らびおがゆく Vol.3

山形県を中心とした演奏活動等

高田三郎 「山形民謡によるバラード」から幻想曲

2011年06月02日 23時59分38秒 | クァルテット
 山形弦楽四重奏団第40回定期演奏会にとりあげる事になった�田三郎 「山形民謡によるバラード」から幻想曲。

 高田三郎(1913~2000)先生は、指揮姿のお写真からも分かるように男前に見えます。生前、先生との交流があった私の母は今でもこの写真を実家のリビングに飾って、思い出話をする事があります。

 愛知県名古屋市に生まれた彼は、武蔵野音楽学校(武蔵野音楽大学)師範科を経て、東京音楽学校(東京藝術大学)の本科作曲部を1939年に卒業しました。その後研究科作曲部、聴講科指揮部で学びました。この頃に作曲されたのが、管弦楽曲「山形民謡によるファンタジーと二重フーゲ」(1941)です。山形交響楽団で何年か前、文翔館のコンサートシリーズで演奏した事があります。1948年に平尾貴四男、安部幸明、貴島清彦とともに作曲団体「地人会」を結成したりして、盛んに作曲活動を展開しました。

 そして、管弦楽曲「山形民謡によるファンタジーと二重フーゲ」は、1965年に出版の際「山形民謡によるバラード」と改題されました。その後、プロ・ ムジカ ・Qのために、弦楽四重奏版に作曲家自ら編曲しました。

 「幻想曲」は、5分ちょっとの小品で、巌本真理SQなど日本の弦楽四重奏団によりアンコールピースとして盛んに演奏されました。

 高田三郎先生は、1953年にクリスチャンになるため洗礼を受けました。作曲家として、典礼聖歌をはじめ合唱曲を多く作曲した作曲家として評価されていますが、弦楽四重奏のための組曲「マリオネット」などの室内楽や管弦楽曲も作曲しています。

 追記
*一部、「高」の字がうまく表示されませんが、「高」は、この字ではなくて、橋桁のタイプです。もう一つ、「タカダ・サブロウ」ではなくて、正式には「タカタ・サブロウ」の読みが正しいです。
 

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2 コメント

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高田先生といえば合唱曲「心の四季」 (門生)
2011-06-03 22:16:46
つまらない話ですが、愚妻が参加しているアマ合唱団に高田先生の奥様(90歳前後?)が参加されています。
当然、ご主人が作曲した合唱曲「心の四季」を歌うためです。
曲目紹介時の話題にどうぞ

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>門生さん (らびお)
2011-06-04 00:18:47
こんばんは。
為になる情報をありがとうございました。中爺君担当なので伝えておきます。先生の奥さんは元気なんですね。
返信する

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