Claude Thornhill And His Orcchestra / Dream Stuff ! ( 米 Trend TL-1001 )
オーケストラやビッグ・バンドを自分の楽器のように自在に操るのが優れたコンダクターだとよく言われる。フルトヴェングラーとベルリン・フィル、
ブルーノ・ワルターとウィーン・フィル、デューク・エリントン、カウント・ベイシー、高名なオケのリーダーらはみんなそうだ。自分の手でオケの
各楽器1つ1つを演奏しているわけでもないのに、その人でしか鳴らないサウンドがあるから不思議だ。同じオケであっても指揮者が変わるだけで
そのサウンドはガラリと変わってしまう。これは音楽の世界の大きな謎の1つだ。
クロード・ソーンヒルもそういう唯一無二の音楽をやった稀有なオーケストラの1つで、1965年に56歳という若さで亡くなった後、このオケを誰も
継承できなかった。ギル・エヴァンスがメイン・アレンジャーだったこのビッグ・バンドのサウンドは「まるでエーテルのよう」と例えられて、
どこまでも続く濃霧の中を彷徨うような浮遊感と不協和音を隠し味にした不安気な響きで我々を別世界へと連れて行く。
このバンドのテーマ曲である "Snowfall" はソーンヒルの心象風景をありのまま映し出した内容で、このバンドのコンセプトの土台となっている。
それは空から音もなく舞い降りてくる羽毛のような無数の綿雪のように、我々の心の中に降り積もっていく。いつの間にか辺りは静かな雪景色へと
変わっている。空気は冷たく透き通っている。音楽と風景の境目は無くなり、1人ぽつんとその中に佇んでいることに気が付く。
この楽団が残した音楽はそういう無意識下に沈んでいた感覚を呼び戻すようなものだった。ジャズという入り口から中に入るけれど、その後は
各々の記憶や時間の中で如何ようにも変質していく。音楽であるような、音楽ではないような、何か違う物に変わっていく感覚がある。