Ornette Coleman / Soapsuds, Soapsuds ( 米 Artists House AH6 )
1977年、アメリカと日本でV.S.O.P.が大受けし、北欧のクラブでスタン・ゲッツが熱いブローをしていたその時、オーネットはこういう演奏を
していた。アメリカ全土では人々が "Hotel California" と "Rumours" に熱狂していた、1977年というのはそういう年だ。
オーネットがチャーリー・ヘイデンとデュオで静かに瞑想するように対話する。 ただ元々デュオでやることが企画されていた訳ではなく、
スタジオにピアノ奏者とドラマーが姿を見せなかったからこういう形態になっただけなんだけど。
ここではテナー、トランペットを吹いており、アルトほど闊達には演奏できないせいか、終始おとなしい振る舞いをしている。 オーネットの
テナーは枯れた色合いがあって、なかなかいい。 ジョシュア・レッドマンの音色によく似ている。
スペインの地方都市の人気のない寺院で、雲一つないよく晴れた午後に白く冷たい土壁に手を触れているような感触がある。 乾いた風が吹き、
人の気配はなく、車の走る音も聞こえない。 遮るものがなく降り注ぐ陽光が眩しく、建物の構造が光と影のコントラストをつける。
そういう風景の中にいるような感覚。
そういう時にはメロディーやリズムがあると却って煩わしい。音楽的なものを排した音が心地よいというこの感覚をどう説明すればいいだろうか。
既存の物への嫌悪感にも似た飽き飽きとするという感覚に囚われる瞬間は誰にでも訪れる。そういう時間がオーネットを産み出したのかもしれない。
ジャケットの装丁から宗教じみた内容を連想させるけれど、そういう雰囲気はない。 淡泊な、と言ってもいいくらいの穏やかさで音は流れていく。
フレーズも突飛なところはなく、予備知識なく聴いてこれをオーネットだとわかる人はおそらくいないだろう。 最も普通の音楽っぽいオーネットが
聴ける。オーネットの生活はこの時期も相変わらずごたごたが続いていたけれど、音楽家としての内面はそういう喧騒とはうまく距離が置かれていた
のかもしれない。