廃盤蒐集をやめるための甘美な方法

一度やめると、その後は楽になります。

アーネスティン・アンダーソンを偲んで

2016年03月19日 | Jazz LP (Vocal)

Ernestine Anderson / It's Time For Ernestine  ( スウェーデン Metronome MLP 15015 )


今月の10日、アーネスティン・アンダーソンが亡くなった。 87歳だったそうだ。 とても好きな人だったので、本当に残念だと思う。

音楽好きの両親が所有していたSPレコードを聴いて育ち、地元のバプティスト派の教会でゴスペルを歌い始めた。 高校時代にシアトルのローカル
バンドのリーダーにスカウトされて、舞台に立つようになった。 そのバンドでは若きクインシー・ジョーンズがトランペットを吹き、これまた若き
レイ・チャールズがピアノを弾いていた。

その後、順調にキャリアを重ねて良質なアルバムをコンスタントに発表したが、60年代後半のアメリカではロックに圧されてジャズの仕事は全く
無くなってしまい、止む無くロンドンに一時的に住まなければいけない時期もあった。 でも70年代後半にはまたアメリカに戻り、コンコード・
レーベルから作品を出せるようになり、穏やかで充実した晩年を送ることができたようだ。 素晴らしい歌手として、人生を最後まで過ごせたのは
よかったと思う。

彼女の名前が世界的に知られるようになったこのデビュー作は素晴らしい出来で、私にとっては大事なアルバムだ。 スウェーデンのジャズ・
ジャーナリストのClaus Dahlgrenの計らいでデューク・ジョーダンらクィンテットと共に渡欧し、ジョーダンらををバックにした録音と地元の
ハリー・アーノルドのビッグバンドとの録音の2つが収められている。

リンダ・ロンシュタットがネルソン・リドルと作った3部作の中で歌った "Little Girl Blue" がこのレコードで聴かれるアーネスティンの歌い方や
アレンジと全く同じで、きっとリンダもこのレコードを愛聴していて、録音に際してはお手本にしたんだろう。 そう思うと、私も嬉しくなる。

でも、このアルバムで最も素晴らしいのは、コール・ポーターの "Experimennt" だ。 1932年にロンドンで行われたミュージカル "Nymph Errant" の
中で歌われた曲で、化学の先生が教え子に恋に臆病にならずに何でも冒険して経験するように説いた歌。 コール・ポーターはハーヴァードに通った
インテリで、作った歌はどれも捻りが効いたハイブラウなものが多いけれど、この曲は夢見るような美しいメロデイーを誇る。 ただこじんまりと
した曲なので、インストの演奏には向かないせいか誰も取り上げないし、歌手でこれをレコードに残したのはメイベル・マーサ、
シルヴィア・シムズ、ジョー・ウィリアムスという日本人があまり聴かない人たちばかりなので、残念ながら日本ではまったくと言っていいほど
知られていない。

アーネスティンは美しいメロディーラインを崩すことなく、下から上へと押し上げるように歌っていく。 だから柔らかくしなやかで弾力性の高い
歌に仕上がっている。 濁りのない、まっすぐできれいな声も素晴らしい。 この歌唱は永遠に忘れられない。

Ernestine Anderson, Rest in peace. 私はあなたの歌をこれからも聴き続ける。 素晴らしい音楽を本当にありがとう。


コメント (4)
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