ウクライナ危機は、国連安保理の常任理事国であるロシアが紛争当事国となり、かつ、核兵器の使用をも辞さない構えを見せたことで、全人類が瀬戸際作戦の威嚇対象となったかのようです。NPT体制の欺瞞をこれほどまでに明るみにした出来事はなく、同条約への加盟を勧めた常任理事国に’騙された’と感じる諸国も少なくないはずです。他の中小諸国に対しては核兵器の開発や保有を禁じ、違法行為としてしまったからです。しかも、イスラエルが中東戦闘を、並びに、インドとパキスタンが印パ戦争を背景に核保有を既成事実化したのみならず、北朝鮮も秘密裏に核兵器を保有しているのですから、NPTを順守してきた諸国の落胆は計り知れません。しかも、不条理さに対する感情的な憤慨のみならず、ロシアが核による威嚇を繰り返す今日、一般の中小諸国は核の脅威という現実に向き合わざるを得なくなっているのです。
こうした現状にあって国際法は無力となり、人類は、数千年をかけて築いてきた文明の時代から野蛮な時代へと転がり落ちるかもしれません。もっとも、これが現実というものであるならば、その現実を正面から受け止める勇気も必要であり、力には力を以って対処すべき局面に来ているようです。そこで、本ブログでも、力の抑止力について考えてきたのですが、少なくとも、国際社会全体において核の抑止力を利用するためには、二つの要件を揃える必要があるように思えます。
ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)のような核兵器禁止条約を推進してきた核兵器=絶対悪と見なす人々にとりましては、核の廃絶こそ進むべき道なのでしょうが、現実に照らしますと、この方向性は非現実的です。そこで、第一の要件となるのは、核の開発・保有を全ての諸国に認めるというものです。北朝鮮のような抜け駆け国も存在するのですから、一部の諸国、しかも、軍事大国にのみ核保有国を限定するNPTは、有益どころか有害としか言いようがありません。NPTの第10条には、「各締約国は、この条約の対象である事項に関する異常な事態が自国の至高の利益を危うくしていると認める場合、その主権を行使してこの条約から脱退する権利を有する。」とあり、脱退の手続きが認められています。同条約に基づいて、全ての加盟国が脱退するという方法もありましょうし、また、第7条を根拠として、緊急に再検討会議を開くという方法もありましょう。
第二の要件とは、核攻撃を受けた場合、反撃力を保持することです。昨日の記事において指摘しましたように、核ミサイル時代には、’先手必勝’となる、すなわち、核ミサイルによる先制攻撃によって、攻撃を受けた側の国の反撃力が失われてしまうリスクがあります。この状態ですと、核保有による相互抑止力が著しく低下するのみならず、大規模、かつ、致命的な先制攻撃が選択される可能性も高まります。そこで、核の抑止力を働かせるためには核保有のみでは不十分であり、核の反撃力を準備しておく必要性が認められるのです。
以上に二つの要件について述べてきましたが、実のところ、実際に、同要件を満たす政策を行っている国があります。それは、安保理の常任理事国であり、かつ、核保有国でもあるイギリスです。同国は、国家規模においては中小国なのですが、それ故に、独自の核による抑止戦略を遂行してきました(もっとも、近年、アメリカのSLBMシステムとの整合性を強めている…)。それは、四隻のトライデント・ミサイルを搭載したバンガード級の潜水艦を保有し、その内の最低一艇は、常に海洋を航行させるというものです(自国が核攻撃によって甚大な被害を受けたとしても、海洋航行中の潜水艦から反撃できる)。仮に’超大国’から核の先制攻撃を受けた場合には反撃能力を失うほどの被害を受けるものと想定し、イギリスは、核による報復の可能性を残すために、SLBMを軸とした核戦略を考案したのでしょう。
日本国もまた、今般のウクライナ危機を機として核保有国となった場合には、イギリスと同様に島国ですので、反撃能力については、先制攻撃を受けた後でもそれを維持しやすいSLBMを中心としたシステムを構築するのも一案です。軍拡路線をひた走る中国に対しても、強い抑止力として作用することでしょう。また、海に面していない内陸国であっても、国連海洋法条約等の海洋法により、原則として自国籍船舶の航行の自由は認められていますので、イギリス・モデルの採用が絶対に不可能というわけでもありません。何れにしましても、力の抑止力は、平和の基礎となる可能性もあるのですから、決して軽視してはならないと思うのです。