Mel Torme / Swings Shubert Alley ( 米 Verve MG V-2132 )
"シューベルト・アレー"(ジャズの世界では"シューバート・アレイ"と表記される)はニューヨークのブロードウェイにあるシューベルト劇場の前にある
50m程の小さな通りの名前で、現在は様々な催し物が賑やかに行われる観光名所として有名な場所。 1959年にここを舞台にしたミュージカルがラジオや
TVで放送され、その中で使われたスタンダードナンバーを集めた企画物のレコードがこれだが、西海岸のミュージシャンを配してマーティー・ペイチが書いた
スコアが如何にもウェストコーストの明るい夜の雰囲気で、企画の本質とは根本的なところでズレているような気がする。
ただ、そこを不問にすれば闊達な演奏と最盛期のメル・トーメの上質な歌が楽しめる。 ベツレヘムの作品のほうが切れるような勢いがあって音楽的には
優れていると思うけれど、その延長上にあるこちらはさすがに歌も演奏ももっとまろやかに成熟していて、一般的な商品価値はこちらのほうが高いのかも
しれない。
不思議なことに、ブロードウェイのヒット曲、西海岸の有名演奏家、M.ペイチのアレンジ、というような表面的なデータだけでは語りきれない、どこか微妙な
苦味が聴き終えた後に残っていることに気が付くが、これはおそらくこのレコードをプロデュースしているのがラッセル・ガルシアだからなんだろう。
単純なヒット狙いの企画もののレコード、という話だけでは済まないところがあって、そこに微かな手応えというか、引っかかって心に残るところがある。
これが代表作の1つと言われるのは、軽快な歌と演奏が楽しめるからと言うよりは、そういう所を無意識のうちに聴き手が感じとるからじゃないだろうか。
Mel Torme with The Meltones / Back In Town ( 米 Verve MG V-2120 )
メル・トーメのレコードだと思って聴くと、裏切られた、と感じるレコード。 品名詐称スレスレ、ではないだろうか。
主役は "メルトーンズ" と名付けられた4声コーラスの歌で、最初から最後までこのコーラス隊が歌い続けて、メル・トーメやアート・ペッパーらがそれに
ほんのりとオブリガートをつけるような感じでさらりと登場して、さっと去っていく。 メル・トーメは完全に楽器としての位置づけになっている。
マーティー・ペイチのスコア自体は元々がいつも可もなく不可もなく、という感じで特に何の感慨も覚えないけれど、ここではそういう没個性的な
ところを4声コーラスが上手く彩を添えるという補完の役割を果たしていて、心地いい音楽に化けているところは見事だ。 そこにメル・トーメのさすがに
上手いボーカルがすっと横切っていくところなんかは、なるほどなあ、と感心してしまう。
ただ、"シューバート・アレイ" も含めて、どちらも明らかに経済的に少し余裕のある白人中産階級をターゲットにしているという所に少しあざとさを感じる。
全体的にあまりに清潔で洗練され過ぎていて、これがアメリカのすべての階層に快く受け入れられていたのかどうかはちょっと怪しい。
ロシア系ユダヤ人の移民だった両親の下で4歳の時に初舞台を踏んだという早熟の天才に変なレッテルが貼られはしなかったのか、と余計な心配をしてしまう。
だから、コーラルやベツレヘム時代のもっと直球ど真ん中のシンプルなジャズをやっていたアルバムのほうがいいな、と思ってしまうだろう。