Bill Evans / California Here I Come ( 米 Verve VE2-2545 )
来月上旬にエヴァンスの未発表音源が発売される。 巨匠の未発表音源と言えばライヴもので、録音状態もイマイチで、演奏も散漫で、というのが普通。
ただ、今回はスタジオ録音で、レーベルもMPS。 最初の2つの懸案はクリアされている。 問題は最後の1つだが、こればかりは聴いてみなければわからない。
ということで、DUが大袈裟に宣伝し出す前に予約した。 こんなことは滅多にしないことだけれど、たまにはいいか、という感じだ。
未発表だったのにはそれなりの理由があるんだし、レア盤になったのもそれなりの理由があるんだから、これもあまり期待するべきじゃないぞ、と頭の中で
たしなめる声がするけれど、そうは言っても気にはなる。 だから、予行演習を兼ねて、エヴァンスの未発表音源だったこのレコードを買って聴いてみた。
ちょっと大人げないかと思いながらも、ちょうどこれは聴いたことがなかったし、値段の安さにも後押しされて。
今度リリースされる音源は1968年のものだが、このレコードはその1年前のヴィレッジ・ヴァンガードでのライヴ。 ベースは同じエディ・ゴメス、ドラムは
フィリー・ジョー・ジョーンズ。 フィリー・ジョーと言えば、リヴァーサイドの "あなたと夜と音楽と" もそうだったなあ、と感慨深い。 そう言えばあれも
未発表のスタジオ録音だった。 あれがTVのCMで流れた時は驚いたっけ。 あの頃、ジャズというのは大人のための音楽だったな。
演奏会場がミュージシャンの演奏に何かしらの影響を与える、というようなことはあるのだろうか。 もしくは、演奏された音楽やサウンドを会場自体が
一旦呑み込んで、その会場固有の雰囲気や色合いに染め上げて吐き出されて、それから聴く側の耳に届く、というようなことが。
針を落とした瞬間、私の耳に飛び込んできたのは1961年のこの場所で、賑やかにざわつく観客の中から聴こえてきた、あの懐かしい音楽だった。
エヴァンスのピアノの音の質感、耳が感じ取る演者と聴き手の距離感、エヴァンスのピアノの弾き方やプレーズ、そのどれもが61年の演奏の時のまんま
だった。 1番良かったと誰もが言う、あのヴァンガード・ライヴの時のエヴァンス・トリオが今私の目の前にいる。 そして、観客の拍手の音。
これもあの時の拍手の音そっくりだ。 まるで、あの時にレコードに収録しきれなかった演奏を聴かされているような錯覚を覚える。
演奏だけではなく、観客の拍手までもが演奏小屋の音に染まっている。 どんな高名なエンジニアの腕を以ってしてもこればかりは上書き更新できない
ものなのかもしれない。 フィリー・ジョーのドラムの音は、ロリンズのライヴで叩いていたピート・ラ・ロッカの音みたいだ。 エディ・ゴメスのベースも
スタジオ録音で聴かれるような線の細いものではなく、太く暖かい音色で、スコット・ラファロのような耳障りな饒舌さもなく、とてもいい。
そして、エヴァンスの演奏はリヴァーサイド時代と何一つ変わっていない。 自在に操る独特の拍子の取り方、単音フレーズと和音の組み合わせ方、
フレーズの上昇のさせ方、曲のクローズのさせ方。 "Alfie" "Emily"でみせる卓越した抒情性。
マニアは所有レコードをレーベル別に並べるのが普通だろうけど、このレコードは "Waltz For Debby" の横に並べたくなる。
このレコードを聴く限りでは、未発表音源であるということは何のハンデにもならないんじゃないかと思える。 1983年の発売当時、ビルボードの
ジャズ・チャートで最高12位にまで昇ったそうだが、それだけ多くの人が待ち望んでいた音源だったのだろう。
今度発売される音源も、粗探しするよりも、大好きなエヴァンスの新しい演奏としてまずは愉しみたい。