理事国の責任に照らしますと、今般のウクライナ危機に際しても、アメリカ、イギリス、フランス並びに中国の4か国が、共同、あるいは、単独で国際法を執行する義務を負います。常任理事国である限り、アメリカは、’世界の警察官’を辞すことはできませんし、中国も、たとえ自国の国益から親ロシアのスタンスにあっても、ロシアの兵力排除に加わらざるを得なくなるのです。
なお、常任理事国が対応している間は、他の諸国には、自国の政策、並びに、集団的自衛権に基づいて自国の軍隊を執行任務に参加させる必要はありません。権利と義務のバランスを考慮すれば、核を保有しておらず、かつ、紛争とは直接的な関わりのない中小国が、常任理事国との二国間、あるいは、多国間の同盟条約に従って、核攻撃を受けかねない軍事行動に参加せざるを得ない状況に陥るのは酷でもあるからです。また、力のバランスに照らしますと、常任理事国同士、あるいは、軍事大国同士による解決の方が理にかなっていると言えましょう。
常任理事国の抜きんでた軍事力をもってすれば、大半の武力衝突は停止状態-強制停戦に至ることでしょう。国際法秩序の維持と世界大戦化の回避を両立させる道があるとすれば、それは、諸国による軍事力の行使を、従来の国家間の戦争から、任務を限定した国際法の執行へと移行させることにあるのかもしれません(権力の分立化…)。それが、たとえ現状にあって常任理事国が担うものであったとしても…。
以上に、今日の人類が抱えるジレンマを解く方法について述べてきましたが、常任理事国であるロシアが攻撃国となった今般のウクライナ危機は、残念ながら、本記事の提案が机上の空論となりかねない現実を示しています。アメリカをはじめとした他の常任理事国は、ウクライナ側において軍事支援を実施しており、必ずしも’執行者’に相応しい中立的な立場にあるとは言い難い状況にあります。とは申しましても、日本国、並びに、NATO加盟国をはじめとした中小諸国が常任理事国に対してその責務を果たすように求めることには、第三次世界大戦への拡大を阻止する上で抑止的な効果は期待されましょう。そして、常任理事国がその責任を過重負担と見なし、その放棄を望む場合には、国際社会の在り方は、今一度、将来に向けて抜本的に検討しなおす必要がありましょう。