万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

核の抑止力の開放を

2022年04月25日 16時24分06秒 | 国際政治

 今般のウクライナ危機は、国連の機能不全を白日の下に晒したという意味において、戦後の国際体制の転換点ともなり得るのかもしれません。そして、’戦争は始めるよりも終わらせる方が難しい’とも称されますように、一旦、国家間の対立が軍事衝突へと向かいますと、それを止めることは容易ではなく、エスカレートしてしまうケースの方が多いのです。起きてしまってからでは遅いのです。そこで、本日からは、戦争の抑止、すなわち、事前抑止の仕組みについて考えてみたいと思います。

 

 人類史にあって、’力’が決定要因となってきた防衛や安全保障政策の分野にあっては、先ずもって’力の二面性’に注目する必要がありましょう。力とは、有事にあっては攻撃力、並びに、防衛力となる一方で、平時にあっては抑止力として働くからです。例えば、18世紀初頭にあってスペイン継承戦争を終結させたユトレヒト条約において明示的に原則とされた勢力均衡とは、まさに、列強間における力の均衡による平和を志向しております。この時代、同条約を含めて講和条約を締結するに際して細心の注意が払われたのは、特定の一国が飛びぬけた強国とならぬように、領土の割譲を含めて列強間のバランスをとることでした。言い換えますと、意図的に勢力均衡状態を作り出すことで平和を維持しようとしたのです(もっとも、その後の歴史が示しますように、必ずしも勢力均衡状態が維持されたわけではありませんが…)。

 

 それでは、今日の国際社会にあっては、力の均衡による抑止効果は見られるのでしょうか。普遍的な国際機構として創設されたとはいえ、國際聯盟並びに国際連合において安全保障理事会に常任理事国が設置されたのは、現実を考慮し、常任理事国の5大国による勢力均衡を制度として機構に取り込んだものとして理解できます。また、冷戦期にあっては、米ソの超大国における力の均衡が、少なくとも米ソ大国間の直接的な対決を防いできたとは言えましょう。核兵器をいち早く開発した両国にあっては、次なる戦争は、核戦争を意味しかねなかったからです。両国における熾烈な軍拡競争が、少なくとも両国間の平和をもたらしたのは、皮肉といえば皮肉なことと言えましょう。

 

しかしながら、その一方で、超大国とその他大多数の諸国との間の関係に目を向けますと、そこには、軍事力における絶望的な格差を見出すことができます。兵力の規模のみならず軍事技術においても、アメリカ、ロシア、そして、中国の軍事力は一頭地を抜いていており、これらの超大国に対しては、他の諸国は抑止力を有してはいません(ウクライナは、ロシアとの戦いに善戦はしていても、侵攻自体を防ぐことはできなかった…)。こうした米ロ中による凡そ三国鼎立が出現したのは、超国家権力体が上部から各国の軍事力をコントロールしている可能性も高いのですが、核拡散防止条約の成立により、核兵器の開発・保有が制限されたことも無視できない要因のように思えます。

 

 核兵器にも当然に力の二面性がありますが、核の抑止力は、核を保有する国、あるいは、同諸国の同盟国しか持ち得ません(もっとも、核の傘には不確実性がある…)。核兵器の大量破壊兵器としての攻撃力のみならず、絶対的とも言える抑止力をも軍事大国が独占しているのですから、国際社会の現状はあまりにも不条理です。そして、核保有国と非保有国との間に見られる著しい不均衡は、不平等条約とも称される核拡散防止条約によって人為的に作出されているのです。近代ヨーロッパの勢力均衡が条約によってもたらされたとすると(力+合意)、近代における抑止力の非対称性は、一般性を欠いた国際法がもたらしていると言えましょう(力+合意+法)。

 

核兵器は、保有という行為のみで自ずと力の抑止力を発揮します。このため、その保有を条約(合意)によって制限したり、禁止したりしますと、全世界の諸国を包摂する形での核の抑止力は成立しません。ロシアや中国、そして北朝鮮による核兵器の使用が現実味を増している今日、力の均衡、並びに、力の抑止力の観点からしますと、NPT体制も偽善に満ちた核兵器禁止条約も、中小国の安全を脅かしていると言っても過言ではないのです。全ての国際法が必ずしも平和に貢献するわけではなく、時にして、不平等で不条理な現状を固定化してしまう場合もあるのです。

 

このように考えますと、核の抑止力を全ての諸国に開放するという方向性は、国際社会における主権平等の観点からも望ましいように思えます。核兵器に対する発想の転換こそ、平和への最短の道かもしれないのですから。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする