Matt Dennis / Plays And Sings ( Trend TL-1500 )
アメリカの音楽界ではとてもいい曲をたくさん作っているうちに有名アーティストの目に留まって取り上げられるようになって、やがては自身も
歌手として表舞台に立つようになるタイプの人がいます。 例えばスティーヴン・ビショップやカーラ・ボノフなんかがそれに該当しますが、
ジャズの世界でのこのマット・デニスこそがそういうタイプの先駆けだったのかもしれません。豊かな音楽の才能があるにも関わらず表現者
としての欲はあまりなくて、愛情込めて創った作品を控えめに発表できればそれで十分、という慎ましい生き方です。
1940年代にトミー・ドーシー楽団にアレンジャー兼作曲家として雇われますが、その時のこの楽団の専属歌手がフランク・シナトラで、
2人はここで仲良くなります。 この楽団のために書いた "Everything Happens To Me" をシナトラが歌って大ヒットし、それ以来、シナトラは
マット・デニスの曲たちを生涯に渡って愛唱するようになります。 そのおかげで、マット・デニスの名前は有名になりました。
SP時代に単発でレコードはぼちぼち作られていましたが、1953年にTRENDレーベルから自身名義の初のアルバムを出したのがこのレコードです。
このトレンドというレーベルは1953年にロスで設立されて、音楽監督にはデイヴ・ペルが就任しました。その影響もあって、このレーベルは
デイヴ・ペルをはじめ、ジェリー・フィールディング、クロード・ソーンヒル、ジョン・グラースやボーカルではベティ・ベネット、
ルーシー・アン・ポーク、ハイ・ローズなどの白人ミュージシャンによる趣味の良い音楽が録音されて、当時から通には評判がよかったのですが
ヒット作に恵まれず、1955年の春にあっけなく倒産してしまいます。 ただ、録音資産が優良だったため、1956年2月に KAPP Records が
これを買取り、そのカタログは KAPPレーベルとして再度プレスされて発売されました。 でも、このレーベルも1957年12月に活動停止して
しまいます。
マット・デニスはその後はTops、Jubilee、RCAなどからアルバムを出しますが、内容的にはこのファーストアルバムが自身の代表曲の全てが
詰まっていることもあり、一番この人らしい音楽が聴けます。 ロスの小さなクラブ "Tally-Ho" での弾き語りライヴですが、そのこなれた演奏と
歌には相当な年季を感じます。 マットの歌声は声量はないし、ビブラートをかけているのかただ震えているだけなのかよくわからないし、
とお世辞にも上手い歌い手とはいえませんが、十分なペーソスを感じさせるところがあり、二枚目的な声質のせいもあって、一度聴くと忘れ難い
余韻と記憶が残ります。
しかし、管楽器のインストものが "Will You Still Be Mine" や "Junior And Julie" を取り上げてこなかったのはなぜなんだろう?
シナトラがあまり歌わなかったせいなのかもしれませんが、いつも不思議に思います。
TRENDはきれいなものがないので、KAPPのほうがいいんじゃないでしょうか。 音にも違いはないですし。